国際通貨基金(IMF)が1月に「世界経済見通し(WEO)改訂見通し」で予測を最後に発表してからの3か月で、世界は劇的に変わった。新型コロナウイルスの世界的流行(パンデミック)という、まれに見る危機により、おそろしいほど多くの人命が失われた。各国が感染拡大防止に必要な隔離や社会的距離確保の対策を実施するなか、世界は「大封鎖」と呼べる状況に置かれている。それを受けて経済活動は、私たちがこれまで経験したことがないほどの規模と速度で落ち込んでいる。
今回の危機は他に類を見ないものであり、人々の命や生活に及ぼす影響にも大きな不確実性がともなう。その行方はウイルスの疫学的特性、感染拡大防止措置の有効性、治療法やワクチンの開発に左右される部分が大きく、いずれも予測は難しい。それに加えて多くの国が今、公衆衛生の危機、金融危機、一次産品の急落といった多重的危機に直面している。こうした危機は互いに複雑に作用しあう。政策当局者は一般家庭、企業、金融市場に、先例のない支援を提供している。これは力強い回復の実現に不可欠だが、この大封鎖が終わったときに経済の様相がどのように変わっているか、相当な不透明感がある。
世界のほとんどの国で、感染症の大流行とそれにともなう拡大防止措置が今年の第2四半期(4~6月)にピークに達し、年後半にかけて徐々に収束すると想定した場合、IMFは4月の「世界経済見通し(WEO)」において、世界経済の成長率が2020年にマイナス3%まで落ち込むと予測している。これは2020年1月時点の予測を6.3%ポイント引き下げるものであり、きわめて短い期間での大幅な下方修正だ。この結果、「大封鎖」は世界金融危機をはるかに上回る、大恐慌以来最悪の景気後退となる。
パンデミックが2020年後半に収束し、世界中で実施されている政策行動が広範囲におよぶ企業倒産、失業の長期化、金融システム全体のストレスを防ぐのに効果を発揮すると想定すると、世界経済の成長率は2021年に5.8%まで回復すると予測される。
この2021年の回復は、部分的なものに過ぎない。経済活動の水準は、ウイルス流行前にIMFが予測した2021年の見通しを下回る水準にとどまると予想されるためだ。パンデミック危機による2020年から2021年の世界GDPの損失は合計約9兆ドルに達する可能性があり、これは日本とドイツのGDPの合計を上回る。
今回は影響を免れる国のない、真にグローバルな危機だ。観光業、旅行業、ホスピタリティ産業、娯楽産業などに成長を依存している国々は、とりわけ大きな打撃を受けている。新興市場国と発展途上国はそれ以外の課題にも直面する。比較的脆弱な医療システム、支援策のための財政余地が限られたなかで危機への対応を迫られる一方、世界的にリスク選好が弱まるなかで先例のない額の資本逆流が発生し、通貨圧力にもさらされている。しかも複数の国が、経済成長の停滞と高水準の債務という脆弱な状態で今回の危機に突入した。
大恐慌以来初めて、先進国・地域と新興市場国・発展途上国が同時に景気後退に陥っている。今年、先進国・地域の成長率はマイナス6.1%と予測される。通常であれば先進国・地域を大幅に上回る水準にある新興市場国と発展途上国の成長もマイナスに転じ、2020年は全体でマイナス1%、中国を除くとマイナス2.2%と予測される。1人当たりの所得は170か国以上で減少すると予測される。先進国・地域と新興市場国・発展途上国のどちらも、2021年には部分的回復が予想される。
さらに厳しい代替シナリオ
ここまで述べてきたのはベースライン・シナリオだが、公衆衛生危機の持続期間や厳しさについてはきわめて不確実性が高いことから、IMFはより厳しい代替シナリオも検討している。世界的流行が今年後半に勢いを失わず、感染拡大防止措置が長引き、金融環境が悪化し、グローバルなサプライチェーンがさらに崩壊する可能性もある。そのような場合、世界GDPの落ち込みはさらに大きくなる。パンデミックが2020年のもっと遅い時期まで続けばGDPは今年さらに3%、2021年に入っても続けば来年は8%、それぞれベースライン・シナリオより低くなると予測される。
例外的な政策行動
外出禁止や封鎖によって新型コロナウイルスの感染拡大を抑制することで、医療システムは感染症に対応することができ、それは経済活動の再開を可能にする。このような意味で、命を救うことと生活を守ることは二者択一ではない。各国は医療システムへの十分な支出や広範囲にわたる検査を継続し、医療物資への貿易制限を控えるべきだ。新型コロナウイルス感染症の治療薬やワクチンが開発されたときに、豊かな国も貧しい国も同様に直ちに利用できるように、国際社会は協力すべきである。
経済が停止している間、政策当局者は市民が基本的ニーズを満たせるようにし、また感染症が深刻な急性期を脱したら企業活動が回復するように、対策を講じなければならない。多くの政策当局者が大規模かつタイムリーな、そして対象を明確にした財政、通貨、金融政策をすでに実行している。そこには債務保証、流動性対策、債務の支払猶予、失業保険の拡充、社会給付の拡充、減税などが含まれており、家計や企業の命綱となっている。このような支援は、今回の深刻な景気後退にともなう投資抑制や雇用喪失による爪痕が長く残らないようにするためにも、感染症封じ込めのフェーズを通じて継続すべきだ。
政策当局者には回復への備えも求められる。封じ込め措置が成功したら、回復を後押しするため、需要を支え、企業の雇用を促進し、民間および公共部門のバランスシートを修復することへ政策の軸足を迅速に移す必要がある。財政余地のある国々が協調的に財政刺激策を実施すれば、すべての国がより大きな恩恵を享受できる。債務の支払猶予や再編は、回復のフェーズでも継続する必要があるかもしれない。
グローバルな回復を力強いものにするためには、多国間協調が欠かせない。発展途上国が必要な支出を実行できるように、二国間債務の債権国や国際金融機関は譲許的融資、無償援助、債務救済を実施すべきである。主要な中央銀行の間でのスワップラインの創設および稼働は、国際流動性不足を緩和するのに役立ってきたが、それをさらに多くの国々に拡大する必要があるかもしれない。生産性がさらに失われて景気回復が損なわれることを避けるため、世界で脱グローバリゼーションが進まないようにする協調的な努力が必要である。
IMFは脆弱な国々を支えるために、迅速に融資実行が可能な緊急融資制度や、最貧国の加盟国を対象とした債務返済免除を通じて機関が持つ1兆ドルの融資財源を積極的に駆使している。また、債権国政府についても同じように取り組むように呼びかけている。
この公衆衛生危機がいずれ終わるという希望の兆しはある。各国は少なくとも今のところ、社会的距離を確保する措置、検査、感染者と接触した人の追跡によってウイルスの拡散防止に成功しており、治療法やワクチンは予想よりも早く開発されるかもしれない。
ただ当面、次に何が起こるかは不確実性がきわめて大きい。危機の規模と速度に応じて、国内でも国際的にも政策対応を大規模かつ迅速に行い、新たなデータが明らかになったら速やかにその見直しを行う必要がある。世界がこの危機をともに乗り越えるためには、医師や看護師の方々と同じような勇敢な行動が、世界中の政策当局者にも求められている。
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ギータ・ゴピナートはIMFの経済顧問兼調査局長。ハーバード大学経済学部ジョン・ズワンストラ記念国際学・経済学教授であり、現在は公職就任のため一時休職中。
国際金融とマクロ経済学を中心に研究を行い、経済学の代表的学術誌の多くに論文を発表している。為替相場、貿易と投資、国際金融危機、金融政策、債務、新興市場危機に関する研究論文を多数執筆。
最新の『Handbook of International Economics』の共同編集者であり、「American Economic Review」の共同編集者や「Review of Economic Studies」の編集長を務めた経験もある。以前には、全米経済研究所(NBER)にて国際金融・マクロ経済学プログラムの共同ディレクター、ボストン連邦準備銀行の客員研究員、ニューヨーク連邦準備銀行の経済諮問委員会メンバーなどを歴任した。2016年から2018年にかけてインド・ケララ州首相経済顧問。G20関連問題に関するインド財務省賢人諮問グループのメンバーも務めた。
アメリカ芸術科学アカデミーと経済学会のフェローにも選出。ワシントン大学より各分野で顕著な業績を上げた卒業生に贈られるDistinguished Alumnus Awardを受賞。2019年にフォーリン・ポリシー誌が選ぶ「世界の頭脳100」に選出された。また、2014年にはIMFにより45歳未満の優れたエコノミスト25名の1人に、2011年には世界経済フォーラムによりヤング・グローバル・リーダー(YGL)に選ばれた。インド政府が在外インド人に授与する最高の栄誉であるプラヴァシ・バラティヤ・サンマン賞を受賞。シカゴ大学ブース経営大学院の経済学助教授を経て、2005年よりハーバード大学にて教鞭を執っている。
1971年にインドで生まれ、現在はアメリカ市民と海外インド市民である。デリー大学で経済学学士号を、デリー・スクール・オブ・エコノミクスとワシントン大学の両校で修士号を取得後、2001年にプリンストン大学で経済学博士号を取得。