Credit: IMF Photo/Raul Ariano

中国と米国の貿易収支を主に左右しているのは国内のマクロ経済要因

中国の対外黒字が産業政策に起因しているという懸念は、不完全な見方を反映する。

パンデミック以降、中国の貿易黒字が拡大し、米国の貿易赤字が増大していることによって、世界的不均衡に関する懸念が再燃し、その原因と結果をめぐって激しい議論が巻き起こっている。中国の対外黒字は、内需が低迷する中で輸出を刺激し経済成長を下支えするために策定された産業政策措置に起因しているのではないかという不安が高まっている。その結果として生じる過剰生産能力が、「チャイナ・ショック2.0」につながりかねないことを憂慮する向きもある。つまり、輸出の急増が中国以外における労働者の失業と産業活動の低下につながるというのだ。

このように貿易・産業政策から対外収支を見る見方は、よく言っても不完全である。代わりにマクロ的な見方をとらなければならない。対外収支は、究極的にはマクロ経済ファンダメンタルズに左右されるのであり、それに比べると貿易・産業政策とのリンクは希薄である。世界的な対外不均衡のパターンを理解するには、中国だけでなく、世界のその他の地域、なかでも米国における、望ましい投資対貯蓄率というマクロ経済的要因を理解する必要がある。他の国も世界的不均衡に寄与しているものの、米国と中国で世界の経常収支の約3分の1を占めている。

マクロ経済的要因

中国の貿易黒字は、パンデミック初期に大幅に増加した。当初、医療機器の輸出が急増し、ソーシャル・ディスタンシングに伴い世界中の消費者が、サービスと比較して財の購入を増やした。その後、中国では、不動産市場の大規模な調整と、2022年中に繰り返し実施されたロックダウンにより消費者信頼感が損なわれたことを受けて、2021年後半以降内需が著しく低迷した。

それに伴って、家計貯蓄率が上昇し投資が縮小する中で、中国の実体経済は大きく足を引っ張られた。中国で内需が低迷した一方で、世界では大幅な貯蓄取り崩しによって需要が増えた。特に米国では、財政赤字がパンデミック前に比べて大きく拡大し、家計貯蓄率が半分に低下した。

その結果、どの方法論を用いるかによるが、現在では中国の貿易収支は対GDP比2~4%の黒字となっている(方法論の違いの詳細については対中4条協議を参照)。こうした構成は、輸入の低迷と世界の輸出に占める中国のシェアの大幅な拡大の両方を反映している。

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GDPに占める輸出の割合は、2000年代の「チャイナ・ショック」の時期に比べれば小さい(ピーク時には中国のGDPの約10%に達していた)。しかしながら、世界経済に占める中国の割合が今では著しく拡大しているため、貿易黒字が自国経済に比して小さくなっているとしても、対世界GDP比では長期にわたってかなり安定的に推移している。そのため、中国の貿易動向がもたらす波及効果は、他の国々にとって引き続きかなり大きなものとなっている。

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われわれの分析(IMFのG20モデルを用いて様式化されたシミュレーション)は、マクロ経済的要因がこうした対外的動向の原動力となっていることを示している。  それには、不動産市場の不況と家計景況感の低下に由来する中国における負の内需ショックや、政府支出と個人消費の増加に由来する米国における貯蓄取り崩しショックが含まれる。

このような「マクロ的な」見方による予測結果は、実際のデータに近い。内需の弱さを主な理由として、中国の経常収支黒字は約1.5%ポイント押し上げられるが、これはパンデミック前の水準と比較したデータの上昇幅に近い。中国の国内貯蓄率の持続的な上昇は、実質実効為替レートの大幅な低下につながるが、これは2021年以降のデータと整合的である。こうした相対価格の調整によって、輸出の伸びが支えられ、輸入の需要が圧迫されることになる。

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米国はそれとは逆の様相を呈している。力強い内需を主な理由として、米国の経常収支は本モデルにおいて約1%ポイント悪化するが、これはパンデミック前の水準と比較したデータの下げ幅に近い。

重要なのは、米国の国内貯蓄率の持続的な低下が米国の実質金利の上昇につながるが、中国の貯蓄率上昇が世界の金利に及ぼす負の影響によってそれが概ね相殺されることである。

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ふたつの重要な教訓が見えてくる。

  • アジアの新興市場国に端を発する過剰貯蓄が世界的不均衡に寄与し、世界の金利を押し下げた2000年代とは異なり、今回は世界的な貯蓄過剰は見られない。中国を除いた世界の実質金利は上昇しており、低下していない。
  • 米国の対外収支に対する中国の貯蓄ショックの寄与度は小さく、また、中国の貿易収支に対する米国の貯蓄取り崩しショックの寄与度も小さい。両国の対外黒字・赤字は、大部分が国内由来のものである。

国内に原因がある黒字や赤字には、国内に由来する解決策が必要であり、マクロの調節ダイヤルを正しく設定することが求められる。中国における持続的な成長は、引き続き景気の足かせとなっている不動産部門や人口高齢化の課題など、長年にわたる国内の不均衡に対処することで実現する。対外セクターを通じて成長を刺激しようとする試みは、大きな逆風に直面する可能性が高い。経済があまりにも大きいため、そのこと自体は成功の証であるが、輸出から十分多くの成長を生み出すことはできない。それは、中国に関するわれわれの中期的な見通しにも反映されている。同国では、輸出主導型の成長モデルはもはや経済の青写真とはならない。

より根本的には、中国は包括的なマクロ経済改革や構造改革を通じて自国経済のリバランスを図る必要がある。不動産部門の調整コストを小さくするための政策パッケージや、家計に焦点を当てた需要刺激策、セーフティネットの構造的な強化ならびに所得格差の是正、資源配分の改善を目的とした改革の実施を含む多面的な戦略が正しいアプローチとなる。

米国の場合には、大幅な財政調整が対外収支にとってプラスになるだろう。それは、間接税の引き上げや所得税の漸次引き上げ、一連の租税支出の廃止、給付金制度の改革など、さまざまな方法を通じて実現することができる。

補助金と産業政策

では、貿易相手国の間で中国の「過剰生産能力」に関する懸念を引き起こしている産業政策や貿易政策についてはどうだろうか。全体的な対外収支に関係なく、特定の輸出部門や輸入競争部門における国の支援は当該部門の活動を後押ししうる。また、実践による学習や規模の経済を通じて、コスト競争力を大幅に高めることもできる。その結果もたらされるマクロ経済への影響は、当該部門の大きさと重要性、また、補助金の規模にもよるが、相当なものとなりうる。

グローバル・トレード・アラートのデータは、中国で2009年から2022年にかけて約5,400件の補助金政策が実施されたことを示す。これは、G20の先進国によって導入された措置を合計した数の約3分の2に相当する。中国の補助金は、ソフトウェアや自動車、輸送、半導体、そしてより最近ではグリーン技術といった優先部門に集中している。しかし、同国の製造業の貿易黒字は特定の産業に集中しているわけではなく、主要な部門別の寄与度は長期にわたってかなり安定的に推移している。電気自動車(EV)やその他のグリーン技術製品を対象とする補助金は、輸出の急増に伴って広い関心を集めている。実際、中国は2023年にEVの最大生産国となり、(世界全体の年間生産台数の約3分の2に当たる)890万台を生産した。また、120万台を輸出し、同国はEVの主要輸出国ともなっている。だが、現在のところ、EVの輸出は中国の財輸出の約1%を占めるにすぎない。

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IMFスタッフの分析では、こうした補助金が各部門において国際貿易への波及効果を生み出す上で実際に一定の役割を果たしていることが示唆されている。補助金の導入後、中国による補助金対象製品の輸出は対象外の製品よりも1%多くなった。補助金対象製品の輸入は減少しており、国内代替が一定程度進んだことを示している。しかしながら、推定される効果は小さいものであり、産業政策が対外収支全体に与える影響は限定的であることを示唆している。とはいえ、過去から引き継がれた補助金や補助金の貨幣価値、補助金の財源確保や導入の方法に関するデータが不足しているため、その全体的な影響を完全に評価することは不可能である。世界貿易機関(WTO)が最近公表した対中貿易政策検討で指摘されているとおり、中国では補助金政策に関する透明性の欠如によって、そのグローバルな影響について包括的で十分な情報に基づいた評価を行うことが難しくなっている。こうしたデータギャップに対処するために、当局は対策を講じる必要がある。

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さらに、ふたつの重要な側面がある。

まず、中国以外にも、米国などの多くの国が急速に産業政策の利用を拡大している。歴史的にそうした措置がより広く利用されてきた新興市場国では、依然としてその多くが維持されている。産業政策は各国の全体的な対外黒字をもたらす主な要因ではないかもしれないが、それでも重要である。他国の競争力や市場アクセスを損ない、貿易摩擦に拍車をかけることによって、貿易相手国に対して大きな負の波及効果を及ぼす可能性がある。国内および国際的に過度の歪みを避けるために、あらゆる国において、産業政策は狭い目的に限定されるべきである。つまり、外部性や市場の失敗によって市場における効果的な解決が妨げられる場合であり、国際的な義務と整合的でなければならない。

第二に、産業政策によって公平な競争環境が歪められる限りにおいて、何らかの是正が適切であり、WTOと整合的なツールを通じてそれを達成すべきである。多国間貿易ルールは補助金に関する一定のガードレールも定めており、多国間の紛争解決または相殺関税を通じた解決策を可能にしている。

同時に、国際貿易ルールには、以前からの欠陥と最近明らかになった欠陥とが残存しており、それらはグローバル・バリューチェーンの台頭や、国家が中心的な役割を果たす経済の有する世界的な重要性、気候変動の喫緊の課題といった動向の影響を受けている。関税や非関税障壁、国内調達規定を通じた一方的な対応は、誤った解決策である。  それは、報復のリスクや政策の不確実性を高め、多国間貿易制度を損ない、グローバル・サプライチェーンを弱体化させ、地経学的な分断に拍車をかける。その代わりに、各国政府はこれらの分野におけるWTOのルール・規範を強化するために団結すべきである。

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