2019年ミシェル・カムドシュ記念講演での 国際通貨基金(IMF)専務理事代行による開会の挨拶
2019年7月22日
ご来賓、ご列席の皆さま、中央銀行の役割に関しては国際通貨基金(IMF)を代表する講演企画である「第6回ミシェル・カムドシュ記念講演」にご出席くださり、誠にありがとうございます。
本日は講演者として日本銀行の黒田東彦総裁をお迎えすることができ、たいへん光栄に存じます。
1. 中央銀行は知識と政策のライブラリーである
私が黒田総裁に初めてお会いしたのは1987年10月のことで、私はIMF日本担当チームの若手職員でした。黒田総裁は当時、私の記憶が正しければですが、大蔵省(現財務省)国際局で国際機構担当の責任者を務めていらっしゃいました。黒田総裁は、これまでに日本とアジアが直面した困難な経済課題に取り組まれ、順風も逆風も経験されていらっしゃいます。黒田総裁がどのような環境でも頼りになる万能選手であり続けてきた理由は何でしょうか。その出発点が黒田総裁の飽くなき好奇心にあると私は理解するようになりました。
私のかつての級友で、現在は日本を代表する経済学者である伊藤隆敏氏が、あるときこう尋ねたそうです。「黒田さんは高校の図書館の本を全部読んだとお聞きしたのですが、本当ですか」。すると黒田総裁はいつもの謙虚さから、こう答えたそうです。「いやいや、そんなことはないですよ」。しかし、こう付け加えられたともと聞いています。「でも科学の本は全部読みましたかね」
黒田総裁の読書熱と知識欲の対象は科学と経済にとどまらず、アガサ・クリスティのミステリーをはじめ、小説も愛読されています。
この知識欲は、さまざまな問題に対する深い洞察、そして新たな政策やツールが常に求められている中央銀行の世界において、きわめて重要なものです。
世界経済において、多くの人々が同様の課題に直面する今、このような姿勢が重要になっています。
2. 金融政策という書物は未完成
この点について、もう少しお話しさせてください。先進国経済における回復の勢いは今年、鈍化しました。物価上昇率は多くの国で目標を下回り、成長と生産性の中期的見通しは、ひいき目に見ても控えめな水準にとどまっています。当然ながら、先進国の大半は金融緩和を続けています。
一部の国では金融政策が引き続きゼロ金利制約下にあり、次の景気後退局面ではより多くの国々が同じ制約を受ける可能性があります。
さらに視点を広げれば、人口高齢化などの構造的要因によって平時の均衡利率、いわゆる「自然利子率」と呼ばれるものが、歴史的水準より大幅に押し下げられたのではないか、という懸念があります。
私たちが生きる現代では、金融政策についての書物が日々、編纂され続けている、少なくとも改訂され続けています。
3. 新たな章の執筆において主導的役割を果たす
中央銀行を熱心に研究されている方であれば当然、このライブラリーの中の日本に関する書物を読みこまれていることでしょう。
その理由は過去20年にわたり、日本が低成長、低インフレ、人口問題の圧力、そして金融政策手段の余地が限られた状態という複合的問題に直面してきたためです。日本の経験は私たちの関心をそそるはずです。というのも、他の国の未来にとって、ある程度あてはまる予告編であったと後日、判明するかもしれないからです。
私たちは、日本が政策のパイオニアとなり、揺るぎない決意、創造性、リーダーシップを発揮してきたのを見てきました。こうした3つの資質こそ、黒田総裁がキャリアを通じ、政府機関、開発セクター、中央銀行で発揮されてきた資質なのです。
黒田総裁は一方で、好奇心と分析の正確さも活かされてきました。長年教師になることを夢見られておりましたが、黒田総裁は2003年に大学の教授に就任されました。ある論文では、古代ギリシャの哲学者なら為替相場管理をどのように分析するだろうか、と思いを巡らせています。その論文のタイトルは『ソクラテス ドルの対話』というものです。
黒田総裁は派手なパフォーマンスより控えめな表現を好み、学問的な正確さを持って言葉を選びます。だからこそ、黒田総裁はこれほどまでの成果をあげられるのかもしれません。
アジア金融危機の際には、大蔵省の局長として、またその後は財務官として、「新宮澤構想」のとりまとめに重要な役割を果たしました。その結果、ここぞというところで窮地に立たされた国々に約300億ドルの金融支援が実施されたのです。
またアジア太平洋地域の経済統合を深める必要性を、長年訴えてこられました。例えば、アジア開発銀行総裁在任中は、地域金融取極「チェンマイ・イニシアティブ」の締結に深く関与しました。この「地域」レベルでの取り組みは、「世界」的な金融セーフティネットの強化に寄与しました。
近年は日本銀行総裁として、量的緩和と質的緩和の野心的なプログラムを実施し、金融政策に関する新たな章の執筆を主導されています。黒田総裁のリーダーシップの下、日本銀行は短期金利のマイナス領域への引き下げ、長期のベンチマーク金利の目標設定など、いくつもの重要な政策行動を打ち出してきました。
日本は長年にわたる停滞を経て、実質GDPは2013年以降累積で約5%成長しました。重大な問題は依然として残っているものの、デフレ圧力は減退したように見受けられます。
終わりに
最後に、黒田総裁には本日の講演をご快諾いただき、豊かな知識と経験のライブラリーを私たちと共有してくださることにお礼を申し上げます。
この第6回ミシェル・カムドシュ記念講演をお引き受けいただき、心から光栄に思っております。黒田総裁から日本の金融政策と中央銀行業務についてのお考えを伺えるのを楽しみにしております。
またお話の後に、今日の中央銀行が直面する主要な課題について議論させていただく機会も頂戴しましたので、こちらも楽しみにいたしております。
それでは黒田総裁、どうぞよろしくお願いいたします。
IMFコミュニケーション局
メディア・リレーションズ
プレスオフィサー:
電話:+1 202 623-7100Eメール: MEDIA@IMF.org