金融の安定性リスクは短期的には抑制されているものの、経済的・地政学的不確実性が高まるにつれ、負のショックが起きる可能性が高まり、脆弱性が露呈し得る
2024年10月版国際金融安定性報告書の第1章では、短期的な金融安定性リスクは引き続き抑制されているものの、脆弱性が蓄積されていることから負のショックが増幅する恐れがあり、将来の下振れリスクが高まる可能性があることを示す。経済の不確実性の高さと市場のボラティリティの低さとの間の乖離が拡大する中で、負のショック増幅は現実味を帯びている。
第2章では、マクロ経済の不確実性が高いと、金融市場と、信用供給、GDP成長率の下方テールリスクが高まり、マクロ金融の安定性に影響が出る恐れがあることを示す。こうした関係は、債務の脆弱性が高いとき、もしくは金融市場のボラティリティが低いとき(「マクロ経済と市場のずれ」が見られるとき)に強くなる。
第3章では、AIと生成AIの最近の動向と、それらが資本市場に与える影響を評価する。世界の市場参加者や規制当局へのアウトリーチから得られた洞察と新たな分析作業を示し、これらの新技術の広範な採用から生じ得る利益とリスクを説明した上で、政策対応を提案する。第1章 針路の安定化:金融市場、不確実性下での舵取り
第1章では、金融の安定性を脅かす金融の脆弱性と不均衡について掘り下げる。世界的に金融政策が緩和されるとの期待がある中、金融環境は緩和的な状態が続いており、新興市場国も底堅く推移しているほか、資産価格のボラティリティはネットベースで低い水準で推移している。しかし、緩和的な金融環境は短期的なリスクを抑え込む一方、資産評価の高騰や、民間債務・政府債務の世界的な増加、ノンバンク金融機関によるレバレッジの使用の増加などの脆弱性が蓄積する要因となる。これらの脆弱性によって負のショックが増幅し、将来の下振れリスクが高まる可能性がある。経済の不確実性と市場のボラティリティとの間の乖離が拡大する中、負のショックは現実味を帯びている。さらに、財政バッファーが少ない国は資金調達へのアクセスがより困難になり得るほか、中国の成長見通しの鈍化は、同国の金融システムの脆弱性とともに、世界経済の主要な下振れリスクとなっている。商業用不動産部門は依然として深刻な圧力にさらされており、一部の中堅企業の借り入れはますます逼迫している。こうした脆弱性の蓄積は、政策当局者の対応の緊急性を浮き彫りにしている。
第2章 世界経済の不確実性が高い中でのマクロ金融の安定性
新型コロナのパンデミック以降、インフレショックや地政学的緊張の高まり、新技術の出現、気候関連災害などがある中で、グローバルなマクロ経済と政策に関する不確実性が高くなっている。本章では、マクロ経済の不確実性と、将来のGDP成長率・資産価格・銀行貸出の下方テールリスクの関係を分析することで、マクロ経済の不確実性が高いことがマクロ金融の安定性にどのように影響するかを検討する。研究結果は、マクロ経済の不確実性が高いと、経済と金融の安定性における下振れリスクが大幅に高まることを示す。マクロ経済の不確実性と安定性の関係は、マクロ金融の脆弱性が高いとき、もしくは金融市場のボラティリティが低いとき(「マクロ経済と市場のずれ」が見られるとき)に強くなる。さらに、マクロ経済の不確実性は、国際貿易や金融の連関を通じて国境を越えて波及する恐れがある。信頼性の高い政策枠組みの構築、適切なマクロプルーデンス政策や外貨準備バッファーを通じた頑健性の構築、財政の脆弱性の緩和は、マクロ経済の不確実性が高いことによる悪影響を軽減し得る。
第3章 人工知能の進歩:資本市場活動への影響
第3章では、世界の市場参加者や規制当局へのアウトリーチから得られた洞察と新たな分析作業を基に、AIと生成AIの最近の動向と、それらが資本市場に与える影響を評価する。労働市場のデータや特許出願からは、資本市場でのAIの採用が近い将来大幅に増加する可能性が高いことが予想される。さらに、AIは、アルゴリズム取引や新しい取り引き・投資戦略をより強力かつ大規模に活用することで、市場構造に大きな変化をもたらす可能性がある。AIは、優れたリスク管理ツールとして機能し、市場の流動性を高め、市場参加者と規制当局の両方による市場監視を改善することにより、金融安定性リスクをいくぶん軽減し得る。同時に、新たなリスクが発生する可能性もある。市場変化のスピードやストレス下でのボラティリティの増加、ノンバンク金融仲介業者(NBFI)に関する不透明性と監督の課題の増大、少数の主要なサードパーティAIサービスプロバイダーに依存することによる運用リスクの増加、サイバーおよび市場操作のリスクの増加などである。これらのリスクの多くは既存の規制枠組みによって適切に対処されているが、予期せぬ重要な新展開が生じる可能性がある。関係当局は、変革を起こし得るこうした変化に向けて準備態勢を整えるため、追加の政策対応を検討する必要がある。