そのため、国際通貨基金(IMF)は、こうした財政支援が、それを最も必要とする人々の役に立つものにするために、「必要な政府支出を実施し、その支出の領収書は必ず保管しておくこと」を合言葉に、新型コロナに対応するための政府支出について、透明性と説明責任を確保するように呼びかけてきた。
IMFは、透明性の強化を通じたガバナンスの向上を奨励しており、また、今次経済危機に伴いIMF融資を受けた国々を対象に具体的なガバナンス強化の措置を推奨してきた。コロナ対策としての物品調達に関わる契約および当該契約を受注した企業の実質的所有者に関する情報の公表のほか、新型コロナ対策としての政府支出の報告書やそうした支出に対する監査結果の公表などについて、当該国の約束を取り付けていくことがその一例だ。
こうした措置を図っていく際には、各国の事情や汚職リスクの深刻度を適宜勘案している。さらに、融資を受ける国に対しては、中央銀行に対するセーフガード評価を実施することになっている。こうしたデューディリジェンスを実施することにより、当該国の中央銀行が信頼性のある情報を提供し、IMFから受け取る資金を透明な形で管理しているかどうかを確認している。
汚職に対しては長期にわたる対応が必要だ。上述のガバナンス強化の措置は万能な解決策ではなく、より構造的な対応が必要とされている。長期的な視点から、ガバナンスの弱さや汚職の可能性を生む脆弱性については、引き続き2018年に採択されたIMFの「ガバナンスに係る取り組みの強化に関する枠組み」の下で対応されることになる。とりわけ、IMFの複数年にわたる融資プログラム、加盟国を対象とした年次の経済・金融政策に関する調査、および技術支援などの機会を通じて、ガバナンス強化に向けた取り組みの強化が促進されることになる。
領収書は確保されているか?
IMFの融資受入国については、新型コロナ対応の政府支出に関するガバナンス措置の実施の約束を取り付けている。新型コロナへの緊急対応が始まってから1年が経過して、こうした措置の実施状況が明らかになりつつある。
- 物品調達の契約に関する情報の公表に関しては、ドミニカ共和国やギニア、ネパール、ウクライナをはじめとして、約束の大部分がすでに履行されたか、履行されつつある。一部の国では、実行能力上の制約によって進捗が制限されている。そうしたケースでは、IMFは実施をサポートするために能力開発の支援を行っている。
- こうした契約の受注企業の実質的所有者に関する情報の収集・公表は、公務員の関与などの潜在的な利益相反の発見を容易にすることにより、汚職を抑止することを意図している。それには、入札業者が企業の実質的支配権を有する者、つまり「実質的所有者」の名称を提供することが必要となる。この情報は物品調達を管理する機関に提供され、同機関ではこうした情報を公表する義務がある。
この革新的な措置は、一部の国ではその実践が困難であることが判明しており、当該措置実施の約束をすでに履行したか、履行に向けて大きく進捗している国は半数にすぎない(ベナン、エクアドル、ヨルダン、マラウイ、モルドバなど)。
一方では、ケニアやキルギスといった一部の国で、IMF融資に関わるこうした約束が当該改革の恒久的な導入を促すことに貢献している。つまり、改革は新型コロナ関連支出にとどまらないものとなっている。
- 新型コロナに対応する政府支出に対する監査に関しては、通常、会計年度末から3~12か月以内に事後的に監査が行われることになっている。こうした監査の大半は既存制度に基づいて準備されている途中であり、実施状況を評価するには時期尚早である。
一方で、ジャマイカやホンジュラス、モルディブ、シエラレオネといった一部の国では、リスクに基づくリアルタイムの監査を行うことにより早い段階での行動がすでにとられている。IMFは、必要に応じて、会計検査機関が責任を果たすのをサポートするために能力開発支援を強化するとともに、監査情報を容易に検索できるようにするための取り組みも支援している。
- 新型コロナに対応するための政府支出についての報告に関しては、多くの国がそうした支出の執行について対外的に報告しているか、間もなくそれを開始することになっている。
- セーフガード評価は迅速に実施されつつあり、新型コロナの感染拡大以降、通常の2倍のペースで評価が行われている。
より構造的な課題への対処
新型コロナに伴う危機対応として、透明性と説明責任の確保に重点を置いたこのような措置が取られているが、こうした措置以外にも、IMFの複数年の融資プログラムの下では、より広範なガバナンス強化と汚職防止に向けた改革が進められている。
そうした融資プログラムの下での改革は様々な分野を対象としている。例えば、エクアドルやガンビア、ヨルダン、リベリア、ルワンダ、セネガル等では財政政策に関わるガバナンスが強化されているほか、アンゴラやアルメニア、コンゴ共和国、ケニア、チュニジアでは汚職防止と資金洗浄対策の枠組みが進められている。また、リベリアやウクライナでは、金融監督および中央銀行のガバナンス体制の強化が進められている。
IMFの融資受入国以外での対応
危機対応に対する透明性と説明責任の確保は、所得水準に関係なくどの国にとっても重要であり、そうした措置は当然のことながらIMF融資の受入国以外にも多くの国で一般的に見られる。
こうした取り組みは多種多様だ。例えば、ブラジルやコロンビア、コスタリカ、フランス、ペルーでは、透明性を確保するために特定のポータルサイトにおいて、財政支出に関する包括的な情報を公表している。韓国のように、コロナ対応の財政支出を検証するための外部監査を頻繁に行っている国々もある。また、スペイン等の国では、緊急の物品調達に関して明確なガイドラインを策定したり、ルーマニア等では、利益相反を検知するために、契約受注企業の実質的所有者データや幹部公務員の金融情報開示を分析していたりする。
IMF職員は、加盟国との定期的な4条協議を通じて、経済の健全性の調査や政策対話を実施している。こうした協議を通じて、ポーランドやイギリス、米国等では、財政・金融・金融セクター政策に関する一般的な透明性と説明責任の確保について議論しているほか、コロナ対応の政府支出の透明性と説明責任についても継続的に議論している。
更なる前進に向けて
新型コロナの感染拡大後に着手された改革を効果的に実施していくには、各国がガバナンス強化と汚職防止に関して持続的に取り組むことが必要となる。そのためには、IMFの2018年枠組みを実施することが重要な鍵となる。この枠組みは現在もなおIMFの優先事項であり、汚職防止にとどまらず、財政政策に関わるガバナンスや金融監督、中央銀行に関するガバナンス、市場規制、法の支配、資金洗浄対策の枠組みも扱うものとなっている。こうしたガバナンス強化や汚職防止の措置を実施する実行能力は、各国で異なるうえ、措置の種類によって限界が生じているケースもみられる。このため、IMF職員は技術支援や研修、ウェビナーなどの手段を通じて、状況に即して、こうした問題に関する実行能力の向上に向けた各国への支援を引き続き提供している。
IMFでは、2022年半ばに2018年枠組みの進捗状況の評価を行い、今後も加盟国のガバナンス強化を支援し続ける方法を評価することにしている。
ガバナンス強化の取り組みは、改革に対する各国政府の高い当事者意識、国際協調、および市民団体および民間部門などの利害関係者との共同の取り組みによって、さらに大きく左右されることになる。こうした取り組みを更に前進させていくには長期間にわたって改革を持続的に実施することも必要となる。そうした前進は容易ではないが達成可能なものであり、より力強く包摂的な経済成長を促進する上では不可欠となる。
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チャディ・エルフーリはIMF法律局金融健全性グループの副グループ長。資金洗浄防止・テロ資金供与対策(AML/CFT)、汚職防止、ガバナンスや健全性の諸問題を専門分野としている。2007年にIMFでの勤務を開始する前には、レバノン中央銀行の金融インテリジェンス室に勤務した。レバノンとフランスで法律と金融の教育を受けた。
本田治朗はIMF財政局の課長補佐。2001年にIMFでの勤務を開始し、財務局とアフリカ局に務め、レソト、ナミビア、エスワティニのミッションチーフの役を担った。IMFでの勤務開始前には日本銀行で香港事務所駐在などの職務に就いていた。研究分野は財政政策(歳出・歳入政策、財政支出の乗数効果)、経済開発、金融部門、ガバナンスなどである。
ヨハン・マティースンは、IMF戦略政策審査局の課長補佐。1998年にIMFでの勤務を開始し、アフリカ局、統計局、欧州局にも務めた。これまでにモルドバ駐在代表、東部アフリカ地域技術支援センター(タンザニア)の技術支援アドバイザーの職務を経験した。研究上の関心はデジタル化、マクロ経済の脆弱性、ガバナンスなど。
エチエンヌ・B・イェウはIMFのシニアエコノミスト。政策面での業務、IMFの研究・政策の学術出版物やピアレビューがされる学術誌、書籍を通じた研究発表や通じて、通貨経済学・金融経済学、また、インフラ、経済発展、ガバナンスの官民パートナーシップに関する一連の問題を取り上げてきた。通貨同盟に関する研究によって、ハーバード大学ウェザーヘッド国際問題研究所より2003年にシドニー・R・ナーフル記念賞を授与された。ハーバード大学の国際開発センターに勤務し、また、学生団体「Africa Caucus」で政策担当を務めた。ジョージタウン大学とハーバード大学で国際資本市場と開発経済学の授業を教えた。ハーバード大学で博士号を取得。