国際金融安定性報告書

国際金融安定性報告書 2018年4月

2018年4月

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第1章 道のりは険しい

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2018年4月公表の「世界経済見通し」にあるように、世界経済の見通しは改善を続けており、成長率が上向くとともに、世界中で同時に回復が進んでいる。2017年10月版の国際金融安定性報告書(GFSR)公表時に比べ、依然として経済活動の支えとなってはいるものの、グローバルな金融環境はややタイト化している。これは、2月初めの株価の乱高下、及び保護主義的な動きの広がりの懸念を背景に3月末にかけてリスク資産の価格が下落したことを主因としている。

前回のGFSR対比で金融不安定化の短期的なリスクは若干上昇するとともに、中期的なリスクは引き続き高止まりしている。長期にわたる低金利と低ボラティリティのもと、金融面での脆弱性が蓄積されてきており、この結果、先行き問題が生じ、成長を阻害することも懸念される。実際、グロース・アット・リスク分析(2017年10月版GFSRの第3章に所収)によれば、緩和的な金融環境の継続に伴う成長率低下の中期的なリスクは、その歴史的な平均水準を大きく上回っている。

先進国中央銀行は、経済成長を支えるために必要な緩和的な政策を続けるとともに、中期的な金融脆弱性の蓄積を抑制する、という重要課題に直面してきた。経済成長の勢いが強まったことと物価の上昇傾向が定着してきたことから、この遂行は幾分容易になった。しかしながら、インフレ率の高まりにはリスクもある。具体的には、例えば米国での大幅な財政刺激策によって想定以上のペースでインフレ率の上昇が進む可能性がある。こうしたインフレの高まりに対して各中銀が想定されている以上に積極的な対応をとる可能性があり、その結果金融環境のタイト化が急速に進む可能性がある。これが、以下に論じるように、リスク資産の価格、銀行間ドル調達市場、及び新興市場国と低所得国に波及する恐れがある。このようなリスクを最小化するために、各中央銀行は金融政策の正常化には引き続き徐々に取り組み、同時に政策のコミュニケーションを明確に行い、経済回復を支えるべきである。

リスク資産は依然として買われすぎの傾向にあり、前回の危機前を彷彿とさせるような信用循環末期の様相が散見される。この結果、金融環境の急激なタイト化に対する脆弱性が高まっており、リスクプレミアムの急騰とリスク資産の価格調整に繋がる恐れがある。加えて、流動性のミスマッチが存在し、また利回り向上のためにレバレッジが活用されていることから、資産価格の変動が金融システム全般に及ぼす影響が大きくなる可能性がある。2月初めの相場変動の急拡大時に市場が大きく混乱することはなかったが、市場関係者はそのことをもって過度に楽観すべきではない。投資家も政策当局も、引き続き金利上昇とボラティリティ上昇に伴うリスクを注視すべきである。金融脆弱性に対応するため、当局としては必要に応じ手持ちのミクロプルーデンスとマクロプルーデンス施策のより積極的な活用またはその更なる充実を図るべきである。例えば、ノンバンク部門のリスクへの対応なども考慮されるべきである。

国際金融危機を経て、銀行部門の強靱性は増している。しかしながら、危機後に策定された規制改革を完遂することが重要である。先進国では弱体化したバランスシートの一層の改善が必要な銀行が残っており、また、国際的に活動する銀行でドルの流動性ミスマッチを抱えているものもある。金融市場の突然の混乱を契機に、このようなミスマッチに伴うドル資金の調達問題が顕在化する恐れもある。 

多くの新興市場国は、長期にわたる安定した対外環境を利して、ファンダメンタルズの改善を図ってきた。しかし、こうした国でも、グローバルな金融環境の急激なタイト化や先進国の金融政策正常化の影響を受け、リスク回避の拡大と資本の流れの反転にさらされる危険を抱えている。万一の際の影響の大きさは国によって異なり、経済ファンダメンタルズの強さと政策対応に左右される。中国では銀行と影の銀行部門との間の結びつきから派生するリスクに対応するための施策を規制当局は導入しているが、依然脆弱性は高い。金融部門の抱えるリスクを抑えるためには一層の規制強化が必要である。 

仮想資産を支える技術によって、金融市場インフラの効率性が大幅に改善する可能性がある。しかしながら、仮想資産は詐欺や、セキュリティー侵害とオペレーション障害の問題にさらされ、また、犯罪活動との関連が問題視されている。現時点では、仮想資産は金融安定性上のリスク要因とはなっていないと考えられるが、適切な安全予防措置なしに広範に利用されることとなれば金融システム上のリスクとなりうる。

第2章では対企業与信の配分に伴うリスクの状況の推移について包括的に検討している。背景には、利回り向上を目指すあまり、銀行や投資家がリスクの高い借り手に過大に信用を供与していないか、との問題意識がある。この研究から見てとれるのは、信用拡張期により多額の資金を集めるのは、よりリスクの高い企業というパターンであり、この傾向は与信基準が甘いときや金融環境が緩和的な場合に顕著である。過去の研究から知られているように、信用拡大のスピードが速いとGDP成長率低下リスクと銀行部門でストレスが高まる可能性が上昇するが、信用配分がリスクの高い企業に振れている場合にも、信用拡大のスピードとは別の追加的要因として、同様の傾向が見られる。各国当局でも、本章で提言している手法を用い信用配分に伴うリスクテイクの状況とそれに伴う脆弱性の高まりをモニターすることが有益と考えられる。また、本章では信用拡張期において与信リスクの拡大を抑制する上での有効な施策についても提言を行っている。 

第3章では、世界的な住宅価格変動の連動について検討している。先進国、新興市場国40カ国と44の主要都市の過去数十年における住宅価格変動を調査した結果、各市場間での価格変動の同期性が明確に上昇していることが判明した。この原因としては、グローバルな金融市場との各国、各都市の繋がりの高まりが考えられる。国際金融危機後の住宅価格の上昇は、金融環境が反転した場合には住宅価格が各市場で一斉に反落する危険性をも示している。住宅価格の連動が高まった結果、実体経済での悲観的シナリオの実現可能性が高まることも考えられ、特に信用量が多いか急拡大している場合には、その恐れも強い。

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第2章     信用配分に伴うリスクは金融システムを脆弱化させるか

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要旨
緩和的な金融環境が近年長期にわたって続いてきた。その結果、金融仲介機関や投資家が利回りの向上を求めてリスクの高い借り手への信用を拡大し過ぎ、将来的に金融の安定性を損ねかねないことになっているのではないか、との懸念が広まっている。こうした心配が生じるのは、いくつかの国の経験から、低金利と緩和的な金融環境が融資基準の緩和とリスクテイクの増大につながりうることが示されていることが背景にある。 

こうした問題意識から、本章では対企業信用の配分に伴うリスク―すなわちリスクの高い企業と低い企業に対する相対的な信用の配分状況、およびその度合いと信用拡大の強さとの関係、並びにこれが金融安定性を分析する上で有用な情報か、について包括的な分析を試みている。本章の分析は多くの先進国及び新興市場国について、1991年以降の時期を対象としており、信用の総量やその拡大のスピードではなく、企業間の信用の配分に焦点を当てている。

本章で紹介する結果は、信用拡大のスピードが速い状況下で信用配分に伴うリスクが増大することを示している。さらに、こうした傾向は与信基準が緩いか金融環境自体が緩和的な場合には、より顕著である。こうした信用配分に伴うリスクは国際金融危機に至るまでの数年間に拡大し、危機の直前に頂点に達した。危機後にはこのリスクは急激に低下したが、その後反騰し、2016年にはほぼ歴史的な平均水準にまで回復した。国際的に比較可能なデータがあるのは2016年までであるが、2017年には金融環境がさらに緩和したため、信用配分に伴うリスクはさらに上昇したとも考えられる。

急速な信用拡張が経済成長の下方リスクの増加と銀行部門のストレス増大や銀行危機の可能性増加につながることはよく知られているが、信用配分に伴うリスクの増大はこの傾向を一層増大させる。その意味で、対企業信用の配分に伴うリスクは、金融脆弱性を高める上での独立した要素といえる。 

本章の議論は、マクロサーベイランスの一環として信用配分のリスクを常時把握することの重要性を示している。本章で紹介した指標は多くの国で利用可能な個別企業の財務諸表データを用いて簡単に計算でき、かつ再現可能であり、各国のマクロ・金融サーベイランスで活用できる。従って、政策当局にあっては、必要な財務諸表データを適時に集計することが有益である。

本章はまた、通常以上に急速な信用拡大を伴っておきる信用配分上のリスクの拡大を抑えるうえで、政策上あるいは制度上の工夫が有用でありうることを示している。信用拡張期に信用配分リスクを抑えるものとして、マクロプルーデンス政策の強化、監督当局の銀行からの独立性確保、企業部門への政府の介入が少ないこと、及び少数株主の保護などがあげられる。

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第3章     住宅価格循環の連動性における金融環境の役割

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要旨
国際金融危機以後の景気回復過程において、多くの国で住宅価格の上昇が見られた。しかし、多くの先進国で価格上昇は緩和的な金融政策を背景に生じており、金融環境が一転して住宅価格が同時に反落すれば金融が不安定化するとの懸念がある。 

本章では、各国や主要都市での住宅価格が連動して動くか、また動くとすればその原因は何か、即ち国際的な住宅価格循環の同期現象(シンクロナイゼーション)について分析している。価格循環の連動とその背景となる国際的な住宅市場のより深いレベルでの連関には有益な側面があるともいえる。他方で、価格変動の連動性の高まりは国際的な金融環境が各地の価格動向や住宅市場に影響を与えることで、経済金融ショックを他地域に伝搬させる経路となる恐れもある。本章は、住宅価格変動の国際的な連動性に対し、政策当局がどのようなスタンスで臨むべきかを論じている。

本章での重要な知見として、先進国及び新興市場国40か国と44の主要都市を通じ、住宅価格変動の連動性が総じて高まってきている点があげられる。さらに、この連動性の高まりの原因として国際的な金融環境の影響が考えられることを、本章の分析は示している。この傾向は先進国の主要都市でより強く見られ、これはこうした都市が国際金融市場の一翼を担っている、あるいは高利回りや安全資産を求める国際投資家にとって魅力が高いことが原因と考えられる。

これらのことは、他国の住宅価格ショックが自国市場に影響を及ぼす可能性を排除できないことを示している。住宅価格循環の連動性自体を防ぐための直接的な政策対応は必要がないかもしれないものの、本章の分析は、住宅価格変動の連動性の高まりが、特に与信環境が好調な場合には、実体経済に対するテールリスクのシグナルになりうることを示している。国内の住宅市場動向が世界的な市場動向に強く連動している場合でも、マクロプルーデンス政策が国内住宅価格の安定化に多少は寄与するとともに、国内金融システムの脆弱性抑制のためにとられるマクロプルーデンス政策は国内住宅価格の世界的な動向との連動を緩和させる効果を持ちうると考えられる。これらの点はマクロプルーデンス政策が直接的に意図している効果ではないが、マクロプルーデンス政策と他の政策の利害得失を比較考量する上で、考慮されてよい点である。