世界的なディスインフレが「最後の1マイル」に入りつつあり、短期的な金融安定性リスクは後退したが、中期的な脆弱性は高まっている
第1章では、世界的なディスインフレが「最後の1マイル」に入りつつあるとの期待が高まる中、短期的な金融安定性リスクが後退していることを示す。しかし最後の1マイルにはいくつかの顕著なリスクが存在するほか、中期的な脆弱性が高まりつつある。
第2章は、急速に拡大している資産クラスである企業向けプライベートクレジットにおける金融安定性の脆弱性と潜在的リスクを評価する。プライベートクレジットは従来、商業銀行によるローン市場や社債市場の外で中堅企業に対し融資を提供することが中心だった。プライベートクレジット市場の規模は今、他の主要な信用市場に匹敵するまでに拡大している。
第3章は、サイバーインシデントはこれまでのところ、金融システムを脅かすまでには至っていないが、重大なサイバーインシデントが起きる確率が高まっており、マクロ金融の安定性が大きな脅威にさらされていることを指摘する。
第1章 ディスインフレの最後の1マイルにある金融脆弱性
2023年10月の「国際金融安定性報告書(GFSR)」以降、世界的なディスインフレが「最後の1マイル」に入りつつあり、金融政策が緩和方向に向かうだろうという期待から、グローバルな金融環境が緩和している。新興市場国は強靭性を示し、一部のフロンティア諸国は国際債を発行している。世界経済がソフトランディング(軟着陸)する可能性が高まっており、金利上昇によって明らかになった金融システム内の亀裂はそれ以上の断裂に至っていない。短期的な金融安定性リスクは後退した。しかし、最後の1マイルにはいくつかの顕著なリスクがある。商業用不動産セクターがますますひっ迫していることや、企業の信用が悪化している兆しは、負のショックが起きた際、一段と深刻になる恐れがある。ディスインフレの停滞が投資家を驚かせ、資産価格の調整や金融市場のボラティリティの再燃につながる可能性がある。こうした差し迫った懸念以外にも、公的部門と民間部門双方で債務が積み上がり続けていることなど、中期的な脆弱性が高まっている。
第2章 プライベートクレジットの増加とそのリスク
第2章は、急速に拡大している資産クラスであるプライベートクレジットにおける金融安定性の脆弱性と潜在的リスクを評価する。プライベートクレジットは従来、商業銀行によるローン市場や社債市場の外で中堅企業に対し融資を提供することが中心だった。プライベートクレジット市場の規模は今、他の主要な信用市場に匹敵するまでに拡大している。同章は、比較的脆弱な借り手や、流動性が低い投資ビークルの増加、重層的なレバレッジ、古い情報に基づき且つ主観的でありうるバリュエーション、市場参加者間の不透明な連関から生じる重要な脆弱性を特定する。プライベートクレジットは、透明性が改善しないまま緩いプルデンシャル監督下で急拡大し続ければ、こうした脆弱性がシステム上重要な意味を持つようになる恐れがある。
急速に増え相互に連関している同資産クラスが抱える潜在的リスクを踏まえ、当局はプライベートクレジットに関して、より積極的な規制監督体制を検討しうる。包括的にリスクを評価するためにはデータギャップの解消と報告義務の強化が鍵となる。当局はモニタリングを重視し、ファンドの流動性リスクと行為規範リスクに対処すべきである。これは、より高い償還リスクを抱えるファンド、特に個人投資家向けファンドで重要である。
第3章 サイバーリスク:マクロ金融安定性に対し高まる懸念
デジタル化の進展、技術進歩、地政学的な緊張の高まりを背景に、サイバーリスクが高まっている。第3章で示すように、これまでのところサイバーインシデントは金融システムを脅かすまでには至っていないが、こうしたインシデントによって巨額の損失を被るリスクは高まっている。また、金融セクターのエクスポージャーは大きく、重大なサイバーインシデントが起きれば、信頼の喪失、重要なサービスの途絶、およびテクノロジーや金融面でのつながりを要因とした他の金融機関への波及により、マクロ金融の安定性が脅威にさらされかねない。サイバー関連法制の整備と企業内のサイバー関連のガバナンス強化を通じ、リスクの逓減を図りうるものの、サイバーセキュリティ政策の枠組みは、新興市場国と発展途上国を中心に依然として総じて不十分である。よって、金融セクターのサイバーリスクへの耐性は、国家レベルでの十分なサイバーセキュリティ戦略と、適切な規制監督の枠組み、有能なサイバーセキュリティ人材、国内・国際的情報共有体制の整備を通じて強化しなければならない。サイバーリスクのモニタリングの実効性を上げるためには、サイバーインシデントの報告体制も強化するべきである。監督当局は、金融会社の役員に対して、サイバーセキュリティの管理と適切なリスクカルチャーの醸成、サイバー衛生の徹底、サイバートレーニング・サイバー意識の向上についての責任を課すべきである。生じうるサービスの途絶を抑制するために、金融機関はサイバーインシデントへの対応と復旧の手順を定め、テストすべきである。各国当局は有効な対応手順と危機管理の枠組みを整備する必要がある。