IMF職員による最近の研究では、パンデミックとの関連で、富と健康の関係がより詳しく明らかにされている。モデルに基づく本分析は、検査がより広範かつ迅速に行われればウイルス拡散防止を改善する上で非常に重要な情報がもたらされ、あらゆる人々、中でも貧困層の助けになることを示している。私たちの研究は、年齢や性別、その他の人口統計のみに注目するのではなく、所得に基づく個人の行動や選択にも着目しており、大半の疫学モデルを凌駕するものとなっている。
ワクチンは今後数か月、数年をかけて徐々に投入されると見られるが、その間にも一部の国ではパンデミック初期よりも早いペースで感染率が上昇し続けることになる。パンデミックを封じ込める上では、ロックダウンや物理的距離の確保、マスクの着用といった手段が最も多用されてきた。しかしながら、安価で迅速な検査ももうひとつの武器となりうる。
重要となる所得
パンデミック下で貧しい人々を感染の最前線に立たせることになる行動や選択は、必要の産物であることが多い。まず、低賃金労働者の多くは(食料品店や宅配サービスといった)パンデミック下でも必要不可欠と見なされるサービスや、リモートワークを選択する余地が限られた仕事に従事している。第二に、貧困地区は人口密度が高い場合が多く、より感染が広がりやすい。第三に、いざという時の貯金も貧困地域の住民には少ししかない傾向があり、労働時間を減らして感染リスクを抑える可能性が限られている(自営のインフォーマル労働者など)。
豊かな人々は、仕事を減らしたり自宅外で過ごす時間を制限したりする選択肢があるため、感染リスクを低下させることが可能だ。こうした選択は劇的な影響を及ぼす。モデルによるシミュレーションでは、ウイルスに最終的に感染する割合が富裕世帯では10%をわずかに上回る程度であるのに対して、貧困世帯では2年間に50%を超えることが示されている。この点は死亡率にも反映されており、モデルは貧困世帯の死亡率が4倍ほど高いと示している。こうした数字は、パンデミックに伴う健康上の被害の大部分が貧困世帯で生じていることを示唆している。
重要となる検査
有効なワクチンと治療法が広く利用できるようになり、それらを必要とする人々全員に提供されるまでの間、2つの重要な政策措置によって感染症が貧困層に及ぼす重大な影響を軽減することができる。
第一に、貧困世帯向けに的を絞った所得支援は、貧困世帯の消費を大規模な負の経済ショックから守ることに直接役立つだろう。第二に、広範な検査によってパンデミックの拡大と封じ込めに関する情報精度を高めることで、新規感染者を特定・隔離できる可能性が高まり、感染リスクを低減できる。最新の迅速検査は安価なものとなっている。世界保健機関(WHO)は最近、検査1回5ドルとする取り決めを行った。需要と生産が拡大すれば、価格は1ドル以下まで下落する可能性がある。こうした検査を簡易に行えることは、どのような世帯や企業でも(検査結果の評価に必要な医療機器や試験所なしに)それを利用でき、一元的な処理や報告も行わなくて済むことを意味している。大規模検査の戦略によって流行発生を完全に防ぐことはできないとしても、全体としてはパンデミックの拡大を抑え、それを制御することが可能となるだろう。マスク着用や手洗い、物理的距離の確保と合わせて行われる場合には特にそうだ。
検査を通じて感染者を特定・隔離することは、貧困世帯の割合が高い国でパンデミックを制御する際に一層効果的となる。私たちの研究では、無症状感染者のうち半数を特定できれば、1年以内に死亡者数を75%近く抑えられることがわかっている。最大の恩恵を受けるのは貧困層であり、大規模な検査が強化された場合には死亡率が75%近く低下する。これに対して、富裕層では死亡率の低下は約50%となる。
ロックダウンとは異なり、広範な検査を通じて情報の質を高めれば人々の接触を維持しながら感染リスクを下げることができ、明らかに経済を後押しすることになる。無症状感染者に対する検査が全くなされず、ウイルスの伝播が検出されないとすると、典型的な国の場合で初年度にGDPが15%という驚異的な落ち込みを記録することになる。感染リスクが高ければ、人々は可能な限り外出を控え経済活動を縮小することを選択する。検査を通じて無症状感染者のうち50%が特定され、感染抑制のために隔離される場合、損失はGDPの3.3%にとどまることになる。これは、全人口の約60%を対象に真陽性率(感度)が80%の検査を毎週行うことができれば達成可能である。
GDPの大幅な減少を回避できる可能性と、迅速検査の費用が比較的小さく低下しつつあることに鑑みて、マスク着用と合わせて広範な検査を行うことから得られる利益は非常に大きい。こうしたアプローチは、パンデミックによって拡大した不公平性を部分的に是正することにもつながり、貧困でより脆弱な世帯がより良い状態で危機を乗り切る助けとなるだろう。
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ミハル・アンドレはIMF調査局のシニアエコノミスト。マクロ経済モデリングと金融政策、資産価格理論、統計的学習に研究上の焦点をあてている。IMFで勤務を開始する前には、欧州中央銀行調査局、チェコ国立銀行、チェコ財務省にエコノミストとして勤めた。
ジョン・ブルードーンは、IMF調査局で「世界経済見通し」を担当する課長補佐。以前は同局の構造改革ユニットでシニアエコノミストとして勤務した。また、欧州局のユーロ圏チームの一員として「世界経済見通し」策定に携わり、数多くの章の執筆に従事した。IMFに勤務する前はイギリスにて、オックスフォード大学でのポスドク研究員を経て、サウサンプトン大学の教授を務めた。国際金融、マクロ経済学、開発に関して様々なテーマで出版している。カリフォルニア大学バークレー校で博士号を取得。
アラン・ディジオリはIMF調査局経済モデリング課のエコノミスト。労働経済・マクロ経済のモデリング、金融政策、医療経済学に研究の主な焦点をあてている。医療経済学や労働市場に関する論文を発表してきた。過去には欧州中央銀行でエコノミストとして勤務した。ペンシルベニア大学で博士号を取得。