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アジアにおける景気回復軌道の分岐 軌道修正は可能

ジョナサン・D・オストリー   ダビデ・フルチェリ   アンソニー・CK・タン

アジア諸国の経済は予想よりも堅調に推移している。IMFの最新の「世界経済見通し(WEO)改訂見通し」では、アジア地域の昨年2020年の成長率について、同年10月時点に出した前回予測から0.7%ポイント上方修正してマイナス1.5%と推定している。これは、世界の他の地域を上回る結果となっているが、その要因としては主に、域内の先進国に加えて中国やインド、マレーシア、タイといった主要新興市場国で経済が予想以上に好調であったことが挙げられる。

4四半期の成長率実績値と、工業生産や貿易、小売業に関する高頻度経済指標からは、景気回復の加速が見て取れる。成長率は2021年に7.3%2022年に5.3%と予測されている。ただし、それが実現したとしても、コロナ禍に伴うGDPの損失はなお甚大なものとなる。 

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地域全体の数字からは、失われたGDPに関して域内で大きな差がある点が見えてこない。中国・台湾や日本では損失がゼロに近いのに対して、フィリピンでは20%ポイントを上回り、東ティモールでは30%ポイントに達する。こうした格差は、太平洋島嶼国やその他の低所得国の場合にとりわけ深刻なものとなっており、そうした国々では人々の命や生活が追加的な国際支援に依存することになる。

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格差の理由

パンデミックが発生した2020年、景気回復が進む2021年、そして集団免疫の獲得が期待される2022年の累積GDP成長率について、IMFによるパンデミック前(201910月)の見通しと現在の予測を比較すると、格差は明白である。私たちの最近の研究や各国の経験を通じて、こうした大きな格差を説明する4つの主な理由が特定されている。

感染拡大防止措置の有効性や新型コロナの人的犠牲といった保健要因。オーストラリアやベトナムで見られたように、厳格な感染拡大防止措置を早期に実施したことが、パンデミック曲線を平坦化する上で非常に重要であり、医療体制崩壊の防止と死亡者数の抑制を可能にし、回復の地盤を築くことになった。同時に、中国や韓国などで見られたように、感染拡大が落ち着き強力な検査・追跡体制が確立するまで感染拡大防止措置を解除しなかったことは、信頼感を押し上げ、より強力な景気回復とより良い公衆衛生上の成果への道を開く上で鍵となった。

政策支援の規模と有効性。日本やニュージーランドが顕著な例であるが、金融政策・財政政策による大規模な支援が感染拡大防止措置の経済的影響を軽減し、経済活動再開を円滑化する上で有益であった。最も脆弱な世帯に対象を絞った財政措置(韓国における消費クーポンや、オーストラリアにおける臨時労働者を対象とする現金給付など)も、影響を受けた労働者がロックダウン中に自宅待機を余儀なくされる中で所得を支援するのに役立ち、感染者数を抑制し、中期的に成長を高めるための地固めにつながった。

観光業や対人接触の多いサービス業への依存をはじめとする各国の経済構造。感染拡大防止措置はあらゆる部門に打撃を与えたが、中でも観光業が最も影響を受けている。観光業の雇用構成を踏まえると、インフォーマル労働者や移民労働者、とりわけ女性や若者が、雇用機会の減少と社会的セーフティネットへのアクセスの欠如によって不釣り合いに大きく苦しめられている。こうした影響は、太平洋島嶼国の他、カンボジアやフィリピン、タイといった観光依存度が高い国で特に大きくなっている。

インフォーマル性などその他の構造的要因によって、ロックダウンの経済的コストが高まり、回復が圧迫されている。フィリピンでは、経済活動のマニラ首都圏への高度集中、交通インフラの脆弱さ、医療部門の能力の低さ、貧困、インフォーマル経済の割合の大きさがすべて重なって、感染拡大防止措置を実施したり、最貧困層に対象を絞った支援を提供したりすることが著しく困難となっている。

今後進むべき道

昨年の結果に各国間で差が生じたのはすでに起こった事実だが、これは宿命ではない。今後は、政策上の4つの優先事項がより良い未来を形作る助けとなるだろう。

  • あらゆる場所でパンデミックに終止符を打つべくワクチンを広く行き渡らせる。有効な治療法の迅速な供給と利用可能性が、消費や投資、雇用の回復を強化し、企業が需要増大を見込んで採用を行い生産能力を拡充するようになる上で鍵となる。この点に関しては、発展途上国を資金やロジスティクス、行政の面で支援することが、景気回復軌道の分岐に対処し、発展途上国と先進国の格差を縮小させる上で非常に重要である。
  • 悪影響を受けた労働者や企業を支援する政策は、景気回復が確固たるものとなり、民間国内需要の自立的な回復の兆候が現れるまで継続する必要がある。高水準の不確実性が見られる中では、債務の持続可能性や金融セクターのリスクに引き続き注意しつつ、支援策の終了を遅らせることが求められる。
  • 経済の転換。感染拡大防止措置の緩和に応じて、民間部門の需要を喚起する政策の有効性が高まり、広範囲の業界支援に取って代わることが可能となる。パンデミックの制御が可能となった暁には、より環境にやさしく、より包摂的かつ強靭で、デジタルな経済の構築を中核に据える必要がある。労働力の再配置を促すには、最も脆弱な人々を保護するためのセーフティネットと合わせて、就職カウンセリングや再訓練といった「トランポリン政策」を活用すべきである。
  • 国際社会による資金支援が、富裕国と貧困国の間で拡大しつつある格差を逆転させるために切実に必要とされている。太平洋島嶼国を含む低所得国の多くは、今般の危機によって特に大きな打撃を受けており、対応のための政策余地が限られていることから、当面の間資金援助を必要とすることになる。G20の共通枠組みを通じた国際協力は、各国が持続不可能な債務を再編し成長する道を開く上で助けとなりうる。

アジア太平洋地域は、他地域に先駆けて危機を迎えた。そして、域内の多くの国が危機からの復興も最初に迎えつつある。実際に、いくつかのアジア諸国はコロナ禍に対して非常に効果的な対応を行ったと評価されている。しかしながら、GDP損失の規模は依然として未曾有のものであり、女性や若者の労働参加率の低下と雇用見通しの悪化は深刻な爪痕が残る可能性が引き続き高いことを示唆している。こうしたことはすべて、この先も政策のリーダーシップが決定的に重要な意味を持つことを示している。

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ジョナサン・D・オストリーIMFアジア太平洋局局長代理。経済政策研究センター(CEPR)のリサーチフェローを務めている。最近では職員チームを主導して、世界システム全体に影響を及ぼしかねないマクロ金融リスクに関するIMFと金融安定理事会(FSB)の早期警戒演習と、先進国と新興市場国についての脆弱性演習を行う責任を担った。この他にも、IMFの為替相場問題協議グループ(CGER)、対外バランス評価(EBA)を含む多国間為替相場サーベイランスや、国際金融アーキテクチャーとIMF融資制度改革、資本収支管理(資本規制、資本流入を管理するためのプルーデンス制度)、金融のグローバル化の諸問題、財政の持続可能性、所得格差と経済成長の関係についての業務も担当している。以前には、IMFによる多国間サーベイランスの旗艦報告書である「世界経済見通し」を作成する課の責任者や、オーストラリア、日本、ニュージーランド、シンガポール担当グループの責任者を歴任。国際マクロ政策の諸問題に関する書籍の著者であり、学術誌の記事を数多く執筆している。近著に『Taming the Tide of Capital Flows (MIT Press, 2017)』と『Confronting Inequality (Columbia University Press, 2018)』がある。BBC、エコノミスト、ファイナンシャル・タイムズ、ウォール・ストリート・ジャーナル、ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、ビジネス・ウィーク、ナショナル・パブリック・ラジオといったメディア(新聞・雑誌、オンライン)に研究が引用されてきた。格差と持続不可能な成長についての研究がバラク・オバマ大統領の発言にも引用された。18歳の時にカナダのクイーンズ大学の学士号を優等で取得した後、オックスフォード大学ベリオールカレッジで学士号と修士号を得ている。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(修士号、1984年)、シカゴ大学(博士号、1988年)の大学院でも学んだ。2003年の「Who’s Who in Economics」に掲載された。

ダビデ・フルチェリIMFアジア太平洋局地域研究課の課長補佐。現職の前には調査局と中東中央アジア局に勤務した。IMFに勤務する前は、欧州中央銀行(ECB)財政政策局や経済協力開発機構(OECD)経済局マクロ経済分析課でエコノミストを務めた。マクロ経済や公共財政、国際マクロ経済、構造改革の分野の様々なトピックについて主要な学術誌や政策専門誌に幅広く執筆。エコノミスト、ファイナンシャル・タイムズ、ウォール・ストリート・ジャーナル、ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、ビジネス・ウィークといったメディア(新聞・雑誌、オンライン)に研究が引用されてきた。イリノイ大学で経済学博士号を取得。

アンソニー・CK・タンは、ASEAN+3マクロ経済リサーチオフィス(AMRO)からの出向で、IMFアジア太平洋局地域研究課のシニアエコノミストを務めている。マクロ経済学、政策分析、国際協力の分野で様々な経験を持つ。IMFでの勤務前には、新興市場国を中心にAMRO加盟国の地域サーベイランスを担当していた。以前には、マレーシア国立銀行経済局に勤務し、国内マクロ経済と対外部門のサーベイランスを担っていた。マラヤ大学の修士号を優秀な成績で修了。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの優等学士号。これまでにマレーシア国立銀行、一橋大学(「Hitotsubashi Journal of Economics」)、東南アジア中央銀行グループ、AMROIMFを通じて研究を発表してきた。