IMF サーベイ・マガジン : ばらつきのある世界経済の回復、根底に流れる複雑な潮流
2015年4月14日
- 世界経済の成長率は、2015年は変わらず3.5%、2016年は3.8%の見通し
- 異なる成長:より力強さを増す先進国・地域、減速する新興市場及び途上国・地域
- マクロ的リスクは軽減するも、金融リスク・地政学的リスクは上昇
国際通貨基金(IMF)は最新の「世界経済見通し(WEO)」で、世界経済の成長見通しは、主要な国や地域でばらつきがあると指摘した。先進国・地域では、2015年の成長は2014年より力強さを増すが、新興市場及び途上国・地域の成長は弱まる見通しである。
世界経済見通し
総合すると、世界経済の成長率は2015年は3.5%、2016年は3.8%と昨年とほぼ変わらない。しかし、この全体的な数字は、異なる展開を覆い隠している(表1)。
IMFのオリビエ・ブランシャール経済顧問兼調査局長は「いくつかの複雑な力が、世界の見通しを形作っている」と述べた。「弱い銀行と高い水準にある公的・企業・家計の債務といった、金融危機、ユーロ圏危機双方の遺産が、一部の国で依然として消費と成長の重石となっている。そして低成長により、レバレッジ解消のプロセスが遅くなっている」
また、ブランシャール氏は、高齢化、投資の低迷、そして緩慢な生産性の伸びが重石となり、先進国・地域そして新興市場国・地域ともに、潜在成長率が大きく低下するだろうと指摘した。「一段と抑制された成長見通しが、今日の消費と成長の低下につながっている」
こうした根底にある力に加えて、原油価格の下落と為替相場の変動という、国や地域により様々な影響を与える2要素が大きく影響している。
ブランシャール氏は「為替相場であれ原油価格であれ相対的価格の 大きな変動は、敗者と勝者を生む」と述べた。
改善する先進国・地域
原油価格の下落が後押し要因となり、成長率が昨年の1.8%から今年は2.4%に上昇するなど、回復を続ける先進国が2015年の世界経済の成長の牽引役となるだろうと、WEOは指摘する。
2015~2016年の米国の成長率は、3%を越えると見られる。原油価格の下落、一段と緩やかなペースで進む財政調整、及び緩和的な金融政策スタンスの継続により内需が支えられることから、金利の段階的な上昇が見込まれさらに最近のドル高が純輸出の一部重石となるにもかかわらず、3%超に達する見込みである
2014年の第2四半期・第3四半期の成長が弱かったユーロ圏は、原油価格の下落、低金利、及びユーロの下落に支えられ、回復の兆しを見せている。
2014年が 期待以下に終わった日本もまた、円安と原油価格の下落が後押しし、成長が好転すると見られる。
減速する新興市場国・地域
大半の新興市場及び途上国・地域の成長見通しは、若干悪くなっている。成長率は、2014年の4.6%から2015年は4.3%まで鈍化するだろう。これには様々な要因が影響している。
• 原油価格の下落により、原油輸出国の成長は急減速するだろう。なかでも地政学的緊張にあるロシアなど、下落時に厳しい状況にもあった国や地域がこれにあてはまる。
• 中国当局は、与信と投資の最近の急激な伸びに起因する脆弱性の軽減を重視している。これにより投資、なかでも不動産投資がいっそう鈍化するだろう。
• ラテンアメリカの見通しは、一次産品価格の下落により引き続き弱まるだろう。ブラジルの見通しは、旱魃、マクロ経済政策の引き締め、及び弱い民間部門の心理が影響している。
先進国・地域と異なり、新興市場及び途上国の原油輸入国では、原油価格の下落による想定外の利益は、直接消費者に波及せず、これが成長へのあらゆる後押しを弱めることになろう。原油価格下落の利益は、政府に回る(たとえば、エネルギー補助金の削減の結果分)と考えられ、これらは財政の強化に活用することができるかもしれない。
しかし一方で、低所得国のグループとしての成長率は引き続き高い。成長率は2014年の6%から2015年は5.5%と若干減速した後、2016年には回復する見込みである。これは、先進経済の貿易パートナーからの需要の増加も影響している。
見通しにかかるリスク、よりバランスの取れたものに
6カ月前と比べ、世界経済の成長にかかるリスクは均衡が取れているものの、依然として下振れに偏っている。マクロ経済リスク(ユーロ圏の景気後退やデフレなど)はわずかに減少しているが、金融リスク、地政学的リスクは上昇している。
原油価格の下落により想定以上に世界経済が大きく成長する可能性が上振れリスクである。一方で、以下にあげる下振れリスクが依然として大きい。
• ドルがさらに急騰することで、なかでも新興市場国・地域など他のところで、金融の緊張を引き起こす可能性がある。
• 債券市場の タームプレミアムとリスクプレミアムが低いなか、資産価格の混乱を起こしかねないシフトが引き続き懸念される。こうした資産価格を形成する環境(先進国・地域における極めて緩和的な金融政策と大きな需給ギャップ)が変化するなか、想定外の展開が起こり市場が強く反応する余地がある。
• ウクライナ、中東、そして西アフリカに端を発する地政学的緊張は、地域的、世界的に波及的効果を及ぼしかねない。
• 先進国・地域のスタグネーションと低インフレは、一部で短期的成長見通しが最近改善したものの、回復を妨げる可能性もある。
成長の押し上げが今後も優先課題
WEOは、実際の総産出量そして潜在GDPを押し上げるための断固たる政策が喫緊に必要だと強調している。
多くの先進国・地域において、経済活動を支えインフレ予想を引き上げるには、緩和的な金融政策が引き続き不可欠となっている。また、一部の国や地域ではインフラ投資の拡大が極めて正当であり、危機であらわとなった弱さに対応し、投資を生み出し潜在GDPを拡大するための構造改革の実施も同様である。優先事項は異なるものの、民間の過剰債務対策措置に加え、高齢化を踏まえれば、労働参加の強化(日本及びユーロ圏)や雇用の全体レベルを強化するための改革が、多くの先進国・地域に利するだろう。
多くの新興市場及び途上国・地域で、成長を支えるためのマクロ経済の政策余地は限られている。しかし、原油輸入国では、原油価格の下落によりインフレ圧力及び対外的な脆弱性が減少することになろう。また、石油助成金を導入している国や地域では、原油価格の下落により、財政ポジションを強化する余力が生まれよう。一方で、原油輸出国は、交易条件ショックを吸収するとともに、財政的・対外的に増す脆弱性に対処しなければならない。財政余地を備えたところでは、原油による歳入の減少に対応した段階的な支出削減が可能である。また、為替相場にある程度柔軟性があるところでは、相場の下落が調整の一助となるだろう。
新興市場及び途上国・地域も、重要な構造改革課題を抱えている。こうした国や地域は、貿易と投資にかかる制限の緩和やインフラのボトルネックの解消(インド、南アフリカ)、或いはビジネス環境の改善(インドネシア、ロシア)で、生産性の向上が望めよう。その他の国々(ブラジル、インド、南アフリカ)では、教育、及び労働市場・製品市場の改革が、労働参加と生産性の向上に資するだろう。最後に、原油価格の下落は、エネルギー補助金を削減し、より適切にターゲットを絞り込んだプログラムに置き換えるとともに、エネルギー課税制度の改革を行う機会でもある(先進国・地域を含む)。
ブランシャール氏は「適切な政策手段の内容は国により異なる」と指摘するとともに「こうした改革の多くと短期的な政治的コストが関連していることを踏まえれば、慎重に改革の取捨選択をすることが課題であろう」と述べた。