デジタル時代の決済を支える4本柱

2020年12月11日

スピーチ原稿

タンク氏より心温まる紹介を頂戴しまして、ありがたく存じております。また、シンガポール通貨庁の皆さま、お招きくださいまして誠にありがとうございます。世界の政策担当者や起業家の皆さまと一緒にこのフェスティバルに参加できることを光栄に存じます。

2020年はきわめて困難な1年でした。感染症の流行が非常に大きな苦しみをもたらしました。そして、最も脆弱な層の人々が経済的な代償のあまりにも多くを支払うことになったのです。より豊かな国でも、より貧しい国でも、この点は変わりありません。

しかし、輝きを放つ瞬間もありました。看護師や医師が人命を救いました。電気や水を届け、お店の戸棚に商品を並べるなど、不可欠な仕事を行った人々がいました。

この他にも、事業が継続できるように働いた人が多くいます。例えば、テクノロジー産業の人々です。テクノロジー産業が私たちの働き方、コミュニケーションのし方、日常生活の営み方を大きく変えました。皆さんのおかげで、デジタルの未来が私たちの指先に、そして玄関先に届いたのです。

この未来がどのような姿になるか、ここで想像したいと思います。また、その実現に必要となる土台の4本柱についてもお話しします。

ここで、タイの工場で働く腕利きの家具職人を想像してみてください。不況が訪れ、この職人は仕事を失いますが、失業手当を電話で受け取ることになります。そのお金を使って工房を開設し、地元で販売を始めます。

携帯電話上で支払いを行ったり、代金を受け取ったりします。決済データを金融機関と共有することで、人を雇ったり事業を成長させたりするためにオンライン上で融資を受けることができます。ある日、この職人のもとに「国外への発送は可能ですか?」とメッセージが届きます。

大企業でなくてもグローバルにビジネスができる時代になったのです。

国外からの注文もデジタル上のプラットフォームを使うことで安価に処理できます。そして、この職人はプラットフォーム上で保険、貯蓄、各種の投資を利用でき、生活の強靭性を高められます。

10年前でさえ、このいずれも不可能だったことでしょう。これは人間の前へと進む力と創意工夫を物語っています。また、物理的距離を打ち消し、データを生み出す決済の革命的な進歩を示してもいます。データは新しい金であり、したがって多くの場合、新しい担保にもなっているのです。安価で幅広く利用できる決済制度、そして、私たちのデジタルな暮らしにスムーズに統合されている決済制度を物語ってもいます。

決済のあり方が変わると、私たちの生活も変わります。現在、17億人もの成人が銀行口座を持っていません。こうした人々に金融サービスへのアクセスを提供できます。そして、現在、この数を大きく超える脆弱層の人々が高い手数料を支払っていますが、こうした人々も助けられるようになります。

また、銀行業界・金融業界の姿もデータ、自動化、リアルタイム・アナリティクスによって変わりつつあります。さらには、決済のイノベーションが国際通貨システム、つまり、国際的な取引、外国資本へのアクセス、為替、財の価格設定のあり方を変える可能性があります。

デジタル決済はテクノロジーに詳しい人だけの問題ではないのです。世界全体に多大な影響を及ぼすでしょう。

ですから、私たちは果敢かつ慎重に進んでいく必要があります。決済が安全性と強靭性を保ちながらユーザーのニーズを満たせるよう進化するようにすべきです。これがミクロの側面です。そしてマクロの側面についてですが、効率性、信頼性、公正性、包摂性が高く、それでも活力のある金融セクターと国際通貨制度を促進する必要があります。

さきほどご紹介した職人にとって、デジタルの未来は土台となる4本柱に依存しています。それは(1)民間部門のイノベーション(2)公的部門の関与(3)法規制の枠組み(4)国際協調です。

それぞれ個別に見ていきましょう。

I. 民間部門のイノベーション

民間部門のイノベーションは多くの人々にとって大いに役立ってきました。預金を行う銀行口座や、支払いに使うカードについて考えてみてください。お話に出した職人のモバイルマネーでも良いかもしれません。

多くの人々がまだ現金を使っていますが、その使用量は急減することがあります。スウェーデンを例にとってみましょう。10年前には成人人口の40%が現金を使用していましたが、現在、その割合は10%まで減少しています。同じ10年間にケニアではモバイルマネーのアカウント数が1,200万から同国の人口を超える6,100万まで飛躍的に増加しています。

人々や企業のニーズを把握し、求められる多様な商品・サービスを提供し、イノベーションに必要なリスクをとる力が一番大きいのは民間部門です。

しかし、こうしたリスクがエンドユーザーや金融システムにとってのリスクにならないようにする必要があります。そして、この他にも独占力や貧困層への不十分なサービスといった避けるべき落とし穴があります。

そのために、他の3本の柱が必要になるのです。

II. 公的部門の関与

次に、公的部門の関与ですが、検証可能なデジタルID(身分証明書)、通信インフラ、中央銀行通貨、その他必要なものを提供できます。

デジタルIDによって、お話ししたタイの職人は新しい金融サービスを使えるようになるのです。デジタルIDは金融包摂の前提条件のひとつです。

別の前提条件となるのがインターネットへのアクセスです。職人がインターネットを使えないと私のお話は成立しません。世界人口の約半数、サブサハラアフリカの75%、南アジアの約70%がインターネットを使えていません。北米を見ると、この数字は逆転します。75%がインターネットに接続できるのです。

国際通貨基金(IMF)は新型コロナ後の復興努力の一環として、インフラに今こそ投資すべきだと強力に奨励しています。公共投資を各国が一斉に推進するのが最善です。諸国が協力して行動すれば、各国が単独で行動する場合に比べて同じコストで3分の2大きい成果が得られるのです。重要な民間投資も引き寄せられるでしょう。

もちろん、従来は紙幣、硬貨、準備資産である中央銀行通貨も変わらず重要です。お話ではタイの職人がデジタルマネーを受け取っていましたが、必要に応じてデジタルマネーを現地通貨に換金できることが安定性の重要な指標となります。

中央銀行通貨は、様々な企業が発行するモバイルマネーによる支払いを職人が受け取る上でも役に立ちます。共通言語のように、中央銀行通貨は異なるモバイルマネー企業間の決済を可能にするのです。この土台があることで、フィンテック各社による自社サービスの提供・発展が可能になるのです。相互運用性によって、イノベーションが羽ばたけるようになり、決済に多様性がもたらされます。

デジタル時代に中央銀行通貨はどのように進化すべきでしょうか。新しい企業が決済手段を提供するようになると、こうした企業は中央銀行通貨へのアクセスを得るようになるのでしょうか。紙幣や効果のデジタル版が導入されるのでしょうか。多くの国々がその可能性を検討しています。

中央銀行通貨の形態は変わるかもしれませんが、その役割は同じであるべきです。中央銀行通貨は、他形態のマネーの進化と多様性を可能にしつつも、それらの安定性を支え続けるべきなのです。

III. 規制と法の枠組み

第3の柱である強力な法・規制の枠組みも同様に重要となります。こうした枠組みは、消費者の保護やプライバシーを推進し、資金洗浄などの犯罪に対策を講じ、あらゆる人々のために安定性と強靭性を提供するという必須の目標を達成しつつ、イノベーションとスタートアップが花開くようにすべきです。

規制上の透明性が不可欠ですが、技術と製品の進歩が急速であるために特に難しくなるでしょう。事業の立ち上げが困難なのは、記入する書類が複数あるからではありません。本当の障害は、どれだけ多くの書類を今後記入することになるのか不明なことです。新規参入企業は自社がどの規制に従うのか、また、自社商品が預金として見られるのか、証券なのか、決済制度なのか、それとも何か別のものなのか尋ねることでしょう。

リー・クアンユー氏の伝統にのっとり、シンガポール政府はイノベーションを継続しています。同国政府の新しい決済法には大いに期待ができます。デジタル決済手段を定義し、決済を規制する上で活動やリスクに基づくアプローチを採用することを模索しています。

適切に施行されれば、この法律によって新規参入企業にとっての競争環境が公平なものになるでしょう。同じ活動や同じリスクであれば同じルールが適用されるのです。こうしたリスクを評価することは新しい問いを提示します。例えば、私がお話に出したタイの職人は融資を受ける際に担保ではなくデータを提供しました。ですが、より正確なデータとアナリティクスに基づく融資はリスクが小さくなるのでしょうか。この職人の返済額も少なくなるのでしょうか。

法律立案や規制を担う政府の担当者は、成功し、時代の先を行くために、リソースが与えられるべきです。新しい決済制度の幅広い影響を踏まえると、こうした政府担当者は先見の明を持ち、協働的である必要があります。中央銀行と財務省は反トラスト当局やプライバシー団体、データ保護当局、法執行機関、市民社会、消費者擁護団体などと協力するのです。

IV. 国際協調

マネーが国境を越える中、規制における私たちの取り組みも国際的なものとなる必要があります。この点を踏まえて、4本柱の最後の柱についてお話ししましょう。国際決済の円滑化や波及効果の管理といった分野を含めて国際協調を進めることです。

先ほどのタイの職人は、私たちがSMSメッセージを送るのと同じくらい簡単に送金できるでしょうか。それとも、国外送金に現在頼る8億人の人々が支払っているのと同じ平均7%の手数料を負担することになるでしょうか。

しかし、送金はメッセージ送信よりも手間がかかります。デジタルマネー間での技術標準や、法規制面での相互対応、国境を越えて信頼できるIDシステムが必要になります。金融安定理事会(FSB)はIMFの支援を受けて最近、クロスボーダー送金の強化に関するロードマップを公表しました。しかし、その導入を進める上では実行すべきことが数多くあります。

波及効果への対処においても協力が重要になります。デジタルマネーの普及が進展すると、その影響も世界中に広がることになるでしょう。例えば、自国通貨をより魅力的な外貨と交換する動きが起こったり、金融政策の有効性が削がれたり、資本勘定の制限が回避されたりするでしょう。

波及効果の影響はさらに大きく広がりかねません。ある一定条件下では、新たなデジタルマネーが国際通貨制度に影響を与える可能性があります。

世界の国々は国際通貨制度を導く力となるように、また、あらゆる人々のためになる成長の原動力のひとつとして、IMFを創設しました。豊かな国と貧しい国の格差がさらに拡大するリスクが増している今、私たちはかつてないほど責任が重くなっていると認識しています。

今日、より強靭な通貨制度、より包摂的かつスマートで環境に配慮した通貨制度を促進する貢献を行う態勢を私たちは整えています。

元リベリア大統領でノーベル賞を受賞したエレン・ジョンソン・サーリーフ氏はかつて「怖じ気づくような夢でないなら、あなたの夢は小さすぎるのです」と語りました。

世界企業、スタートアップ起業家、そして私がお話に出したタイの家具職人は大きな夢を思い描いています。私たちは、決済革命をあらゆる人々のためになるものにする必要があるのです。

ご清聴ありがとうございました。

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