多くの国は、安全保障の懸念を抱えるなかで、生産性と長期的成長の再活発化を期待しながら、特定の部門のイノベーションを推進するための産業政策を強化している。大規模なイニシアティブが世界各地で講じられており、その例として、国内研究と半導体製造業に資金を提供する米国の「CHIPSおよび科学法」、欧州の気候中立(温室効果ガスの正味排出ゼロ)への移行を支援する欧州連合の「グリーンディール産業計画」、日本の「経済産業政策の新機軸」や韓国の「K-CHIPS法」、そして中国などの新興市場国における長期政策が挙げられる。
政府が個別のセクターを支援する産業政策は、適切に実施されればイノベーションを推進できる。しかし、適切なバランス取りは配慮すべき極めて重要な問題であり、過去を見ると、政策の過ち、高い財政コスト、他国への負の波及効果に関する教訓には枚挙に暇がない。
IMFが2024年4月の「財政モニター」の第2章で示しているように、産業政策に走って特定のセクターや技術のイノベーションを支援する最近の動きが特効薬になることはない。その代わりに、応用イノベーションの基盤を作る基礎研究に重点を置き、イノベーションと技術を広く普及させる優れた設計の財政政策を講じれば、各国の成長拡大につながり、よりグリーンでデジタルな経済への移行を加速させることができる。
IMFは、どのようにイノベーションの財政支援の対象を特定のセクターに絞るべきなのかを評価した。この評価によれば、こうした政策の推進は、以下の厳格な条件がそろっている場合にのみ、生産性上昇と厚生改善をもたらす。
- 支援対象のセクターが、炭素排出量の削減や、他セクターへの知識のスピルオーバー効果など、目に見える社会的利益を生み出すこと。
- 政策が外国企業を差別待遇しないこと。
- こうした政策を管理・実施する強固な能力が政府に備わっていること。
ほとんどの産業政策は高コストの補助金や減税措置に深く依存しており、対象を効果的に絞らなければ、生産性と厚生に悪影響を与える恐れがある。これは、例えば政治的なつながりをもつセクターなど誤った方向に補助金を振り向けている場合などに多く見られる。加えて、外国企業への差別は自滅行為になることもある。なぜならば、こうした政策は手痛い報復を招きかねないからだ。ほとんどの国は、主要先進国でさえも、他国で生まれたイノベーションに依存しているのである。
産業政策が正当化される場合もありうる。例えば、強力な知識スピルオーバー効果を国内経済に生み出すセクター(半導体産業など)の支援政策が該当する。別の使用事例としてはグリーンイノベーションの推進が挙げられる。排出量ネットゼロを達成するには、まだ存在していない技術が必要になる。ただし、グリーンイノベーションの補助金は透明性を確保すべきであり、環境目標に焦点を定めたうえで、財政コストを最小限に抑えるために強固なカーボンプライシングで補完しなければならない。
より一般的に言えば、産業政策を展開する政府は、技術的能力に投資し、環境の変化に応じて支援を修正し、開かれた競争市場に従って行動すべきである。政策設計に当たっては、無駄な支出を避けながら、世界貿易のさらなる分断化につながりかねない保護貿易措置の回避を視野に入れる必要がある。
イノベーション推進型のポリシーミックス
技術先進国は、イノベーションを広く支援するポリシーミックスを選択するとよいだろう。応用範囲の広い基礎研究が資金不足に陥りがちであることがその主な理由である。
イノベーションと成長を後押しする費用対効果の優れた手段のひとつは、基礎研究の公的資金、革新的なスタートアップ企業への研究開発補助金、そして企業間の応用イノベーションを促す税制インセンティブを合わせた相互補完的なポリシーミックスを実施することである。IMFの試算によると、平均的な先進国では、こうした政策への支出をGDPの0.5%ポイント、すなわちOECD加盟国の現水準の約50%増やすことによって、GDPを最大2%押し上げる可能性がある。この水準でイノベーションに支出すれば、長期的に債務対GDP比さえも減るかもしれない。
しかし肝心なのは設計である。例えば、補助金はイノベーションのライフサイクルの初期段階を対象にする場合に最も効果を発揮する。また、税制インセンティブは、容易に活用できなければ、既存の大企業しか恩恵を受けられないだろう。
イノベーションの支援は長期的に利益をもたらすが、財政余地が限られている国は、短期的に、他の支出について優先順位を見直したり、歳入を増やしたりする必要があるかもしれない。
技術水準が高くない国では優先事項が異なる。政府は、他の国で開発された技術の普及を促進する政策を講じる方が、生産性の恩恵を多く受けられるだろう。ただし、技術の流入から十分に利益を享受するためには、人的資本と戦略的なインフラに投資すべきだ。
どの国であっても、グリーンおよびデジタル改革を加速して繁栄した未来を実現するためには、緊密な国際協調と大規模な知識交換が不可欠である。内向きな政策は世界の革新的な潜在能力を損ない、技術を最も必要とする国々を中心に技術の普及を遅らせてしまうだろう。
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本ブログ記事は、「2024年4月 財政モニター」の第2章に基づく。同章は、レイカ・ユハスとネイサン・レイン、エミリー・オエルセン、ベロニカ・C・ペレによるThe Who, What, When, and How of Industrial Policy: A Text-Based Approach、フェデリコ・J・ディエスとジャユエ・ファン、カロリナ・ヴィイェガス=サンチェズによるGlobal declining competition? アーネスト・リュゥとソン・マアによるInnovation Networks and R&D Allocationなどの研究を取り入れている。