国際通貨制度を強化するには
2017年3月7日
おはようございます。私への心温まる歓迎とご紹介をいただいた有吉教授に御礼を申し上げます。
一橋大学と国際通貨基金(IMF)は、ここ数年にわたって毎年このカンファレンスを共催しており、マクロ経済と金融の重要な問題点について思慮深い議論を行う場となっています。今年のテーマ「アジアの国際通貨制度の将来」でも、引き続きこのカンファレンスの伝統である洞察に富んだプレゼンテーションと意見交換が行われると確信しています。
今朝はこの場をお借りして、我々が検討する国際通貨制度に関するいくつかの主要な問題点について概要を説明したいと思います。特に3つの点を重点的に取り扱いますが、これらはすべてアジアの政策当局者にとって極めて重要です。
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世界不均衡の縮小、
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世界金融のセーフティネットの強化、及び
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通貨の国際化、の3つです。
それでは、基本的な事実から始めましょう。適切に機能する国際通貨制度は、経済と金融の安定にとって不可欠な公益です。国際通貨制度は、過去数十年にわたって前例のない経済成長と貿易の拡大を支えてきました。ただし、世界経済は急速に進化しており、国際通貨制度は新たな現実に適応する必要があります。
世界の金融安定性に影響を与える重要な変化が2つ生じています。
1つ目は、世界経済の「重心」がシフトし続けていることです。この動きは、新興市場国・地域の中核的な役割、及び開発途上国の世界経済への統合を反映しており、数値に明確に表われています。2000年以降、新興市場国・地域と発展途上国の世界GDPに占める割合は3分の2以上増加し、2015年にはほぼ40%に達しました。この変遷は、政策とガバナンスの両方においてIMFに直接影響を及ぼしています。2010年のクォータ改革の下で新興市場国・地域へ配分がシフトしたことは、直接的な結果のひとつです。
2つ目は、我々が目の当たりにしている金融の相互連関性が急速に高まっている点です。過去30年から40年の間、各国が資本勘定を自由化し、金融市場が深化するにつれて、世界の資本フローや対外債務が急激に増加しました。ここでも、数値がその事実を証明しています。対外債務の総額は1980年に世界のGDPの30%から2015年には160%以上となりました。
こうした移行が国際通貨制度への重圧となっていることは誰もが理解しています。世界はますます多極化しています。一段と高まる相互連関性により、各国がグローバル化された経済から恩恵を受けることを可能とする一方で、新たな弱点も露呈しています。2015年に中国の金融市場で経験した困難な状況が、スピルオーバー(波及)やスピルバック(揺り戻し)の発生源になった際に目の当たりにしたような新たなリスクにさらされています。こうした状況が全て、マクロ経済の管理を複雑にしています。
世界の不均衡は、この状況の重要な部分です。我々は長い間不均衡を目にしてきました。世界金融危機以後不均衡は縮小したものの、望ましい水準より依然上回っています。公式な調整メカニズムが欠如しているなか、縮小は概ね赤字国における需要圧縮により達成されています。
一部の大国に不均衡が集中していることが、世界経済にリスクをもたらしています。脆弱性を高め、市場が混乱する危険性も高めています。
不均衡の対処には、赤字国と黒字国の連携が求められます。このプロセスを円滑に進めるため、IMFはサーベイランスのプロセスを整備し、分析ツールを強化しました。例えば、対外セクター報告を導入しました。これは大国の対外ポジションを査定し、多国間でのスピルオーバーの可能性を分析します。これらの分析は、政策が引き起こす影響について当該国の関連当局とIMFが直接協議するサーベイランスの不可欠な要素となります。
この他に必要なことは、全ての加盟国に対してタイムリーに十分な流動性支援を実施することが可能なセーフティネットです。これにより、外貨準備の積み上げへ突き動かしている自己保険の衝動が緩和されます。この点については後で説明します。それでは、2番目の重点分野に移ります。
皆さんは、世界経済危機を食い止める際に国際的な取り組みが果たした重要な役割をご存知でしょう。一部の国に重要な融資を実施し、危険にさらされる可能性があった他の国を保護しました。ただし、不備な点が残っていることも明らかです。
IMFはセーフティネットを強化する改革の取り組みを先導してきました。加盟国による支援のおかげで、IMFの融資能力が1兆ドルまで引き上げられました。さらなる保険と融資制度を提供できるように、融資枠組みを整備しました。IMFは現在、新たな短期流動性ファシリティと融資を含まない政策手段の可能性を探っています。これは、加盟国の政策をモニターし、適宜助言を送るものです。
我々は現在、IMFプログラムへの参加が汚点となるという認識を払拭することに取り組んでいます。何らかのショックが近づいているとわかった時点で、IMFと早めに連絡を取るよう加盟国に働きかけていきます。私はこの点で進展が見られたと思っています。例えば、フレキシブル・クレジットラインは、利用した国の経済が強固である証とみられています。
IMFはまた、特別引き出し権(SDR)が国際通貨制度の強化において様々な形で一段と大きなシステム上の役割を果たせるかどうかを探っています。これには、SDR本体、SDR建て資産、勘定単位としてのSDRがあります。IMFは、昨年人民元をSDR構成通貨に加えることにより大きな節目を迎え、SDRは準備資産として強化されました。また、昨年SDR建て債券が中国で発行されました。
地域レベルでは、地域金融取極がセーフティネットの重要な構成要素となり、IMFの諸制度を補完しています。我々は、チェンマイ・イニシアティブのマルチ化契約の下で財源が2014年に倍増し2,400億ドルになったことを歓迎しました。また、対話を通じて協力を強化していくことに取り組んでいます。同時に、セーフティネットの重要な要素は外貨準備の構築であることを認識する必要があります。セーフティネットは、特にアジア危機以来、当地域における重要な目的を果たしてきました。
ただし、外貨準備の積み上げは代償が高くつく可能性のある防御方法です。財源配分が非効率となり、対外調整が妨げられ、準備通貨国側で政策の緩みの一因となる可能性があります。
したがって、引き続き国際社会におけるセーフティネットの強化に取り組むべきだというのがIMFの見解です。これには、流動性支援の規模、予測可能性、及びスケジュールに関する点を鑑みる必要があります。私は、今後2日間を通してこの問題ついて皆さんから寄せられる見解に大いに関心を持っています。
それでは通貨の国際化に移ります。これは、アジア及び国際通貨制度にとって非常に重要なテーマとなっています。本日行われる2番目のパネルディスカッションでは、このテーマについて詳しく検討します。
システミックな観点から見れば、複数の通貨の利用を拡大するとリスクを分散させ、世界経済の緩やかな調整を可能にし、持続可能な政策のインセンティブを与える可能性があります。また、資本の流れに一段と安定的な環境を作り出すことを助け、システミックな安定性を高める可能性があります。というのも、複数通貨の利用拡大は、準備通貨国の国内政策と世界経済の流動性ニーズの間の緊張を緩和させるからです。
国レベルの利点としては、取引コストが下がり、為替リスクが低減し、より有利な条件で外貨建て債を発行することが可能になります。
国際的な先例を振り返ると、自国通貨の国際的な利用を推進しようとする国は、自国のマクロ経済の安定性を保護し、金融枠組みの柔軟性を高め、金融市場を深化させる必要があります。この見方からすると、逆に通貨の国際化はこれらの政策アジェンダの副産物として生じることが十分ありえます。
同時に、複数準備通貨制度のみが国際通貨制度の欠点を解決できるわけではないことも認識しなければなりません。実際、複数準備通貨制度はシステミックなリスクを高めるおそれがあります。準備通貨国の国内政策が2つの支配的通貨の間で「転換効果」と呼ばれるものを生み出せば、金融ボラティリティも対外不均衡も高まる可能性があります。健全で力強い政策に代われる策は存在しないということです。
国際通貨制度に関する課題に対して警戒を緩めないために強調したいのは、正にこの点です。IMFはこの取り組みにおいて、加盟国を支援する用意があります。これが危機の防止や、生じる危機に対応する際により効果的に取り組む方法です。
本日これらの問題について皆さんの意見を聞くことを楽しみにしています。IMFの同僚と私は、ワシントンに皆さんの意見を持ち帰り、現在進行中の国際通貨制度問題に関する作業に活かしていきます。
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