より頑健で包摂的な世界経済の構築

2017年4月12日

おはようございます。ジャン=クロード(トリシェ)、そして、ガントラム(ウルフ) 、暖かい紹介の言葉をありがとうございます。また、ブリューゲルに対しましては、この素晴らしい ビブリオテック・ソルヴェイで、本イベントを開催してくださったことに感謝申し上げます。

私がいまこの美しい建物で実感しておりますのが、良い建築物とは、まずは形状やデザインだということではなく、そのプライベートが確保された空間も皆の共有するスペースでも人間関係を育むものだということを再認識しています。

これは、私が建築家である息子からよく耳にする言葉です。そして、私が建築界の「ノーベル賞」であるプリツカー賞 の記事を読んだ時にも思ったことです。

先月、カタルーニャのほとんど無名の企業が今年のプリツカー賞を受賞した際の審査委員の言葉です: [1]

「ますます多くの人々が、国際化の影響によって、自国の価値観、自国の芸術、自国の習慣を失ってしまうだろうと恐れています。今回の受賞者たちは、我々に 両方を持ちたいと願うことができるということを認識させてくれます 。自らのルーツとなる土地にしっかりと根を張りながらも、世界の他の地域へと腕を伸ばすことができるのです」

世界の経済・金融構造(アーキテクチャー)を懸念する我々は、この言葉から何かしら感じるべきことがあります。

世界経済は今、両方のこと、 つまり健全な国内政策の基盤、それと併せて国際 協力への確固たるコミットメントを必要としている局面にあることです。

我々が、これら2つの国内と国際の要素を必要とする理由は、より持続可能な、より恒久的で、より包摂的な成長を伴う より頑健な世界経済を創り上げていく必要があるからです。

見通し

この6年間の成長は期待に満たないものでしたが、朗報としては現在の世界経済が 勢いを増してきているということです。循環的回復により、雇用拡大、所得の向上、より大きな繁栄が今後期待できます。

しかし、我々は、こういった勢いを目にすると同時に 、少なくとも一部の先進国・地域では経済統合の恩恵について、また、70年以上にわたり世界経済を支えてきた「アーキテクチャー(構造)」そのものについても疑念を目にしています。

来週、ワシントンでIMFの春季会合が開かれますが、その際にこれらの問題が189加盟国の財務相および中央銀行総裁らの懸念材料となるでしょう。

彼らは世界経済の状況を分析し、IMFは慣例通り、その会合の数日前に「世界経済見通し」を発表します。本日は、その大きな流れについて少し触れたいと思います。

l 先進国・地域に関しては、製造業の活動活発化により、経済見通しが改善しています。この回復基調は、 欧州も含め世界各国に広範囲に広がっています。ただし、ここ欧州においては、国によっては大きな債務、また、一部の銀行の脆弱性に直面しています。

l 新興市場国および発展途上国 の見通しも、世界の成長にとって幸先の良いものです。これらの諸国は近年、世界経済回復の原動力となってきました が、引き続き、その寄与度は、2017年の世界のGDP成長率の4分の3以上を占めるでしょう。

l 一方、一次産品価格の上昇で、多くの低所得国は救われました。しかしながら、 これらの諸国は今でも多くの困難な課題に直面しています。例えば、歳入レベルは好況時をはるかに下回ると予想されます。

これら全てをまとめますと、元気な足取りの世界経済が見られます。多くの国が近年、健全な 政策を選択した結果です。

リスク

同時に、明らかな下振れリスク も存在します。欧州も含めた政治的不透明さ、国際貿易を脅かす保護主義の剣、そして、新興国および途上国からの破壊的な資本流出を引き起こしかねないよりタイト化した世界の金融環境です。

そういった短期的な諸問題の下には、力強く包摂的な成長の大きな足かせと引き続きなっている弱い生産性のトレンドが存在します。その主な理由は、高齢化、 貿易の低迷、そして2008年の金融危機以来の弱い民間投資です。 [2]

我々の推計では、もし生産性の伸びが2008年の金融危機以前のトレンドを辿っていたとすると、先進国・地域の総GDPは、今日、およそ5%は高かったでしょう。これは、ドイツの総生産よりも大きなGDPを有する一国をさらに世界経済に追加した数字に相当します。

政策

このことは、経済政策において、自己満足が許されない状況だということを示唆しています。

基礎とすべき政策は、今まで世界に多くをもたらしてきた政策です。同時に我々は、私が「自損」と呼ぶ失政を避けなければいけません。

その方法には何があるでしょうか。私は、経済政策の3つの側面を考えています:

l 生産性を重視した成長の下支え

l 恩恵より公平な配分、そして、

l これまで世界に役立ってきた多国間枠組みによる国を超えた協力です。

1.成長の下支え

第1の側面は、現在の成長の勢いを維持する ことです。それには、我々IMFがこれまで「三本柱から成る戦略」と呼んできたものが必要です。つまり、各国の必要性に合わせて策定された財政政策、金融政策、構造政策の正しい組み合わせです。

例えば、複数の国・地域においては、需要が未だに弱く、インフレはまだ目標レベルに持続的に回復しているわけではありません。引き続き、金融支援および成長に配慮した 財政 政策により大きな重点を置く必要があります。税制および社会保障制度を改革しインセンティブを高める、また、予算に余裕のある国では、質の高い社会インフラ投資などです。

こうした措置は、潜在的成長を押し上げるためにも、構造 改革と同時に行うべきです。ここユーロ圏においての良い例は、小売業および専門的サービス分野への参入障壁の低減です。

より基本的な点として、政策立案者は、生産性を再活性 させる必要があります。これは、長期的に所得および生活水準を向上させる上で最も重要な要素です。

しかし、生産性を押し上げるために、各国政府は何をすることができるのでしょう?

まず、イノベーション を促進すべきです。これには、教育およびインフラへのさらなる投資、そして、研究開発に対する税の優遇措置が挙げられます。

我々の分析によると、もし先進国・地域が民間の研究開発を平均40%拡大すると、長期的に見てGDPが5%増加する可能性があります。

より多くの イノベーションを必要としていますが、同様に、より多くの貿易 も必要としています。何故か。それは、貿易がイノベーションの共有を推進し、企業に対し新たな技術やより効率性の高いビジネス慣行への投資を促すからです。

例えば、我々の推計では、中国が世界貿易システムに統合されたことによって、1990年代の半ばから2000年代の半ばにかけて、先進国・地域における全体の生産性が平均10%も向上しました。 [3]

そのような大きな向上は、徐々に生活水準の向上につながっています、今日、非常に多くの人々が、長寿で、より健康的で、より豊かな生活を享受していますが、それは主に貿易と生産性の力を利用することができるからです。

しかし、我々はもちろん、技術と貿易が様々なマイナスの副作用 を伴うことも承知しています。それは、縮小しつつある産業分野における雇用減少から構造変化によって取り残された共同体や地域の社会的課題までにわたります。

2.成長をより公平に

それでは、政策の第2の側面 、より包摂的な成長 に移りたいと思います。

つまり、成長の恩恵がより広く共有される場合には、成長がより強固で、より恒久的で、そして、より頑健だということです。

皆さんは、こう尋ねるかもしれません。「それがわかっているのであれば、何故、各国は経済の恩恵の広範な共有に取り組まないのだろうか。何故、近年非常に多くの国で、格差が拡大しているのだろうか」と。

技術 を考えてみてください。技術は、社会に計り知れない恩恵をもたらしましたが、高い技術を必要としない雇用労働者の所得が、近年、相対的に低下していることの重要な要因でもあります。貿易の影響は、それよりずっと小さいのです。 [4]

そして、自動化が新興国と発展途上国の雇用の伸びを加速度的に脅かすだろうとの懸念もあります。

経済の風向きの変化によって、我々は労働者を支えるより良い方法を見つけなければなりません。

それには、魔法の処方箋はありません。しかし、再訓練や職業訓練、求職活動援助、職種転換の支援により重点をおくことで、労働市場の混乱の影響を受けた人々を救済することができるということを十分承知しています。

例えば、米国 は、求職活動やジョブマッチングについて、オンラインツールの利用も含め、適切に計画された援助により重点を置くことができるでしょう。 新興国 も、技術的ソルーションを考案することができるでしょう。例えば、携帯電話の個人宛テキストメッセージで求人広告を行うこともできます。これは、ほんの一例です。

将来のことを考えると、 すべての政府は、自国民が大きな技術進歩に備えることができるよう、さらなる取り組みが必要です。未来学者アンドリュー・マカフィーが述べたように、「 競争に勝つ秘訣は、機械競争するのではなく機械を使って競争することです。」

それには、生涯学習が必要です。 つまり、幼児教育から職場訓練、シニア層のオンライン講座まで コミットすることです。例えば、シンガポールでは、現役期間中はすべての成人に訓練助成金を支給しています。

IMFは、より多くの地域研修センターおよび技術支援を通して、政策立案者が、専門知識や実践的スキルの向上を図ることができるよう支援をしています。185カ国のほぼ17,000人 が、IMFのオンライン・トレーニング・コースを無事終了しています。

高齢化の進む国々では、今日の政策が将来世代 に不利益をもたらしてはいけないとの認識があります。今日世代が思慮ある行動を取らなければ、将来世代が、そのつけを支払わされることになるでしょう。環境破壊、インフラの荒廃、多額の公的債務が、その例です。

今日、先進国・地域の平均公的債務は、戦後最高のGDP比108%です。そのため、強固な財政政策枠組み [5] とより一層の取り組みにより、特に高齢化社会においては、公的債務を安全なレベルに戻す必要があります。

そして再度申し上げますが、特に年金システムや医療費による高齢化社会の影響は、 単に先進国・地域の現象ではありません。多くの新興国においても、次世代のために自国のシステムを安全な状態にする必要があります。

私の第3のポイントもシンプルなものです。相互連関性が極度に高い現代の世界では、国内政策は容易に国境を越えて、他国に大きな影響を及ぼします。我々は皆、例えて言うと、同じ船に乗り合わせているのです。だからこそ、各国に対し 強固な国際協力支援を促していく必要があるのです。

3.国際協力

70年以上もの間、世界は、規則体系、共通の基本理念、そしてブレトンウッズ体制を中心とした制度を通して、様々な課題に対処してきました。ジョン・メイナード・ケインズは、IMFの主任建築家(立役者)の一人ですが、それを 「我々が誕生させようとしている、より大きなもの」と呼びました。

国際協力の最たる例は、世界中の所得と生活水準の驚くべき向上を支えてきたことです。

より最近では、我々は協力して、グレート・リセッション(2008年から2009 年の世界済金融危機)がグレート・デイプレッション(世界大恐慌)の再来にならないようにしました。

それゆえ、より頑健な成長を促進するには、より少なくではなく、より多くの国際協力 が必要です。

例えば、協力して過度な対外不均衡 を縮減することは極めて重要です。何故なら、一国の持続不可能な政策は、他国に影響を及ぼす可能性があるからです。

この意味で、国際協力とは各国が公平な競争条件を順守することを確実にするため協力するということです。それには保護主義的措置や競争上の優位性を生じさせるゆがんだ政策を取らないことが含まれます。

貿易を制限することは「自損」行為で、サプライチェーンを混乱させ、世界の生産を損ない、生産資材および消費財の価格をつり上げることになります。そして、所得の大半を消費することになる低所得世帯が、最も打撃を被ります。

また、我々が協力を必要とする理由は、金融安定性確保するためです — 例えば、国際金融のセーフティーネット強化は、新興国および途上国が、危機時の資本フローのボラティリティーに対し、より良い形で対処する手助けとなります。

金融の安定性には、国際的な金融規制の改革を成し遂げることが必要です。これらの規則 (特に銀行資本、流動性、レバレッジに対する規則) によって、金融システムの安全化が図られています。そして、納税者の安全もしかりです。過度なリスクテークに陥る可能性を低くしています。

そして、資金洗浄・テロ資金供与対策に対するさらなる取り組みが必要です。より広範には、社会のすべての人が応分の負担をすることができるよう、 ガバナンスの改善および脱税や租税回避など の腐敗防止の改革を支援しています。

最後にもうひとつ重要な点として、我々は協力して、生活水準の向上を最も必要としている地域で、加速的に向上させる必要があります。低所得国の 持続可能な開発目標 達成を支援することは、人道上の問題ということだけではなく、非常に多くの消費者が世界経済に完全に参加することを支援します。

難民危機や人道危機、自然災害、および気候変動といった地球的規模の課題に対処するには、結束が不可欠です。

IMF の役割

ご存知のように、IMFの存在理由 は、国際協力を醸成することです。我々は引き続き加盟国に対し、政策助言、必要に応じた融資、また、能力開発を通じて各国の事情に合わせた支援に重点を置いてまいります。

これは、IMFの「基本的」業務です。そして、我々は、それを継続的に見直し、現実に即した、また、加盟国を中心としたものにしてまいります。

同時に、21世紀の技術および貿易によって生ずる過度な所得格差やその他の副作用に、加盟国が対処できるようマクロ的に重要な新たな分野に適応しつつあります。

マクロ金融の分析の強化、マクロ経済の成果向上に向けたジェンダー政策の役割の重視、世界の金融セーフティーネットの強化のいずれをもってしても、 我々の目的は経済の安定維持と、すべての人々に恩恵をもたらすより強固な世界経済の構築に貢献することです。

終わりに

最後に、建築物と偉大なローマの建築家ウィトルウィウスが提唱した三原則に立ち戻りたいと思います:

l 耐久性 — 建築物は、強固な作りで、良好な状態を維持しなくてはいけない、

l 有用性 — 建築物は、それを使用する人びとにとって有益で機能的でなければいけない、そして、

l 美しさ — 建築物は、人々を楽しませ、元気づけるものでなくてはいけない。

良き建築家になりましょう。協力して、より頑健で包摂的な世界経済を構築しましょう。

ご清聴ありがとうございました。



[1] RCRアルキテクタスは友人3人によって創設:ラファエル・アランダ、カルマ・ピジェム、ラモン・ビラルタ

[2] アドラーを始めとする研究者(2017年)、2017年4月IMFスタッフディスカッションノート「逆風と共に去りぬ:世界の生産性」

[3] アーン、ジェビン、ロメイン・デュヴァル(近刊予定)「対中国貿易:生産性の向上、雇用削減」、IMFワーキングペーパー

[4] WEO(世界経済見通し)第3章

[5] 好例は、チリの財政責任法で、構造的均衡規定や様々な基金(年金および安定化基金)を含み、不測の債務の報告義務を強化している。

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