より強固な社会契約を作り出すために 社会支出に対するIMFのアプローチ
2019年6月13日
皆さま、こんにちは。ここにそびえ立つパレ・デ・ナシオンは多国間主義の不朽の象徴でありますが、本日この素晴らしい場所で皆さまにお話しさせていただくことをたいへん光栄に存じます。極めて丁重にお迎え下さいましたガイ・ライダー国際労働機関(ILO)事務局長は私の友人でもありますが、ここで御礼の言葉を申し上げたいと思います。ライダー事務局長ご自身もまた、世界共通の利益を支える柱として、力強く活動なさっております。
そして、ILOの皆さまには創立100周年をお祝い申し上げます。ILOはこれまで100年にわたり、社会的連携と社会正義という崇高な目的のために尽くされてきました。
考えてみますと、ILOの創設と国際通貨基金(IMF)の創設には多くの共通点があります。
ILOは第一次世界大戦後に、恒久平和は社会正義の礎の上に確立されるとの前提のもとに創設されました。IMFは第二次大戦後に、恒久平和は国家間の経済的な協力の礎の上に確立されるとの前提のもとに創設されました。
ILOは、すべての人が確実にディーセント・ワークにつけるようにするために社会的パートナーを結集させています。ディーセント・ワークとは単に報酬を得るためのものではなく、意義や目的や尊厳の源でもあると認識しているためです。IMFは、金融安定性と持続可能かつ包摂的な経済成長を促進するために世界189か国を結集させています。それが真の意味での人類の繁栄の前提条件であるとの認識があるからです。
その文脈で言えば、私が本日取り上げる社会支出は、関連性がこの上なく高いテーマです。ILOとIMFの両機関にとって関連性が高く、また世界経済が直面する課題とも強く関連しています。
1. 社会支出 重要な政策手段
まずは私が使う用語を定義させてください。社会支出とは、社会保険と社会扶助だけでなく、保健医療や教育に対する公共支出も意味します。社会支出は保健医療と教育への支出を含みますので、社会的保護よりも幅広い概念です。とりわけ低所得国や発展途上国においては、保健医療と教育が極めて重要です。
こうした施策が市民の福祉や社会の結束にとって不可欠であることには疑問の余地がありません。公的年金は、お年寄りが貧困に陥ることなく尊厳ある暮らしを営めるようにする上でたいへん効果的です。医療は、命を救うだけでなく寿命を延ばし生活の質も向上させます。初等教育と中等教育は、子どもたちに自らの潜在能力を存分に発揮して社会に貢献する機会を与えます。
より本質的には、ILOとIMFにとって社会支出が各機関の使命を果たすために必要な社会契約の中心的な要素であると私は考えています。
これは新しい知見ではありません。平和を維持し友好的な社会関係を醸成していく上で市民に経済的な安心を提供することが重要であるという点は、古くは古代文明の時代にまで遡る教訓です。
これは、産業革命の時代に政治家たちが、新たな社会的課題や政治的課題に異なるかたちの社会的保護で対応していく中で得た教訓でもありました。ドイツのビスマルクの改革が例として挙げられるでしょう。
またこれは、1930年代の暗い時代を経て得られた教訓でもありました。経済史家のバリー・アイケングリーンは「1930年代にドイツと英国は政治的に大きく異なる道を辿ったが、少なくともその一因は失業の大打撃を受けた際に、英国の失業保険制度がよりしっかりと機能したためだ」と説得力ある主張を展開しています。
そして、これは第二次大戦後の時代に得られた教訓でもありました。この「栄光の30年間」に先進国で見られた社会全体にいきわたる力強い成長は、幅広い人々が参加し社会的にも政治的にも広く支持された同時期の社会契約が下支えしていたのです。
こうした点からわかるのは、経済の強靭性を高め成長を持続可能なものとするためには、その成長から誰もが恩恵を得られなければならないということです。そのためには、社会支出が必要になります。そして、社会支出によって、経済成長を支える政策に対する社会的支持、政治的支持がもたらされ、この過程で信頼が構築されていくのです。
要するに、社会支出が重要なのです。新たな課題に次々と直面する今、社会支出が重要なのです。退職者が増える一方で労働者が減少しています。テクノロジーが仕事や賃金に影響を及ぼしています。格差が拡大し、公平性を高めるよう声が上がっています。女性が経済活動に参画し、潜在能力を存分に発揮するのを阻む障壁があります。人類の存続を気候変動が脅かしています。信頼が失われている一方で、不満が高まっています。そして、国際協調に背を向ける動きが出ています。
このような複雑な課題に対しては、単純な政策対応などありません。とはいえ、そうした対応策の中で社会支出が唯一の手段でなくとも最重要手段のひとつである点には間違いがないのです。ですから、多くの国で所得再分配政策を支持する世論が高まっていることが調査結果に表れているのは驚くにあたりません。
したがって、社会支出がマクロ経済政策の議論の中心に据えられて然るべきなのです。
2. 社会支出に関する IMF の戦略
こうした点を踏まえ、社会支出の課題に取り組む上でのIMFの新戦略についてお伝えしたいと思います。この戦略は本日発表されるものです。
社会支出の問題は、過去10年間にIMF加盟国の間で重要性が増しており、IMFは包摂的な経済成長と社会支出に関する取り組みを大幅に強化しています。
例えば、大きな格差が持続的な成長を損なうとIMFの分析は示しています。また、医療や教育への公共投資が生産性や成長を加速させ、機会や所得の格差を縮小させることも研究からわかっています。同様に、高所得層から低所得層への再分配を行う社会支出プログラムによって貧困や格差を減らすことができます。また、この結果、経済ショックに対する低所得世帯の打たれ強さも高めうるのです。例えば、人口動態、テクノロジー、気候などによる経済ショックがありますが、こうしたショックは今後、頻度も破壊力も増すと見込まれています。
国レベルでは、IMFの活動を現場で主導するミッションチーフの5人に4人が担当国にとって社会支出が「マクロ経済的に極めて重要である」と捉えています。これは非常に重要な点です。なぜなら、どの構造的課題についてもIMFによる関与が始まる典型的な要因がマクロ経済的な重要性であるからです。そして、ミッションチーフの約半数が社会政治的な安定や人的投資にとって社会支出が必要不可欠だと考えています。
これらの理由すべてから、IMFは国レベルでの社会支出に関する取り組みを強化しています。例を挙げると、ガーナが中等教育の普遍化という目標を達成できるよう、同国が財政余地を生み出して公教育への支出を増やすための支援を提供しました。また、日本が高齢化社会で大いに必要とされる年金改革の選択肢を編み出すための支援も行いました。キプロスでは、IMFは政府を支援して、新規の最低限所得保障制度の導入を含め、重大な危機の際の社会的セーフティネット強化を図りました。同様に、ジャマイカでは歳出削減時の社会扶助施策の拡大を支援しました。
IMFの全プログラムにおいて、貧しく脆弱な立場の人々を保護することは現在、非常に重要な目標となっていますし、今後もこの点に変わりはないでしょう。
同時にIMFは、各国が国内で歳入を増加させるための技術支援を実施していますが、この分野における支援は2010年から2018年にかけてほぼ倍増しました。また、「持続可能な開発目標(SDGs)」の中でもとりわけ重要な保健医療、教育、優先インフラの目標を達成するために必要な追加支出を試算したところ、2030年には低所得途上国の平均でGDPの15%ポイント分の追加支出が必要となるとわかりました。
これを考えれば、社会支出は単なる経費ではなく、むしろ各国社会の福祉にとって最も賢明な投資であることは明らかです。教育や保健の利用機会拡大は、人口全体の幅広い生産性改善に繋がり、誰もが繁栄できるようになります。この先、さらに力強い世界経済の利益を享受するためには、今、社会的施策の強化を始めなくてはならないのです。
とはいえ、私たちはパングロスのような楽天家の役を務めるわけにはいきません。現実の世界では、善意を尽くそうとしても厳しい予算の壁にぶつかります。
では、どのように進んでいけば良いのでしょうか。「十分な社会支出が必要であるが、支出が効率的に行われ、資金確保が持続可能なかたちで進められるべきである」という前提から始めなくてはなりません。支出の十分性と、支出の効率性と、財政の持続可能性。これらが、IMFが社会支出の「マクロ経済的な重要性」を評価する際に用いていく基準です。
この新戦略によって、社会支出課題に対するIMFの取り組みをより効果的なものにし、政策提言の質と一貫性を高められると考えています。この新戦略は、IMFが長年実施してきた社会支出課題への取り組みから得られたベストプラクティスを集め、IMFの取り組みにこうしたベストプラクティスを一貫性あるかたちで適用するために、明確なロードマップを提示します。
今後1年半にわたり、強化したツールやデータベース、進行中の分析作業、また、年金、社会扶助、教育、保健などの諸問題に関するバックグラウンド・ペーパーなどに裏付けられたより具体的なガイダンスを職員に供与して、この戦略を具体化していきます。
この戦略によってIMFの取り組みはさらに一貫性が高く、願わくはより効果的なものになっていき、また各加盟国特有の選好や事情にいっそう適合したものになっていくはずです。
3. 成功のための連携
しかし、より良い実践のためには、仲間の助けが必要です。それが本日私がお話ししたい最後のポイントに繋がっていきます。IMFの戦略の大切な柱である「成功のための連携」の必要性です。
これは、国際機関も、学界も、各国当局も、市民社会も、民間部門も、誰もが一緒に協力することを意味します。それゆえに、IMFは本戦略の策定にあたって広範にわたる協議の過程を踏んだのですが、その努力は戦略策定に大いに役立ったと思います。この点でご協力いただいたILOには篤く御礼申し上げます。
この経験から明らかになったのは、IMFとILOのような諸機関との緊密な連携が非常に有益だということです。ILOは社会支出に関する専門知識を豊富に持ち合わせており、こうした知見はIMFのチームにとって貴重です。そして、IMFは安定や成長をめぐる一連の経済政策論議の中で、社会支出課題の認知度を向上させることで貢献ができます。
私たちはまた、その他のステークホルダーとの密接な協働からも利益を得られるはずです。市民社会、学界、シンクタンク、労働組合はいずれも、社会支出に関して独自の視点を与えてくれます。そうした視点はIMFの見識を深めてくれますし、私たちが集団思考に陥りそうになるのを防ぎ、各国特有の事情をより的確に理解する助けとなってくれます。
貧困を削減し、包摂性を高め、脆弱な世帯を保護するための社会支出施策を設計するにあたっては、万能な策は当然ながらありません。各国はそれぞれ選好が異なり、異なる課題に直面し、異なる長期的目標を持っています。しかし私たちは連携することで適切な質問をできるようになり、上手くいけば正しい答えを導き出すことができるのです。
結局のところ、私たちには貧しく脆弱な立場の人々、経済的な不安や健康上の問題を抱える人々、女性や少女を含め機会に恵まれず取り残されている人々、そして、将来の世代に対して責任を負っているのです。各国が2030年までに持続可能な開発目標を達成できるよう支援していく義務があるのです。
ILOの良き友であり支援者であった米国大統領フランクリン・ルーズベルトはかつて賢明にも言いました。「我々の進歩で問われるのは、持てる者の富をさらに増やせるかどうかではなく、持たざる者に十分に与えられるかどうかなのである」
これは倫理的に正しいだけでなく、経済的にも健全なことです。ですから、私たち皆で力を合わせて、賢明かつ思いやりにあふれる社会支出政策を編み出していきましょう。
ご清聴、ありがとうございました。
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