IMF世界経済見通し
世界経済見通し 2017年10月
2017年10月
序文
2016年半ばに始まった世界経済の循環的上昇局面は力強さを増している。わずか一年半前、世界経済は成長が足踏みし、金融市場の混乱に直面していた。しかし現在状況は大きく変化し、欧州や日本、中国や米国で成長が加速している。世界全体として金融環境は依然軽快で、米連邦準備制度理事会が金融正常化を進展させ、欧州中央銀行もその方向に一歩前進し始めたものの、金融市場が今後混乱するという兆候は見られない。
これらの好ましい展開は、経済へのより強い信頼感への正当な根拠となるが、政策担当者も市場も自己満足に陥るべきではない。仔細に観察すると、グローバルな景気回復には持続不能な可能性が示唆されている。すべての国が回復しているわけではなく、インフレ率は賃金の伸びの低さからしばしば目標を下回り、中期的成長見通しは世界の多くの地域で依然失望させるものになっている。また、今回の回復は深刻なリスクに対しても脆弱である。こうしたリスクを無視する金融市場は攪乱的な価格変動を起こしやすく、政策担当者に誤ったメッセージを発している。これは転じて、政策担当者がより長期的なビジョンを維持し、現局面を経済の耐性と生産性、及び投資を高めるのに必要な構造及び財政の改革を実行する機会ととらえる必要がある。担当者らがそうしないこと―これまで危機が来るまで政府が断固とした行動を起こさない例があまりに頻繁だった―が、それ自体今後の見通しに対するリスクの源泉となり、より包摂的で持続可能な成長への障害にもなっている。最近の経済の改善は世界的に改革の機会を提供しており、政策担当者がこれを無駄にしてはならない。
現在の回復はいくつかの重要な面で不完全となっている。その不完全さは各国の国内的、国際的、そして時間的な面で生じている。
国内的な不完全 先進諸国・地域では全体的に負の需給ギャップが解消したものの、過去の景気回復に比べると、名目及び実質の賃金の伸びは弱い。賃金の伸びの低さは驚くほど低いインフレ率の一因であり、低いインフレ自体が懸念の一つとなっている。というのもそれは名目金利を低いままに抑え、中央銀行がそれ以上利下げのできない金利下限の発生確率を高めるためである。世界経済見通しの第2章は最近の驚くほど低い賃金の伸びを検証している。それは賃金の中央値が停滞し、所得格差が増大し、職業が二極化する傾向を長期化させるため、中間的技能ながら高給が得られる職業が一層少なくなっている。こうした現象は世界経済への脅威の一つである反グローバライゼーションへの人々の支持を大いに高めているが、実際の所得格差の拡大には技術進歩と政策の方が大きな役割を果たしており、オートメーションの加速に対する恐れが、現在の不安の原因となっている。新興市場諸国・地域も貿易自由化と技術変化の面で似たようなプレッシャーに直面しているものの、経済成長が多くの場合すべての所得階層への分配を増やしており、貿易の労働市場への影響に対する見方は概ね楽観的となっている。
国際的不完全 現在の上昇局面はこの十年で最も広がりを見せている。購買力平価のGDPを見ると全世界の約75%で増加しており、その加速も共有されている。しかし、それはグラスの25%は空であることを意味し、世界経済成長への足かせとなり、不安定さを起こす政治的ショックの潜在的な源となっていることを示唆している。新興市場及び低所得の一次産品輸出国、中でも特にエネルギー輸出国では依然苦しい状況が続く一方、大半は中東、北及びサハラ以南アフリカ、そしてラテンアメリカの地域であるが複数の国で、社会・政情不安が起きている。そしてこれらの国々の多くが、気候変動のマイナスの影響に最もさらされている。そしてこれらの影響は、熱波や豪雨などが一部の地域で従来よりも頻繁に起こるという形で実感されている。第3章は気候変動の経済的コストと低所得国でのその対策投資の必要性に焦点をあてている。しかし、先進諸国・地域も将来の気候変動の展開から影響を受けずにはいられない。米国沿岸部など一部の先進地域では直接的な影響を受ける一方、より貧しい国々からの大量難民や地政学上の不安定性の波及が考えられる。
時間的不完全 最近の経済成長の好ましい展開の裏側で、多くの国々のより長期的な1人当たり所得の伸びは、過去のトレンド成長率を下回っている。特に大半の先進諸国・地域では、中期的成長率が2007-09年の世界金融危機以前の10年間と比べると大幅に下回っている。この減速の理由は国により異なっている。一部の国、とりわけ中国では長期的成長の減速は経済のリバランス(再調整)と収斂の自然な結果である。中国のこれまでの急速な製造業の発達から恩恵を受けていた一次産品を輸出する新興市場国にとって、輸出価格の恒常的下落は、新たな成長モデルの必要性を示している。先進諸国・地域にとっては生産性の伸びの鈍化見通しと労働力の高齢化が大きな影響を及ぼしている。一人当たりGDPのトレンド成長率の鈍化は複数の理由から問題となっている。まず、貧困層が生活水準を上げるのを難しくすることだ。次に経済変化の中で資源の再配分の痛みを大きくする。さらに生産性を上昇させるための設備投資を抑制する。また、公的資金によって賄われる社会セーフティネットの持続可能性を弱める。そして、将来への希望と経済の結果的公平性を損なうことにより、政治的怨恨を醸成することになる。こうしたことは転じて、基本シナリオの経済予測を狂わせる可能性を持つ。
これまで指摘した今回の景気回復のギャップは政策担当者の対応を要請しており、それは時宜を得ている現時点、つまり直ちに取られなければならない。国によって必要な構造改革は異なるものの、すべての国が潜在的生産性とともに経済的耐性を強化する諸策を取る大きな余地を残している。需給ギャップが解消した一部の国では、漸進的な財政調整、公的債務レベルの引き下げ、そして次の景気後退時に使えるバッファーを作ることを考える時期が来た。こうした措置は海外に悪影響を及ぼす可能性があり、それについては第4章で検討している。しかし、より大きな財政余地のある諸国は、世界需要の減少を相殺できる可能性がある。たとえば、大いに必要とされる生産インフラの投資や、構造改革を支援する財政支出だ。こうした世界的財政支出パッケージは行き過ぎたグローバル・インバランスの縮小の一助ともなり得る。
包摂的かつ持続可能な成長に欠かせぬ重要なことは、人に対するすべてのライフステージでの投資、とは言っても特に若年時の投資である。より良い教育と研修、そして再研修はすべて、貿易だけでなくすべての事象から生じる長期的な経済変化への労働市場の調整をしやすくする可能性がある。短期的には、多くの国が苦しむ若年層の過度の失業は、緊急な対応を必要とする。人的資本への投資は、ここ数十年の幅広いトレンドに反し労働者への賃金分配を引き上げるはずだ。しかし、政府も労働者の賃金交渉力を過度に低下させた歪みの是正を検討すべきだ。総じていえば、政策は実質賃金を持続的に伸ばすことが可能になるような環境を推進しなければならない。
多様な世界の課題には多国間の対応が必要となる。双方に恩恵をもたらす協力のうちの優先事項は、世界貿易システムの強化、金融規制の一層の改善、世界的金融セーフティネットの強化、国際的租税回避の縮減、飢饉と疫病対策、より回復不能なダメージが起こる前の温室効果ガス効果の軽減、そして温室効果ガスを大量排出していない貧困国の気候変動対策への支援などが含まれる。もし現上昇局面の強さが国内改革に理想的な状況ならば、その広がりは多国間の協力を時宜を得たものにする。政策担当者はチャンスの窓が閉まらないうちに手を打つ必要がある。
モーリス・オブストフェルド, 国際通貨基金調査局局長
要旨
経済活動の世界的上昇は強まっている。世界経済の成長率は2016年は世界金融危機以来最低の3.2%だったが、2017年は3.6%、2018年は3.7%へ上昇すると予想される。2017年、2018年の予想数値は、両年とも2017年4月の世界経済見通し(WEO)の予測より0.1%ポイント上回っている。ユーロ圏、日本、新興市場アジア諸国、新興市場欧州諸国、そして2017年の上半期の成長率が予想を上回ったロシアなどでの幅広い予想の上方修正が、米国と英国の下方修正を相殺して余りあった結果だ。
しかし、回復は完全ではない。基本シナリオの見通しは改善しているものの、多くの国で成長は弱いままで、先進諸国・地域の大半でインフレ率が目標を下回っている。一次産品、特に原油の輸出国では、海外収益の急激な減少への調整が続き、特に激しい打撃を受けている。そして短期リスクは概ねバランスしているものの、中期リスクは依然下方に傾いている。このため歓迎される世界経済活動の循環的上昇は、鍵となる政策課題を克服するのに理想的な機会を提供している。その課題とは潜在的生産性を引き上げる一方で、その恩恵が幅広く共有され、下方リスクへの耐性を構築することだ。統合された世界経済の共通の試練に対処するためには、改めて多国間協力も必要となる。
2016年の下半期に始まった世界経済活動の上昇は、2017年の上半期にさらに勢いを増した。新興市場及び発展途上諸国・地域では今年から来年にかけて成長が高まると予想される。これは穏やかな世界金融環境と先進諸国・地域の景気回復などの外部環境の改善に後押しされたものだ。中国と一部の新興市場アジア諸国の成長は力強さを保ち、ラテンアメリカ、独立国家共同体、サハラ以南アフリカが依然直面する困難な状況は一部改善の兆しを見せている。先進諸国・地域では、2017年の成長加速が注目されるが、米国やカナダ、ユーロ圏や日本で経済活動が活発化するなどその基盤は広い。しかし、中期的な成長展望はより抑制されたものだ。循環的改善の余地を狭める需給ギャップが縮小し、人口動態要因と生産性の鈍化が潜在成長力への重しとなるためだ。
2017年4月のWEOと比較した総合、成長予想の変化は概ねプラスとなっているものの、小幅なもので、特定の国グループと個別国にとってはある程度意味のある変化となっている。
金融市場のセンチメントは概ね強く、先進諸国・地域、新興市場諸国・地域共にその株式市場では株価上昇が継続している。
金融政策の正常化のペースについて3月に比べると現在はよりゆっくりとなるとの期待を踏まえ、米国の長期金利はそれ以来25ベーシスポイント下落、ドルも実質実効ベースで5%超下落し、それに見合うだけユーロは上昇した。一次産品価格については、今後世界的な需要がより旺盛になるとの予想にもかかわらず低いままで、原油は予想を上回る供給を反映した価格となっている。
今春以後、消費者物価指数は軟化した。2016年の原油価格の回復による物価押し上げ効果が剥落し、ここ数カ月の原油価格の低下が物価下落圧力をかけているためだ。先進諸国・地域では国内需要のより力強い伸びにもかかわらず、コアインフレ率は概ね抑制された状態が続いている。これは依然鈍い賃金の伸びを反映している(第2章)。インフレ率は中央銀行が設定した目標に向けた上昇が、徐々にしか進まないであろう。新興市場及び発展途上諸国・地域においては、先の自国通貨のドルに対する下落の転嫁効果が弱まったことと、一部の国では最近ドルに対して上昇したことが、コアインフレ率を和らげる一助となった。
短期的リスクは概ねバランスしている。ポジティブな側面としては、消費者と企業の心理の強まりと穏やかな金融環境に支えられて回復がさらに勢いを増す可能性がある。しかしそれと同時に、政策の不確実性と地政学的緊張が高まる中で、基本シナリオの予測では避けられると推定している政策の誤りがあれば、市場の信頼感を損ない、金融環境が引き締まり、資産価格の下落を引き起こす事態もあり得る。
中期的な成長へのリスクは、依然下方に傾いている。複数の潜在的危険要因によるもので、それらは次のようなものだ。
これらのリスクは深く連関しており、相互に強め合う場合がある。例えば、政策の内向き化は地政学的緊張や世界的リスク回避志向の高まりが原因となり得る。非経済的ショックは経済活動に直接的な重しとなると共に、信頼感と市場心理を揺るがす可能性がある。そして、世界金融環境の予想以上に速い引き締まりや先進諸国・地域の保護主義への変化は、新興市場諸国・地域からの資本流出の圧力を高める可能性があるだろう。
過去2、3年の期待外れの成長に続く現在の歓迎すべき世界経済活動の循環的上昇は、潜在的生産性を上昇させて、その恩恵が幅広く共有される重要な改革を実施し、景気の下降リスクへの耐性を構築する理想的なチャンスをもたらしている。各国がまだ循環の異なる局面にあるため、その国に合わせた金融・財政政策の多様なスタンスが適切となる。多くの諸国・地域で、景気回復を完遂し財政持続可能性を確保する戦略を採用することは重要な目標になっている。戦略的焦点となる重要な分野は次のものだ。