IMF世界経済見通し

減速する経済成長、再加速は不確実

2019年4月

戻る

総括

1年前には、ほぼ世界全域で経済活動が加速しており、世界経済は2018年と2019年に3.9%の成長を遂げると予測されていた。それから1年が経過し、情勢は一変している。米中貿易摩擦の激化、アルゼンチンやトルコでのマクロ経済的なストレス、ドイツ自動車産業の混乱、中国での与信政策の引き締め、金融環境のタイト化や主要先進国での金融政策正常化のいずれもが、特に2018年後半において顕著であったが、世界の経済成長が大幅に減速する一因となった。最新の「世界経済見通し(WEO)」は、世界経済の伸び悩みが2019年前半も続くと見込まれることを踏まえ、2019年に世界経済の70%を占める国々で成長率が落ち込むと予測している。2017年に約4%でピークを迎えた世界経済の成長は、2018年に3.6%とペースを緩めた。そして、2019年にはさらに3.3%まで鈍化すると予測されている。それでも世界経済の成長率が3.3%というのは妥当な数字だが、多くの国で見通しに課題が非常に多く、とりわけ先進国の成長率が勢いを欠く長期的な潜在成長率に収斂していくことを考えると、短期的に大きな不確実性をはらんでいる。

足場が不安定な中で始まった2019年だが、後半には成長の再加速が見込まれる。この成長率の回復は、主要国での大幅な緩和政策が下支えするものであり、またGDPギャップが縮小しているにもかかわらずインフレ圧力がないことで可能になるものである。世界的なリスクの高まりを受けて、米連邦準備制度理事会は利上げを一旦停止し、2018年中は利上げを行わないことを示唆している。欧州中央銀行、日本銀行、イングランド銀行はいずれもより緩和的な政策スタンスへと舵を切った。中国は財政政策と金融政策による景気刺激策を強化して貿易関税のマイナス効果に対抗している。くわえて、米中貿易摩擦については、貿易協定の可能性が具体化しつつあることから、見通しが改善している。

これらの政策対応は金融環境のタイト化の流れを逆転させる助けになってはいるものの、その成功度は国によって違いがある。新興市場国では資金流入が再開し、政府の資金調達コストが低下し、現地通貨が対ドルで値上がりしてきている。金融市場の状況は急速に改善しているものの、実体経済の改善はまだ実現していない。大半の先進国や新興市場国で工業生産や投資の指標となる数値は引き続き精彩に欠け、世界貿易の回復はいまだ見られない。

2019年後半に改善が期待されていることから、2020年の世界経済の成長率は3.6%まで回復すると予測される。この回復の予測はアルゼンチン経済やトルコ経済の立ち直りや、それ以外のストレス下にある新興市場国や発展途上国における経済状態の一部改善などを踏まえたものであるため、おおいに不確実性をはらんでいる。2020年以降、世界経済の成長率は約3.5%で安定するだろう。世界経済を活気づけると考えられるのは主に中国とインドの成長であり、また、両国の所得が世界の所得に占める割合の高まりである。先進国の経済成長は米国の財政刺激策の効果が薄れるとともに今後も徐々に減速を続け、高齢化傾向と生産性の伸び悩みを考慮すると先進国の成長率は勢いを欠く潜在成長率に回帰していくと考えられる。新興市場国や発展途上国の成長率は約5%で安定化すると予測されるが、一部の国では一次産品価格の低迷や内乱が見通しに影を落としているため、国によって成長率のばらつきが大きい。

全体的な見通しは引き続き概ね良好なものの、下振れリスクも数多くある。貿易政策をめぐる対立は、急速に再燃して自動車産業など他分野で緊張を生じさせグローバル・サプライチェーンに多大な混乱を引き起こしかねないため、予断を許さない停戦状態といったところだ。中国の経済成長が思いの外、下振れする可能性もあるし、英国のEU離脱に伴うリスクも相変わらず高いままである。イタリアなどに見られる国と銀行の「破滅のループ」のリスクを含め、いくつもの国々で民間部門と公的部門の多額債務に絡む金融面の脆弱性が高い中、リスクオフの動きや合意なきブレグジットなどが引き金となって金融環境が急変しかねない。

世界の主要地域で経済成長が低調となると予測される中で上記の下振れリスクが現実化した場合、見通しの劇的な悪化もあり得る。こうした事態が生じたとして、従来型の金融政策と財政政策によって政策対応を行う余地は限られているだろう。したがって、代償の大きな政策の誤りは何としても回避すべきである。政策当局者は力を合わせ、政策の不確実性が投資に水を差すことがないよう確実を期するべきだ。財政政策の面では、需要の下支えと持続可能な水準での公的債務維持との間の両立困難な関係を適切に管理する必要があるが、政策の最適な組み合わせは各国個別の状況による。金融部門政策では、マクロプルーデンス施策を活用して積極的に脆弱性に対処しなければならない。一次産品価格の見通しがさえないことを鑑みると、一次産品輸出国の低所得国は一次産品に頼らず歳入の多様化を図るべきだ。金融政策は引き続きデータに基づき周知徹底した上で実施し、期待インフレ率を必ず安定的に保っていくべきである。

世界中どの国にとっても、潜在成長率を引き上げ、包摂性を向上させ、強靭性を高める措置を講じていくことが急務である。社会的対話を通じてステークホルダーすべての声を反映させながら格差や政治に対する不満に対処していくことは、各国の経済にとっても有益なはずだ。貿易摩擦の解消、サイバーセキュリティ上のリスクや気候変動への対処、国際課税の有効性改善などについては、一層の多国間協力が必要とされている。

今回の「世界経済見通し」では、長期的な経済成長率を向上させるために対処すべき重要な3つの変化についても考察している。考察対象になった変化は第一に格差の拡大、第二が投資の不振、第三が貿易における保護主義の台頭である。第2章では、追加利益率(マークアップ)で測定される企業の市場支配力の変遷を調査し、これによって投資不振や、格差拡大を深刻化させる労働分配率の低下など、いくつかのマクロ経済現象を説明できるか検討した。その結果わかったのは、2000年以降の追加利益率全体の増加はさほど大きくなく、したがってマクロ経済への影響も比較的控え目なものだったということである。しかしながら、大きなばらつきが見られ、追加利益率全体の伸びは主に、生産性や技術革新の面で卓越している少数企業の追加利益率が大幅に増大したことで押し上げられたかたちとなっている。このため、企業の市場支配力全体の高まりは、現時点では、競争の乏しさよりはむしろ、追加利益率が無形資産投資に部分的に報いるという「勝者総取り」ならぬ「勝者大取り」とでも呼べる力学が働いて起きている現象に見える。しかし、今後こうした市場支配的な地位は、新規参入や競争を妨げたり、これはより重要な点だが、投資や技術革新の意欲をそいだりするような不当な優位性につながりかねない。したがって、市場参入障壁を減らし、競争法を新しい経済により適したものへと改革・強化していくことが肝要である。

3章では、貿易障壁解消に力を注ぐことの利点を浮き彫りにしている。資本財製造部門の生産性向上と貿易統合が進んだおかげで、機械設備の相対価格は過去30年、世界的に下がり続けている。機械設備の相対価格の低下に支えられて実物投資の比率が高まっており、発展途上国がこの恩恵を受けている。投資意欲がすでに弱まっている中、貿易摩擦激化はこの価格低下の流れを逆転させかねず、そうなれば貿易をめぐる対立を早期に解消する必要性はさらに増すばかりである。

今回の「世界経済見通し」の最終章では、二国間貿易関税と貿易不均衡の関係性を考察している。米中貿易摩擦により、二国間の貿易不均衡には二国間での貿易措置を用いて対処可能なのか、またそうすべきなのか、という問いに注目が集まっている。本章では、二国間貿易関税と貿易不均衡の間には確たる関係性はないということを示している。1990年代半ば以降の二国間貿易収支はその大部分が、国レベルで総貿易収支を左右することでも知られるマクロ経済的要因の影響を反映したもので、二国間関税との関係性はずっと薄かった。二国間貿易収支を槍玉にあげたところで貿易転換につながるに過ぎず、国レベルでの貿易収支への影響は限定される。本章で得られた知見は、関税措置を講じてもなお米国の貿易赤字が2008年以降で最大規模に膨れ上がっているのはなぜかを説明している。また本章は、1995年当時よりもグローバル・サプライチェーンが国際貿易に果たす役割が増している現在の方が、関税がGDPに与える悪影響がはるかに深刻であることも立証している。

2019年は世界経済にとってデリケートな局面となる。下振れリスクが現実化することなく、実施された政策支援が有効であったならば、世界経済の成長率は2020年に3.6%まで回復するだろう。しかし、仮に主要リスクのいずれかが現実のものとなれば、ストレス下にある国や、輸出に依存する国、多額債務を抱える国では、回復が実現しないかもしれない。そうなった場合、政策当局者は調整を迫られることになる。状況に応じて、世界各国が同時に、国内の事情に適した景気刺激策を実施するとともに、緩和的な金融政策をとる必要が出る可能性がある。財政刺激策は各国が同時に実施した方が効果が高い。シグナリング効果で消費者心理や企業景況感が改善し、輸入による漏れを軽減できるからだ。そして最後になるが、世界経済の安定化に資する有効な国際セーフティネットを維持するためには、国際機関の十分な資源確保が引き続き不可欠である。

 

国際通貨基金 経済顧問

ギータ・ゴピナート

戻る

要旨

景気拡大ペースの鈍化

世界の経済活動は2017年から2018年序盤にかけて力強く成長した後、主要国に悪影響を及ぼす各種要因が相まったことを受けて昨年後半に顕著な減速を見せた。中国では、シャドーバンキングの抑制に必要な規制強化と対米貿易摩擦の激化が重なったことで成長が落ち込んだ。ユーロ圏では予想以上に成長の勢いが失われた。この背景には、消費者心理と企業景況感の悪化や、新排出基準の導入により生じたドイツの自動車生産の混乱、ソブリン債スプレッドの拡大に伴うイタリアでの投資縮小、アジア新興市場国からの需要を中心とした外需の減少などがあった。他地域に目を向けると、日本では自然災害により経済活動が阻害された。貿易摩擦に伴い景況感がますます悪化したために金融市場の心理も冷え込み、影響を受けやすい新興市場国では2018年春に、先進国ではその後2018年後半になって金融環境がタイト化し、世界的に需要の足かせとなっている。米連邦準備制度理事会がより緩和的な金融政策の姿勢を示したことや、米中貿易協定に関して市場がより楽観的になったことを受けて、金融環境は2019年に入ってから緩和してきているものの昨年秋に比べるとやや逼迫した状態が続いている。

 

世界経済の成長は短期的にペースを緩めた後、わずかに勢いを増すと予測される

こうした動向の結果として、世界経済の成長率は2018年の3.6%から2019年には3.3%へと減速した後、2020年に3.6%へと回復すると予測される。2018年の成長率は下半期の低迷を反映して201810月の「世界経済見通し(WEO)」と比べ0.1%ポイント下方修正された。それ以降の成長率も2019年については0.4%ポイント、2020年については0.1%ポイントの下方修正がなされている。現時点の予測では、世界経済の成長率は2019年前半に横ばいとなり、その後、より堅調に推移すると想定される(図1)。2019年後半に予測される回復は、中国で景気刺激策が強化され続けていることや、最近世界的に金融市場心理が改善していること、ユーロ圏の成長の一時的な足かせが一部解消されつつあること、そしてアルゼンチンやトルコなどストレス下にある新興市場国経済が徐々に安定に向かっていることなどを踏まえたものである。新興市場国経済や発展途上国における経済成長の勢いは2020年にかけても改善を続けると予測されるが、これは主に現在マクロ経済の問題を抱えている国々での情勢変化を反映した予測であり、おおいに不確実性をはらんだものである。それとは対照的に、先進国の経済活動は米国の財政刺激策の効果が薄れるとともに徐々に減速し、先進国の成長率は勢いを欠く潜在成長率に回帰していくことが予測される。

2020年以降、世界経済の成長率は中期的に約3.6%で頭打ちになると見られるが、世界経済を下支えすることになるのは、中国やインドなどの相対的な経済規模の拡大である。中国の成長はいずれペースダウンすると考えられるものの、中国やインドでは成長の遅い先進国や新興市場国に比べて経済の堅調な伸びが予測される。以前の「世界経済見通し」でも何回か示したように、先進国では高齢化が進む中で労働生産性が伸び悩み労働力拡大のペースも遅いことが経済成長の足かせになると予測されている。

新興市場国や発展途上国の成長率については、地域や国によってばらつきはあるものの、全体では5%をわずかに下回るレベルで成長率が安定化すると予測される。アジアにおいては、新興市場国のベースライン見通しが引き続き良好で、中国の経済成長は持続可能なレベルに向かって徐々に減速していき、フロンティア経済国の所得がより高いレベルに向かって収斂していくと予測されている。アジア以外の地域については、構造的なボトルネック、先進国経済の伸び悩み、そして場合によっては多額の債務やよりタイトな金融環境なども組み合わさり、見通しは複雑化している。これらの要因は、一次産品価格の低迷や場合によっては内乱や内戦と並んで、中南米、中東、北アフリカ、パキスタンといった地域、また一部サブサハラアフリカ諸国の中期見通しの不振につながっている。特に、購買力平価基準では世界のGDP10%近くを占め、総人口はおよそ10億人にものぼる約41の新興市場国や発展途上国が他地域の経済発展に追いつく見通しは暗く、1人あたりの所得の面では今後5年間にわたり先進国との差がさらに拡大することが予測される。

 

下振れリスクが優勢

貿易摩擦が早期に解消されて企業景況感が回復し投資家心理がさらに改善すれば、世界経済が思いの外好調な成長を見せる可能性もあるものの、見通しに対するリスクは引き続き下振れリスクが優勢である。貿易摩擦がさらに激化し、それに伴って政策の不確実性が増せば、成長がさらに鈍化しかねない。市場心理が急激に悪化する可能性も残っている。市場心理が悪化すれば、よりリスクの低い資産を求めて資産の再配分が行われ、逃避先となる安全資産とリスク資産の金利差が拡大し、特に影響を受けやすい経済の国々では概してタイトな金融環境となることが考えられる。そうした事態を誘発しうる要因の例としては、英国の合意なきEU離脱がまず挙げられる。また、精彩を欠く経済データが続出して、世界経済成長減速の長期化が示されることも引き金となりうる。くわえて、とりわけ景気後退の深刻化と重なった場合にあてはまるが、イタリアでの財政不安の長期化や国債利回りの高止まりもタイト化につながりかねず、悪影響がユーロ圏の他の国々に波及しかねない。これら以外にも、米国の金融政策の姿勢を市場が急速に見直した場合も世界金融環境のタイト化を誘発しうる。中期的には、気候変動や、格差拡大を巡る政治的対立などが世界の潜在成長率を引き下げかねない主要リスクであり、脆弱性が高い一部の国々に与える影響は極めて大きくなるだろう。

 

政策の優先課題

世界の経済成長の勢いが振るわず、景気低迷に対処する政策余地が限られる中、経済活動を阻害しかねない政策の誤りを避けることを主たる優先課題とする必要がある。マクロ経済政策と金融政策は、成長率が潜在成長率を下回るような場合にはさらなる減速を阻止し、政策による支援を段階的に打ち切っていく必要がある場合にはソフトランディングを促進することを目指すべきである。そのために国レベルで必要となるのは、金融政策によって物価上昇率を中央銀行の目標に向けて順調に近づけ、目標に近づいている場合にはその水準で安定させ、期待インフレ率を安定的に保っていくことだ。財政政策としては、需要を支えることと公的債務を持続可能な水準に保つことのバランスをとる必要がある。財政再建の必要があり金融政策が制約される場合には、財政再建のペースを調整して、短期の成長を妨げることや弱者保護策を激減させることは回避しつつ、安定性を確保しなければならない。現在の景気低迷がベースライン予測で想定したよりも深刻で長期的なものとなったならば、GDPが潜在GDPを下回り続けていて金融安定性がリスクにさらされていない場合には特にそうだが、マクロ経済政策はより緩和的なものとすべきである。いずれの国においても、GDPの潜在成長率を高め、包摂性を向上させ、回復力を強化するための措置を講じることが不可欠だ。多国間レベルでは、成長が減速する世界経済をさらに不安定化させるような歪みを生じさせる障壁を引き上げることなく、協調的な姿勢で貿易を巡る意見の対立を解消することが主たる優先課題である。