IMF理事会、2016年対日4条協議を終了

2016年8月2日

2016年7月29日、国際通貨基金(IMF)の理事会は2016年対日4条協議 1 を終了した。

経済成長は民間消費の弱さと投資の低迷によって減速し、インフレは上昇の勢いを失っている。金融環境は引き続き緩和的であるものの、株価下落と円高が緩やかな引き締めをもたらしている。当局は、国内外の経済環境の弱体化に対し、マイナス金利政策の採用、追加的な財政刺激策の計画、2017年に予定されていた消費税率引き上げの2年半の延期を含む追加的な金融、財政支援措置を取った。

しかしながら、成長とインフレの見通しは引き続き弱いままである。民間消費は緩やかな拡大が見込まれ、世界の景気回復と貿易の弱さ、とりわけBrexitに関する国民投票を受けた不確実性の高まり、及び最近の円の増価は純輸出と投資の足かせとなろう。その結果、日本経済は2016年に約0.3パーセントという緩慢なペースで成長すると期待され、2017年には今後採用される経済対策による潜在的効果を除き0.1パーセントに低下すると見込まれる。中期的には成長率は(低下基調にある)潜在成長率に沿ったものとなり、インフレ率は約1パーセントへ上昇すると期待される。追加的な財政支援は短期的には成長を底上げしうるが、中期的には国内外の需要の弱さ、公的債務が高水準な中での低金利の持続可能性に関する不確実性、そして前例のない金融緩和という文脈での金融の安定性に関するリスクに関連する下方リスクが支配的である。これらのリスクは、これまでのところ資本の充実と不良債権比率の低下で健全性と強靭性を維持している金融システムに影響を及ぼす可能性がある。

アベノミクスは当初、期待の押し上げと日本経済の再活性化に進展をもたらしたが、構造的障害と、とりわけ構造面での政策の不足が、持続的な改善を難しくしている。特に経済成長の見通しに対する信認の低さが投資と借入需要を抑制している。労働市場の二重構造と硬直性が賃金の伸びを阻害しており、金融部門のリスク・テイキング支援は限定的である。加えて、財政政策の変動と中期的な予算の見通しを支える楽観的な成長前提は、信頼できる中期的なアンカー(支え)のない財政政策をもたらし、政策の不透明性を高めている。金融政策の波及の弱さ、脆弱な賃金・物価のダイナミクス、自然利子率の低下は、必要なインフレ期待の上昇を妨げ、コミュニケーション及び信認に関する課題を日銀にもたらしている。

アベノミクスは外部からの向かい風にも直面しており、世界経済の弱さとボラティリティが問題を複雑にしている。世界の成長の低迷と貿易財部門における過剰生産能力は、減価した円が輸出を押し上げるのを妨げている。商品価格の低下は、期待されたほど経済活動を活発化させることができず、他方で、インフレ率(総合)の下方圧力となり、日銀は物価目標の達成期限を繰り返し延期せざるを得なかった。さらに、新興市場に関する懸念や先進経済における金融政策の先行きに関する期待の変更は、金融市場の変動を高め、逃避通貨としての増価圧力をもたらした。これに鑑みると、2015 年の日本の対外ポジションは、中期的なファンダメンタルズや望ましい政策と整合的な水準と比べて若干ながら強かったが、その後の実質実効為替レートの増価は、それを2015 年の評価で示された中期的なファンダメンタルズと概ね整合的な水準に向けて動かした。一方で為替の増価は、デフレ・リスクの低減に向けた取り組みを阻害する可能性がある。

理事会の評価 2

理事会はアベノミクスの初期の成功と、当局による成長とインフレを押し上げる政策の力強い実施を歓迎した。それにもかかわらず、弱い消費、低調な民間投資、低迷する輸出を背景に、成長は弱く、デフレは根強く残っている。理事会は、世界経済の回復の弱さ、為替の増価とボラティリティ、及び人口動態の負の影響による強い向かい風に留意した。また、経済成長、リフレ及び財政健全化に関する野心的な目標を達成するためには、包括的で連携のとれた政策の改善が今必要であるという点で概ね一致した。

理事会は、生産性、労働供給及び潜在成長力を高めることを目的とする構造改革がアベノミクスの再充填に不可欠な要素であると考えた。また、二重構造の緩和や、女性、高齢者、外国人労働者の労働参加拡大のための労働市場改革を支持した。ポリシー・ミックス全体の一部として、理事会は、市場メカニズムへの過度な干渉なしに賃金・物価のダイナミクスの発生を促しうる政策には一般的に役割があると考えた。この関連で、最低賃金の増額幅を引き上げるとの決定を歓迎し、企業が賃金を引き上げるインセンティブの強化や柔軟な労働契約の促進に向けたオプションを検討することを勧告した。理事会はこれらの施策を、短期的な成長と財政の持続可能性・金融の安定性という中期的な目標との間で慎重にバランスをとりながら、財政・金融政策による需要下支えによって補完することの重要性を強調した。また、十分な政策の改善がない場合、マクロ経済政策の再調整が必要になるかもしれず、より大規模な財政健全化の必要性とより緩和的でより長期にわたる金融緩和が潜在的なリスクを増加させ、世界経済に負のスピルオーバーをもたらしうることを示唆すると警告した。この文脈で、理事会は、最近公表された追加的な金融緩和と経済刺激策に留意した。

理事会は、債務を下方軌道に乗せ、政策の不確実性を減じ、短期的な財政政策余地を創り出すため、財政健全化に向けた信頼のおける道筋が立案されるべきであると強調した。また、管理上実行可能な限りにおいて、漸進的である一方で継続的な消費税率引上げの先行きを事前に公表することは、経済への負の影響を緩和し、政策の信頼性を高めるという点で概ね一致した。理事会は、社会保障費の増加の抑制や課税ベースの拡大も勧告した。

理事会は、とりわけ財政機関の、政策枠組みの更なる強化に向けた取り組みを慫慂した。ほとんどの理事は、当局による既存の枠組みの強化に向けたイニシアチブが正しい方向に向かっていることに留意しつつ、歳出に関するルールや経済見通しと予算推計に関する独立した評価の採用に利点があると考えた。理事会は、金融政策における明確で効果的なコミュニケーションとフォワードガイダンスの一層の活用の必要性を強調した。

理事会は、当局が健全で安定した金融部門を維持していることを称賛した。それにもかかわらず、非伝統的な金融政策の長期化や、リフレと財政の持続可能性の達成の遅れによって、金融の安定性に関するリスクが生じかねないことに留意した。したがって理事会は、当局に対し、引き続きマクロプルーデンス政策手段を強化し、国債市場の流動性、金融機関の収益性、為替リスクのモニタリングをさらに強化することを慫慂した。地方銀行の強靭性や機関間の協調の向上に向けた努力も継続されるべきである。

理事会は、本年はじめの円の増価は日本の対外ポジションをファンダメンタルズと概ね整合的な水準に向けて動かしたというスタッフの評価に留意した。また、円高が日本のリフレに向けた努力をより困難にすることに留意しつつ、日本国内へのスピルオーバーを軽減し、中期的に対外バランスを確保する上で、国内政策の強化が重要であることを強調した。

日本: 主な経済指標( 2011 2017

名目GDP: 4,124 十億米ドル(2015年)

人口: 127百万人 (2015年)

1人当たりGDP: 32,480米ドル

クォータ: 156億SDR (2015年)

2011

2012

2013

2014

2015

2016

2017

見通し

成長率(変化率、%)1/

実質GDP

-0.5

1.7

1.4

0.0

0.5

0.3

0.1

国内需要

0.4

2.6

1.7

0.0

0.1

0.4

0.3

民間消費

0.3

2.3

1.7

-0.9

-1.2

0.6

1.1

民間設備投資(グロス)

4.3

3.6

1.1

1.5

0.8

1.5

2.1

企業設備投資

4.1

3.7

-0.5

3.1

1.5

1.1

1.8

住宅関連投資

5.1

3.2

8.4

-5.3

-2.5

2.5

3.6

政府支出

1.2

1.7

1.9

0.1

1.2

1.1

-1.6

公共投資

-8.2

2.7

8.0

0.4

-2.5

-5.3

-7.5

在庫投資2/

-0.2

0.2

-0.2

0.2

0.5

-0.2

0.0

純輸出2/

-0.8

-0.8

-0.2

0.3

0.4

-0.1

-0.3

財・サービスの輸出3/

-0.4

-0.2

1.2

8.3

2.8

-0.2

1.1

財・サービスの輸入3/

5.9

5.3

3.1

7.2

0.3

0.2

3.0

需給ギャップ

-3.3

-2.0

-1.1

-1.6

-1.5

-1.7

-2.0

インフレ率(年平均)

CPI 4/

-0.3

0.0

0.4

2.7

0.8

0.2

0.4

CPI (VATを除く)

-0.3

0.0

0.4

1.2

0.3

0.2

0.4

コアコアCPI (VATを除く) 5/

-0.8

-0.4

-0.2

0.7

0.9

GDPデフレーター

-1.9

-0.9

-0.6

1.7

2.0

0.6

0.3

失業率(年平均)

4.6

4.3

4.0

3.6

3.4

3.2

3.3

政府(対GDP比)

一般政府

歳入

30.8

31.1

32.1

33.6

34.1

33.8

34.0

歳出

40.6

39.8

40.6

39.8

39.3

38.9

38.3

財政収支

-9.8

-8.8

-8.6

-6.2

-5.2

-5.1

-4.3

基礎的財政収支

-9.0

-7.9

-7.8

-5.6

-4.9

-5.1

-4.5

構造的基礎的財政収支

-7.7

-7.0

-7.5

-5.2

-4.5

-4.7

-4.0

公的債務(グロス)

231.6

238.0

244.5

249.1

248.0

250.7

254.0

金融(変化率、%、特記ない限り期末)

ベースマネー

22.2

19.3

60.3

36.7

29.1

22.6

18.3

ブロードマネー

3.6

2.8

4.0

3.0

3.1

2.7

2.7

民間部門への信用供与

-0.6

3.1

5.5

1.5

2.6

2.3

2.4

非金融機関債務(対GDP比)

191.3

196.3

225.6

238.2

234.4

234.0

236.1

家計債務(可処分所得比)

128.3

127.1

128.5

129.3

129.3

130.3

131.8

金利

無担保コールレート翌日物 (期末)

0.1

0.1

0.1

0.1

0.0

CD3カ月物金利(年平均)

0.3

0.3

0.2

0.2

0.2

公定歩合(期末)

0.3

0.3

0.3

0.3

0.3

0.3

0.3

10年物国債利回り(期末)

1.1

0.9

0.7

0.6

0.4

-0.1

-0.1

国際収支(10億米ドル)

経常収支

129.8

59.7

45.9

36.4

135.6

159.4

143.2

対GDP比

2.2

1.0

0.9

0.8

3.3

3.4

2.9

貿易収支

-4.5

-53.9

-90.0

-99.9

-5.3

19.3

0.7

対GDP比

-0.1

-0.9

-1.8

-2.2

-0.1

0.4

0.0

財輸出(FOB)

790.8

776.0

695.0

699.4

621.9

620.5

643.0

財輸入(FOB)

795.3

829.9

784.9

799.3

627.2

601.2

642.3

エネルギー輸入

242.8

272.2

257.4

241.7

133.7

112.6

130.3

FDI(ネット、対GDP比)

2.0

2.0

2.9

2.6

3.2

2.5

2.4

ポートフォリオ投資 (ネット、対GDP比)

-2.8

0.5

-5.7

-0.9

3.2

3.3

3.4

交易条件(変化率、%)

-9.0

-1.8

-2.5

-1.0

14.0

1.3

-1.2

外貨準備高の変化

177.3

-37.9

38.7

8.5

5.1

9.5

10.0

外貨準備高(金を除く)(10億米ドル)

1258.2

1227.2

1237.3

1231.0

1207.1

為替相場(年平均)

円・ドル

79.8

79.8

97.6

105.9

121.0

106.9

101.1

円・ユーロ

111.0

102.6

129.6

140.8

134.3

118.9

112.5

実質実効為替相場(ULCベース)6/

118.5

119.7

96.7

88.8

85.0

実質実効為替相場(CPIベース)7/

101.7

100.6

80.4

75.1

70.2

人口動態指標

人口増(変化率、%)

0.2

-0.2

-0.2

-0.2

-0.1

-0.2

-0.3

老年人口指数

36.4

37.8

39.8

41.8

43.6

45.1

46.3

出所: IMF、 Competitiveness Indicators System、OECD、及び IMFスタッフ推計及び見通し(2016年7月7日現在)

1/ 年成長率及び寄与度は季節調整済みデータから算出

2/ GDP成長率寄与度

3/ 2014年に関しては、国際収支統計作成方法に変更があり(BPM6へ移行)時系列的に断絶があるため、輸出及び輸入の成長率は高くなっている

4/ 2014年、2015年においては消費税率の引き上げの影響を含む

5/ 日本銀行の生鮮食品とエネルギーを除いた基調インフレ率

6/ 2005年を100とした単位当たり労働コストに基づく

7/ 2010=100




1 IMF協定第4条の規定に基づき、通常IMFは加盟国と毎年協議を行う。IMF代表団が協議相手国を訪問し、経済・金融情報を収集するとともに、その国の経済状況及び政策について政府当局者等と協議する。本部に戻った後、代表団のメンバーは理事会における議論の土台となる報告書を作成する。

2 議長である専務理事は、審議終了時に結論を理事会の見解として要約し、その要約(本書)が各国の政府当局に提出される。専務理事による総括で使用される修飾語句の定義については以下リンクを参照。 http://www.imf.org/external/np/sec/misc/qualifiers.htm.




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