Typical street scene in Santa Ana, El Salvador. (Photo: iStock)

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IMF サーベイ・マガジン : 日本:長期的な変化を経済にもたらすため、             政策措置の強化を

2015年7月23日

  • 日本の見通しは改善したが、長期的な課題に対処するにはより強力な構造改革が不可欠
  • 成長を支える一方でバランスの取れた信頼のおける財政健全化が必
  • 市場に対するガイダンス及びコミュニケーションを強化し、一層の金融緩和を支える

際通貨基金(IMF)は、最新の日本経済に関する評価のなかで、低迷していた日本経済はアベノミクスにより浮上したと述べた。しかし、根付いてしまったデフレ心理に終止符を打ち、成長を促進するとともに、財政の持続可能性を回復し、円安に過度に依存することなく金融の安定性を維持するためには、政策を一段と強化する必要がある。

傘をさし日銀の前を歩く男性。IMFは、日銀は更なる緩和に備える必要があると述べた。(写真:Reuters/Thomas Peter/Corbis)

傘をさし日銀の前を歩く男性。IMFは、日銀は更なる緩和に備える必要があると述べた。(写真:Reuters/Thomas Peter/Corbis)

経済健全性 調査

IMFは報告書のなかで、積極果敢な金融緩和政策、機動的な財政政策、及び構造改革という3本の矢に立脚した戦略が、それまでの漸次的な取り組みからの明確なターニングポイントとなったと述べた。しかし、初期の成果は良好ではあったものの、実質GDPの成長ペースはバブル後の時期と同じく約1%にとどまっており、デフレリスクも残っている。

IMFアジア太平洋局の副局長で同評価を実施したミッションの団長を務めたカルパナ・コーチャー氏は「これは、より緩慢な世界経済の成長や一次産品価格の崩壊といった外生ショックも影響している」と述べた。

加えて、2014年の消費税率の引き上げの負の影響が想定以上に長引いている。しかし、賃金の緩慢な伸びや海外直接投資を通し生産がますます海外に移転していること、さらには高齢化や人口減少といった逆風など、構造的な障壁も影響している。

回復は続いているが勢いは依然として脆弱

日本経済の成長率は2015年は0.8%、2016年は1.2%に達する見込みだが、これは、実質賃金の上昇が消費を支えるとともに、原油価格の下落による生産コストの低下、記録的な高水準にある企業収益、現在進められている企業ガバナンス改革、及び十分な信用を背景にビジネス投資が拡大することを前提としている。

コーチャー氏は「しかし、春闘の賃金交渉は期待はずれに終わり原油価格の下落で得た想定外の利益の活用が弱いなど、リスクは高水準にありかつ明らかに下方に偏っている」と述べた。

また、中国及び米国の予測より低い成長、さらには逃避先通貨という円の状況から国際金融で混乱が起こった際に円高になる可能性などに起因した、短期的なリスクも抱えている。

IMFアジア太平洋局日本課を率いるルーク・エバアート氏は「中期的には、弱い内需、不完全な財政改革・構造改革によりスタグネーションに陥り、財政の持続可能性に関する懸念が生じるかもしれない」と述べた。

同報告書は、構造改革の加速化こそが、こうした下振れリスクに対処しアベノミクスの信頼性を維持する唯一の効果的な政策手段であることを示している。

求む:より強力な構造改革

複数の分野で構造改革は進展した。2000年代中頃より徐々に上昇をはじめた女性の労働参加は、アベノミクスによりさらに拡大した。

コーチャー氏は「そうであっても、負の人口動態に起因する労働供給に吹く逆風に対処するためには、より強力な労働市場改革が必要である」と述べた。女性の労働参加は、税制による労働意欲の阻害要因を排除し規制緩和を進め保育サービスの利便性を高めることで、さらに拡大することができる。

また日本政府は、移民制限を緩和し外国人労働者をより積極的に活用し、高齢者が働き続けられるようにインセンティブを与えることで、労働力不足に対応することができる。

労働市場の二重構造を是正し水平的移動を促すため、新規採用は雇用保障と柔軟性のバランスが取れた契約の下で行われるべきである。これは、生産性と賃金の伸びの向上に資する。

さらに同報告書は、金融部門は成長の触媒機能を果たすべきだと指摘している。金融部門は、最近のコーポレート・ガバナンス改革を活かし、株式持合いを解消し、企業部門の再編を促すとともに、存続不可能な中小企業の退出を促進するべきである。

当局は、投資や新規雇用を行わない中小企業を対象とした金融部門による支援措置を段階的に撤廃する一方で、証券化やリスク資本の提供等の金融市場の拡大を支援すべきである。特に、地域銀行をはじめとする、民間主導の金融システム再編もプラスとなろう。

バランスの取れた財政調整

投資家心理が突然変化する可能性に鑑みれば、国債の利回りが低位安定していることを当然と考えるべきではない。具体的かつ信頼のおける中期計画は、内需の足枷になる可能性がある財政政策に関する不確実性を払拭し下振れリスクに対処する一助となりうる。

そのような戦略の信頼性にインパクトを与えるためには、より強力な財政制度が必要であろう。こうしたなかで発表された中期計画は、現在から2020年までの調整案を示しており成長支援と財政健全化の前進で適切なバランスをとっている。これは、財政政策の有益な指針となる。

コーチャー氏は「しかしながら、過度に楽観的な成長前提は、計画の信頼性を毀損するリスクを伴っているとともに、社会保障費の抑制手法は具体性に欠けている」と指摘した。

予測可能な金融政策で下支え

エバアート氏は「インフレ率の引き上げは、短距離走ではなくマラソンである」と述べた。インフレ予想に関する市場データは2014年半ばより低下しており、最近では約1%で安定している。これは、これは望まれた「レジーム・シフト」が依然実現していないことを示している。

本報告書は短期的に、原油及び商品価格の上昇、ラグを伴って現れる最近の円安の影響、そして需給ギャップ(経済の潜在GDPと実際の総産出量の差)の解消など複数の要因が、物価水準の上昇圧力となるだろうと指摘している。労働市場のタイト化が続くことで、好転を始めた 賃金・物価のダイナミクスが加速化する可能性もある。インフレ率は現政策のもと中期的に約1.5%まで徐々に上昇するとIMFは見ている。

以上のことから、日本銀行は、更なる緩和に備えコミュニケーションを強化することで市場に対するガイダンスを強化し、2%のインフレ目標を安定的に達成することをより強調すべきである。

日銀の更なる緩和は、資産の買い入れの拡大とデュレーションの延長という形で行うべきである。同時に、さらなる財政改革および構造改革が、金融政策の負担を減らし、金融の安定性に係るリスクを軽減するためにマクロプルーデンス政策と合わせ引き続き不可欠である。同時にこれは、過度の円安による直接的競争国の損害を回避する上でも有効であろう。

コーチャー氏は「日銀は見通しを支える要素をより明確に説明すべきである」と述べた。同様に、資産買い入れプログラムを調整する必要がある場合や、来るべき転換のための準備の促進を支える上で、追加的措置が必要となる条件を明確に示すことも市場の期待を誘導するにあたり有益だろう。

エバアート氏は「こうしたなかで最近発表された日銀のコミュニケーション枠組みの変更は有意義ではあるが、透明性を高め金融政策の予測可能性を向上させるためには、さらなる作業が必要である」と述べた。