ブレトンウッズの時、再び
2020年10月15日
1. はじめに 「人類の普遍的同胞愛」
まず、国際通貨基金(IMF)総務会議長であるアーネスト・クワミナ・アディソン博士より素晴らしいご意見とご発言を頂戴したことに、感謝を申し上げたいと思います。
この1年間に世界で起こった劇的な変化に思いをはせつつ、私はニューハンプシャー州ブレトンウッズを訪れました。この地で1944年に44人の男性によって国際通貨基金協定が署名されました。IMFの創設者たちは、戦争がもたらした目前の荒廃に対処すること、そして、より平和で繁栄した戦後世界の基礎を築くことという2つの途方もない課題に直面していました。
この会議を締めくくるにあたり、ジョン・メイナード・ケインズが世界の希望として国際協力を積極的に進めることの重要性をとらえた言葉を残しています。「もし継続することができたなら、人類の兄弟愛が言葉だけのものではなくなるだろう」とケインズは述べました。
アンドラ公国を190番目の加盟国として歓迎することを心待ちにしつつ、ここでIMFの取り組みが協力と連帯の価値観を体現している点をお伝えしたいと思います。男女を問わず人類の普遍的同胞愛は協力と連帯の上に成り立っているのです。
今、私たちはブレトンウッズの時を再び迎えています。パンデミックによって、すでに100万人以上の命が失われています。これは経済的な大惨事であり、世界経済は今年マイナス4.4%の成長となり、来年までに世界GDPから11兆ドルもが失われる試算となっています。そして、大規模な混乱の中で苦しんでいる人々については必ずしも語られていません。また、数十年にわたり解消が進んできた貧困が再び拡大しています。
私たちは、再び2つの途方もない課題に直面しています。今日危機と戦うことと、そしてより良い明日を築くことです。
今すぐにとるべき行動が何かはわかっています。持続的な経済の回復は、パンデミックに打ち勝つことなしにはありえません。医療措置が引き続き優先事項であるべきです。皆さまには、効果的な治療法とワクチンがどの国でも利用できるように、その生産・流通を支えてくださるように呼びかけたいと思います。
また、この保健危機から持続的に脱することができるようになるまでの間、企業や家計を支援し続けるようにも訴えたいと存じます。
世界では、これまでに12兆ドルの財政措置が講じられてきました。また、主要な中央銀行が7.5兆ドルの規模でバランスシートを拡大させました。こうした措置が同時に講じられたことで、マクロ経済と金融の間に過去の危機で見られたような破壊的な悪循環が発生せずに済んでいます。
しかし、世界中のほぼすべての国が今も苦しみを感じており、こうした痛みは特に新興市場国と発展途上国に顕著です。そして、今回の危機が勃発した時点で、国際的銀行システムには資本と流動性のバッファーがしっかりと存在していましたが、多くの新興市場国には体力の弱い銀行が存在します。中期的に金融リスクが蓄積するのを阻止するために、私たちは措置を講じなければなりません。
私が世界経済にとっての「長い登り道」と呼んでいる道のりが私たちの目前に控えています。困難で、ばらつきが大きく、不確実で、そして幾度かの後退もありそうな登り坂です。
けれども、これは上へと進む道なのです。そして、私たちは今も続く問題の一部、つまり、低迷する生産性、大きな格差、迫りくる気候危機に対処する機会も得るでしょう。パンデミック前の世界を築きなおす以上に優れたことが私たちには可能です。未来を見据えて、より強靭で、持続可能性が高く、あらゆる人々のためになる包摂的な世界を構築することができます。
この新たなブレトンウッズの契機をつかまなければなりません。
2. 未来を見据えた復興 3 つの至上命題
では、どうすればよいのでしょうか。3点が至上命題になると私は考えています。
まずは、正しい経済政策です。 ブレトンウッズに当てはまったことは、今日にも当てはまります。慎重なマクロ経済政策と強固な制度が成長、雇用、生活水準向上には不可欠です。
万能薬はありません。それぞれの国のニーズに合わせて政策を調整する必要があります。しばらくの間、支援が不可欠です。支援からの撤退が早過ぎれば、重大で不当な経済的損害が生じる恐れがあります。この支援の適切な形態は、危機のどの局面にあるかによって決まりますが、一般的には初期段階では幅広く、そして各国が復興し始めたら、より的を絞ったものとなるでしょう。
金融政策、財政政策、金融セクター政策の堅固な中期的枠組みを整備し、貿易を促進し競争力と生産性を高めるための改革を実施することは、現時点で政策措置に対する信頼を醸成しつつ、将来に向けては切望される強靭性を構築するのに役立つはずです。
これには公的債務の高まりがもたらすリスクを注意深く監視することも含まれます。2021年には債務水準が大幅に高まり、対GDP比で見ると先進国で125%、新興市場国で65%、低所得国で50%くらいになるだろうと私たちは予測しています。
IMF は最貧国の加盟国に対して債務救済を提供しています。また、世界銀行と共に、G20の債務支払猶予イニシアティブの延長を支持します。
この先、債務が持続不可能となっている場合には、速やかに債務再編を行うべきです。債務透明性の向上と債権者間調整の強化に向けて前進していかなければなりません。ソブリン債務再編の共通枠組みや、私たちが呼びかけている、民間部門の参加も含むソブリン債務再編の仕組みの改善についてG20で議論されることを心強く思います。
私たちは加盟国のために存在するのであり、加盟国の政策を支援しています。
そして、各種の政策は人々のためのものでなければなりません。これが、私の挙げる2番目の至上命題です。
健全な経済政策の恩恵を最大限に享受するために、私たちは人々への投資を増やす必要があります。これはつまり、弱者を守ることです。また、成長と強靭性を支えるために人的資本・物理的資本を強化することでもあります。
新型コロナによって、強力な医療制度の重要性が浮き彫りになっています。
格差が深刻化し、急激な技術革新が進む中、強力な教育と研修の制度によって機会を増やし格差を減らすことが求められています。
男女平等を加速させることで世界的に大きな変化をもたらせるかもしれません。男女格差が最も大きい国では、それを解消することにより、GDPが平均で35%増加する可能性があります。
そして、若者への投資は、未来への投資です。若者は医療と教育、そしてインターネットへのアクセスも必要としています。なぜなら、インターネットによってデジタル経済への参加が可能になるからです。未来の成長と発展にとってこれは不可欠です。
サブサハラアフリカで人口の10%が新たにインターネットを利用できるようになると、同地域における1人あたり実質GDPの伸びが4%ポイントも増加しうるのです。
またデジタル化は、貧困の克服を促す強力なツールとして金融包摂にも役立ちます。
医療上の予防策をもはや無視できないことをパンデミックが示しているのとまさに同様に、私たちは気候変動からもこれ以上目を背けている余裕はありません。これが、私の挙げる3番目の至上命題です。
気候変動はマクロ経済的に重要な問題ですので、私たちは焦点をあてています。経済成長と繁栄にとって大きな脅威となっています。また、人々と地球にとっても非常に重要です。
この10年間に気候関連の災害によってもたらされた直接の損害は、総額で約1.3兆ドルに上ります。もし皆さんが保健危機を快く思わないのであれば、気候危機に好感を抱くこともまったくないでしょう。
IMFの研究では、グリーン投資と炭素価格の引き上げを正しく組み合わせることによって、2050年までの排出ゼロ実現に向けて舵をとり、同時に、数百万の雇用を新たに創出することができると示されています。
私たちは、よりグリーンな世界、また、より豊かで多くの雇用を生む世界を構築する歴史的な好機を迎えています。金利が低い中で、今日正しい投資を行えば、近い将来に四重の配当が生じることになります。つまり、将来の損失が回避され、経済成長が刺激され、人命が救われ、あらゆる人々に社会面と環境面での利益がもたらされるのです。
3. IMF の役割
各国が気候変動、デジタルの加速、知識経済の台頭によって生じる構造的変化に適応していく中、IMFは、持続的な回復と強靭な未来を支えるために、たゆまず取り組んでいます。
パンデミックの発生直後から、私たちは1,000億ドル以上の融資を約束してきました。さらに、IMFの1兆ドルの融資財源にはまだ相当額の資金が残っています。
私たちは、新興市場国や低所得国、とりわけ小国や脆弱国の緊急ニーズには継続して特に注意を払い、それらの国々が医師や看護師の給料を支払い、それぞれの国の中でも最も脆弱な層や部門を守ることができるよう支えていきます。
加盟国の皆さまによる手厚い支援がなければ、IMFは異例の対応策を実行できなかったでしょう。新規借入取極(NAB)が倍増されるとともに、国別借入取極が延長されたおかげでIMFの資金力は保持されます。この他、加盟国は大災害抑制・救済基金(CCRT)と貧困削減・成長トラスト(PRGT)のために必要な資金拠出も拡大しました。
加盟国によるこうした努力によって、IMFは低所得国の加盟国を対象に債務救済を提供したり譲許的融資を3倍にしたりすることが可能になっています。私たちは、IMFの譲許的融資能力をさらに引き上げたり、融資ツールキットを適応させたり、能力開発のための支援を増やすために、加盟国と話し合いを行っています。
IMF職員は、昼夜を問わず力を尽くしており、今回の危機においても素晴らしい働きをしています。彼らと私のマネジメントチームに心から感謝したいと思います。
理事の皆さまにもここで心からの御礼を申し上げたいと思います。この6か月間、どの局面においても、皆さまがそばにいてくださいました。
4. 終わりに 好機をとらえる
この危機の犠牲者を追悼するために実行できる一番の行動は、ケインズの言葉を借りれば、「より大きなもの」、つまり、より持続可能で公正な世界を誕生させることです。
IMFの創設者たちはそれを実現しました。今度は私たちの番です。今が私たちにとっての好機なのです。
続きまして、私の友人であり、IMFの偉大なパートナーである、世界銀行グループのデイビッド・マルパス総裁をご紹介します。
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