インタビュー・シリーズ「IMFで働く日本人」
世界が舞台、IMFで働こう!
世界190ヶ国が加盟するIMFでは、162ヶ国から集まった約3,100人の職員が多様な業務を行っています。日本人もエコノミストを始めとした様々な職務に就き幅広い分野で活躍しています。新シリーズ「IMFで働く日本人」では、日々奮闘する日本人のインタビューを掲載し、IMFにおける業務の内容、仕事の醍醐味、キャリアパスなど、彼らの生の声をお届けします。
シリーズ第1弾
本田 治朗 財政局財政業務Ⅱ課課長
各国の復興・発展のために尽力することに誇り
Q. まずは、自己紹介をお願いします。また、これまでのキャリアを教えてください。
A. 本田と申します。現在、財政局(FAD:Fiscal Affairs Department)財政業務Ⅱ課の課長を務めています。私のIMFでのキャリアは、2001年にエコノミスト(Fungible Economist)として中途採用されたことから始まりました。それ以前は、日本銀行で働いていました。ある国際会議に出席した際に、偶然隣に座っていたIMF職員との会話がIMFへの応募のきっかけとなりました。IMFでの勤務は、23年近くになります。この間、これまで3つの局で経験を積んできました。最初は、財務局(FIN:Finance Department)に所属し、その後、アフリカ局(AFR:African Department)に移り、そして、現在のFADに異動して8年ほどになります。
Q. FADにおいては、どのような仕事をされていますか。
A. 私が現在所属しているFADでは、財政政策に関わる政策提言、調査・研究、及び技術支援を行っています。私が担当している現在の財政業務Ⅱ課では、20人弱のエコノミストと共に、主に、各カントリーチームへのサポートに加え、財政政策に関わる調査・研究を行うことが主な業務になります。
カントリーチームに対しては、FADの知識に基づいて、カントリーチームが適切な政策提案を行うように、財政政策についての助言を行う役割を担っています。カントリーチームが各国の当局と政策協議を行う際には、事前にIMF内でその政策協議の内容について十分に議論しますが、そうした議論では、例えば、その国の財政政策の立場が正しいか、財政政策の予想が適切かといった点に加え、税制改革や社会保障制度改革などの構造改革についても、具体的なアドバイスを行います。また、私たちの部署のエコノミストは、財政政策の専門家としてカントリーチームに参加しています。
財政政策に関する調査は、広範囲に及びます。基本的には、財政政策についての政策的示唆があり、既存の文献と比較して付加価値があるものが調査の対象となります。こうした調査結果は、政策を考えるための有益な情報として扱われます。また、ワーキングペーパーやその他のペーパーとして公表され、財政政策に関する知識の蓄積に貢献しているはずです。私自身は、例えば、高齢化が財政政策の効果に与える影響、後進国における財政政策の乗数効果、財政政策が女性の労働参加に与える影響などについての調査を行ってきました。
こうした業務に加え、各局と協調して組織横断的に行う仕事もあります。例えば、男女平等促進に向けた政策提言や脆弱で紛争の影響を受けている国への対応など、IMF内の各局がそれぞれの専門知識を持ち寄り、協力して進める仕事です。私は、FADを代表して、ガバナンスについての仕事に関与してきました。各国が有効にガバナンス上の諸課題に対応するために、各局と協議した上で、カントリーチームと協調して進めています。
私がこれまで関わった財政政策に関する調査のペーパーは、例えば、以下のとおりです。
・ Aging Economies May Benefit Less from Fiscal Stimulus
・ Exploring the Output Effect of Fiscal Policy Shocks in Low Income Countries
・ The Role of Structural Fiscal Policy on Female Labor Force Participation in OECD Countries
・ Review of Implementation of The 2018 Framework for Enhanced Fund Engagement on Governance
Q. IMF内部においては、どのような異動があり、どのようにキャリアパスが決まって いきますか。
A. IMFには、各加盟国をそれぞれ担当する「地域」局(例えば、アジア太平洋局、アフリカ局など)の他に、マクロ経済政策を機能別に分け、それぞれを担当する所謂「機能」局(例えば、財政局、金融資本市場局)があります。
IMFのエコノミスト(とりわけFungible Economist)は、複数の局でエコノミストとしての経験を積み、キャリアアップを目指します。一つの局に長く留まることなく、一定期間を過ぎると次の局に異動することになります。こうしたIMF内部での人事異動は、基本的に各エコノミストが自主的に行うことになっており、この点は、日本の一般的な企業とは異なります。人員が不足した部署は、人材を募集し、当該部署に興味のあるエコノミストが各自応募していく形です。空きポストに応募した場合、採用に至る前に、インタビューを受けることになります。自分が就きたいポストに応募できますが、当然のことながら、うまく採用されることもあれば、うまく採用されないこともあります。うまくいかなかった場合には、現在のポストに留まり、次の機会を待つことになります。
Q. IMFでの仕事について、日々、どのようなことを感じていますか。
A. 多種多様な業務があり、それぞれの業務で国籍や文化的背景が異なるスタッフと共に仕事を進めていますが、コミュニケーションの重要性を強く感じています。英語を母国語としないスタッフも多く(私自身も含めて)、その中で誤解を生じさせないように、簡潔かつ的確なコミュニケーションを行うことに特に注意を払っています。また、IMFでは、個々が単独で行う仕事は殆どなく、大部分はチームによる仕事です。特定の仕事をチームで効率的に進めていくには、競争的ではなく協力的なチームワークが求められます。そのためにも、全員が一体となって円滑なコミュニケーションを取っていく大切さを感じています。
また、多くのIMFのエコノミストと同様に、私も各国の復興・発展のために尽力することに誇りを感じています。IMFでの仕事の魅力は、各国の政策に関与し、その結果が具体的な成果に結びついたときに感じる達成感です。また、共通の目標に向かって信頼できる仲間と仕事をする楽しさもあります。これまで、すべてが楽しい経験だったわけではありませんが、充実感を感じながら、様々な刺激的な経験をしています。
Q. IMFの仕事では、どのような時に、達成感がありますか。
A. IMFでの仕事の一つの魅力は、政策に関与することです。サーベイランス、プログラム、そして技術支援を通じて、各国の状況に応じた経済政策のアドバイスを行います。理論、分析、そしてこれまでの経験に基づいて、どのような政策を実施するかという経済学の実践的な側面に関与することが醍醐味です。そして、アドバイスに従って政策が実施され、それが目に見える結果につながったときに達成感を感じるような気がします。特に、カントリーチームは、経済政策の計画段階から、各国の当局と直接対話します。ミッションチーフ(カントリーチームのリーダー)としての仕事は困難も多いですが、その一方で、大きな達成感を感じる瞬間もあります。
Q. IMFのミッションチーフは、具体的に、どのような役割を担うのでしょうか。
A. 私は、いくつかのアフリカの国々のミッションチーフを務めてきました。ミッションチーフは、カントリーチームを統括し、IMFを代表して当該国の当局と協議します。また、IMF内の他局との話し合いや他の国際機関等との調整など、当該国に関する広範な業務を担当し、IMF理事会への報告などの役割も担うことになります。いくつかの国のミッションチーフを経験した中で、特に、レソト(南部アフリカの国)のミッションチーフとして、大きな達成感を感じたのを覚えています。その当時、レソトは、3年間にわたるIMFのプログラム融資を受けていました。年に2回、同国を訪れ、当局と面談し、厳しい議論を交わしながら、政策の実施状況を審査しました(その審査結果は理事会に報告され、同理事会の承認の下、IMFによる融資が実行されました)。この期間中、レソトを訪問する度に、当局関係者との面談を行いましたが、年次総会や春の総会の際には、レソト当局がワシントンDCを訪れ、カントリーチームと対話を行いました。こうした頻繁な交流を通じて、相互理解を深め、財務大臣や中央銀行総裁との信頼関係の構築につながっていきました。
このプログラムは成功裏に終了し、経済の安定化、構造改革の進展などの成果を達成しました。勿論、プログラムの成功は、当局側の多大な努力とカントリーチームのメンバーの貢献があったからです。そして、このプログラムが終了した際には、カントリーチームのメンバー全員が招待され、プログラムの成功を祝うパーティーが開催されました。財務大臣や中央銀行総裁をはじめとする多くの政府関係者が出席しましたが、当局とカントリーチームのメンバーはお互いに成果と貢献を称え合い、とても楽しそうでした。私は、何よりも、このプログラムに関与した、多くの人々が集まり、一緒に喜び、称賛する瞬間に、大きな達成感を感じました。
Q. 経済政策に限らず、紛争の影響を受けた国では、汚職など、様々な問題があると思いますが、どのように対峙していくのでしょか。
A. 途上国の仕事に携わると、経済政策を超えて、汚職が発展を妨げているケースに遭遇することがあります。汚職は許されない問題ですが、必ずしも明確な証拠が見つかるわけではなく、対応は非常に困難です。一方、対応を怠ると、経済政策の効果が低減し、経済発展が妨げられ、国民生活に大きな影響を及ぼすことになります。IMFのカントリーチームは、汚職が明らかになった場合には、断固として対応することが求められます。
私が以前担当していたA国は、まさにそのようなケースでした。同国は紛争直後で、現地の生活環境は劣悪だったため、私を含め、カントリーチームのメンバー全員が、できるだけ早く経済復興を実現させたいと願っていたと思います。そのような状況下で、同国の中央銀行において不正取引が行われていることが発覚しました。当局との協議の結果、その取引は取り消され、他の国際機関と協力して、広範囲にわたり、同国のガバナンスを強化するプログラムを実施することになりました。このプログラムの下で、同国のガバナンス体制は、大幅に強化され、目に見える成果となった時は、とても嬉しかったことを覚えています。
安東 宇 調査局エコノミスト
知的好奇心を満たし、政策提言を通して一国の経済運営にも寄与
Q. まずは、自己紹介とこれまでのキャリアを簡単に教えてください。
A. 2006年に京都大学総合人間学部に入学した当初は、漠然と国際機関に興味を持っている程度でした。その頃、世界金融危機でIMFの名前を頻繁に聞くうちに、目指すキャリアパスの解像度が上がり、2010年に京都大学経済学研究科、2012年には給付型のJapan-IMF奨学金(JISP:Japan-IMF Scholarship Program)を頂きながら、米国コロンビア大学博士課程に進学しました。2018年にIMFの新卒採用であるエコノミスト・プログラム(EP)で採用され、統計局、欧州局、調査局と経験してきました。
日本国内のニュースでIMFを耳にするのは、経済危機と世界経済の予測が発表された時くらいだと思いますが、IMFの業務には、国際収支ニーズが発生した国への融資、経済状況を監視するためのサーベイランス、政策能力向上のための能力開発等があり、IMFの公式ホームページでは、より詳細な情報が得られます。本日は、将来IMFをキャリアとして考えている方向けに、公式な情報を補完するものとして、IMFならではの業務という観点から、私自身の経験をお話ししたいと思います。
※ IMFの業務に関しては、以下のウェブサイトをご覧ください。
・ IMFとは?
Q. 現在の調査局でのリサーチとは、どのようなものでしょうか。また、アカデミックなリサーチとは、何が違うのでしょうか。
A. 現在は、調査局の政府債務や資本フローを担当する課でエコノミストをしており、業務の一つとして世界経済見通しや学術雑誌に掲載するためのリサーチをしています。アカデミックな経済学者と比べて、用いる経済データや手法は共通で、外部の報告者によるセミナーや研究費があるのも似ていますが、政策を扱う組織であることに起因する相違点が2つあると感じています。
一つは、IMFで扱う問題の広さです。どうすれば政府債務のGDP比率を削減できるか、どのような時に為替介入が望ましいか、といったテーマについて、現在所属している課で扱っています。また、単発のプロジェクトとして、気候変動向け政府債券の市場を調べたり、国際金融セーフティーネットの改革や新興国における経済のドル化等、それまでは考えたことがないテーマがトップダウンで提案されることもあります。個人的には、経済予測に関心があり、IMFや政策機関で広く用いられているマクロフレームワークを系統立てて予測する手法を研究しています。このように政策的に重要なトピックであれば何でも担当する可能性があるため、世界経済の変化や有識者の関心に興味があり、新しいことを学ぶのが好きな人には飽きない環境だと思います。
もう一つは、問題に対する回答に政策的含意や有用性が求められることです。学生の頃は、綺麗に解ける経済モデルや不思議な経済現象を鑑賞するタイプの論文も読んでいましたが、IMFに入ってからは、それを前提にした上で、政策の余地はあるか、実務的にどう役に立つか、といった視点で考えるようになりました。組織としても政策的なメッセージを重要視しており、出版前に何層ものレビュープロセスをはさむことでクオリティーをコントロールしています。このような政策的に有用な刊行物には世界中の政策立案者が目を通すため、政策を通してインパクトを与えたい人には理想的な機会だと思います。
※ 政府債務の削減に関しては、「世界経済見通し(WEO:World Economic Outlook)2023年4月」のChapter3をご覧ください。
・ World Economic Outlook, April 2023: A Rocky Recovery
Q. 次に、欧州局やアジア太平洋地域局でのミッションは、どのような仕事でしょうか。ミッションの中では、どのような経験をすることになるのでしょうか。
A. 調査局に移る前には、欧州局でエストニアとラトビアを担当し、オランダやマカオチームにも単発的に参加しました。カントリーチームの業務としては、一国経済の定期健診にあたる4条協議のスタッフレポートの執筆に携わりました。数か月の分析期間をかけて準備した原稿を元に、2~3週間のミッションで関係者と協議し、修正したスタッフレポートを理事会に提出するという手順になりますが、醍醐味は実際に当事者と話せるところにあり、財務省や中央銀行といった省庁の他にも主要産業や各種経済団体と協議することで、データの背後にあるストーリーが学べます。
例えば、マカオミッションに参加したときには、主要省庁、主要産業であるカジノや不動産大手の経営陣、マカオ経済のレポートを定期的に出している香港のアナリスト等と協議しました。そこで得られた情報は、マクロ経済指標の変動を説明するストーリーとしてスタッフレポートに記載されたり、マカオ経済の予測として世界経済見通しのデーターベースに反映されます。カジノ一つをとっても、一国経済への影響という観点から見るため、観光客として訪れるのとは違った面白さがあります。
ラトビアミッションの際には、資金洗浄およびテロ資金供与に関する取り組みが重要なトピックであったため、管轄省庁、以前に問題が指摘された銀行、問題を指摘した米国財務省等との協議に多くの時間を割きました。資金洗浄の手口や銀行の対策、国家としての規制を当事者から聞くことで、教科書や論文には書かれないストーリーが聴けました。
このように、担当国によって重要なトピックは異なるため、190ヶ国が参加するIMFでは様々な問題を学ぶ機会があります。新たな問題を知ることでエコノミストとしての知的好奇心が満たされるだけでなく、分析した結果を当局者と議論する機会があり、政策提言を通して担当国の経済運営に寄与できるという点でやりがいの大きい職場だと思います。
※ ラトビア・マカオのミッションに関しては、以下をご覧ください。
・ Republic of Latvia: 2021 Article IV Consultation-Press Release; Staff Report; and Statement by the Executive Director for the Republic of Latvia
・ People’s Republic of China—Macao Special Administrative Region: 2019 Article IV Consultation Discussions-Press Release; Staff Report; and Statement by the Executive Director for Macao SAR
Q. 統計局でも、EPで働かれたと聞いていますが、どのようなトレーニングを受け、何が学べるのでしょうか。
A. 欧州局の前は、統計局で国際収支統計を担当する部署を経験しました。統計局には、マクロ経済統計を構成する実体経済・財政・金融・国際収支の4セクターすべてのエキスパートが勤務しており、私が配属された課は、国際収支統計のマニュアルの執筆を担当する部署でした。
業務としては、統計局が集めているデータを用いた分析や新たなデータベースの構築に携わりました。簡単なマニュアルの作成から、統計を作成する各国の担当者への研修や対応、統計データを外部と共有するITシステムの構築等、経済統計に関わる様々なプロセスを垣間見ました。IMFが執筆したマニュアルを元に、各国が統計を作成し、集計されたデータがIMFのウェブサイトで公開される流れを見ると、IMFが経済データの分野で重要な役割を担っていることが分かります。
新卒採用後初の配属でしたが、特にエコノミストとして成長できたと思ったのが研修でした。統計局が行う能力開発業務として、IMFスタッフ向けの内部研修のほか、各国の統計担当者をワシントンDCに招待して一つのトピックを2~3週間程かけて掘り下げる外部研修も、多数開催されています。外部向けの研修にも足を運び、教材片手に通訳室で聴講させてもらうことで、各種マクロ経済統計の基礎を学びました。
これらの過程で、膨大な数のデータベースを扱うスキルが身に付き、その後の業務が大幅に効率化されたと実感しています。今考えると、学生の頃は統計ソフトを使って大量のデータを分析するスキルは学びましたが、異なるデータベースの関係やメタデータの読み方について学んだことがなかったため、データベースの違いや数字の具体的な意味、作られた方法等が不安なままデータを扱っていたと思います。いつでもエキスパートに質問でき、体系的に学ぶ機会も多くあるため、マクロ経済を分析するデータサイエンティストに魅力を感じる方には、絶好の学びの場になると思います。
Q. IMFでのキャリアを考えている方へ、メッセージがあれば、宜しくお願いします。
A. すでに経済学の博士号を持っていて、経済政策に興味がある方は、ぜひご応募ください。具体的な進路が未定でも、IMFでのキャリアに興味がある学生の方は、博士課程に進学する際に、JISPに応募すると、給付型の奨学金と同時にIMFでのインターンもついてきますので、必要な資金と情報を集めるための手段としてご活用頂ければと思います。
※ JISPに関しては、IMFのウェブページをご覧ください。
・ JAPAN-IMFスカラシップ・プログラム(Japan-IMF奨学金)とは
武部 美佐 戦略政策審査局シニアエコノミスト
国際通貨制度の安定性確保に直接携われることは、貴重な経験
Q. まずは、自己紹介をお願いします。
A. 私は、日本の大学で経済学の学士号を取得後、資産運用会社に5年間、エコノミスト、ストラテジストとして勤務しました。その後、英国の大学で金融学の修士号を取得し、米国の大学での経済学の博士課程を経て、ミッドキャリアプログラム(職務経験者向けの中途採用)でIMFに就職しました。IMFでは、独立評価機関、アフリカ局を経て、現在は、戦略政策審査局(SPR:Strategy, Policy and Review Department)に勤務しています。IMFに就職した後に、香港の中央銀行にあたるHong Kong Monetary Authorityと、日本の財務省への出向も経験しています。
Q. IMFを志望された動機は、何でしょうか。
A. 大学卒業後、金融市場で働いていた私は、国際金融市場の優秀な実務家エコノミストの多くが、IMFや世界銀行の出身者であることを知りました。そのため、一流の実務家エコノミストとして活躍するためには、IMFや世界銀行の経験が必要なのではないかと思ったのがきっかけです。調べていくうちに、IMFの職員が非常に高い専門性(特にマクロ経済学)を持っていること、ほぼ全世界の国が加盟国であるため、国際的かつ横断的な政策課題に取り組んでいること、また金融市場や政策当局の出身者も多く、深い実務的な知見があることを知り、IMFへの就職を志望するようになりました。
Q. IMFの職務において必要となるスキルや経験は、どのようなものでしょうか。A. IMFのエコノミストとしての業務には、大きく分けると、加盟国の経済政策全般に関する業務と、金融政策、財政政策、金融監督政策等を専門的に担当する業務があります。どちらの業務でも、マクロ経済学の理論と経済政策全般、定量分析に精通していることが求められます。また、IMFでは、英語が標準語ですので、理事会に提出する報告書等を簡潔かつ明瞭に英語で書く力が要求されます。そして、業務上、様々な国の人々と働くことになるため、そうした環境の中でも働ける柔軟性も必要となると思います。
Q. IMFのSPRは、IMFの戦略を決めていく中核となる部局の1つですが、どのような仕事をされているのでしょうか。
A. 現在、私が所属しているIMFのSPRは、その名の通り、IMFの戦略的な方向性に関する業務 (Strategy)、その方向性に基づいたIMFの政策方針の設計 (Policy)、そして実行、評価 (Review) を担当する部署です。私が所属する戦略室(Strategy Unit)は、戦略立案の部分を担当しており、IMFとその加盟国が今後進めていくべき様々な政策を提案する「グローバル政策アジェンダ」の作成、IMF国際通貨金融委員会(IMFC:International Monetary and Financial Committee)やG7、G20との戦略的な連携、特別引出権(SDR:Special Drawing Rights)やクォータを含めた国際通貨システムに関する分析等を行っています。
また、SPRのエコノミストは、所属する課の業務以外に、IMFから融資を受けている国の担当も受け持ちます。この業務では、地域局の各国チームに所属し、IMFの政策方針と齟齬はないかなどを含めて、地域局と戦略政策審査局との連携の役割を担います。私の場合、SPRのエコノミストとして、スリランカの拡大信用供与プログラム(EFF:Extended Fund Facility)とメキシコの柔軟与信枠(FCL:FLEXIBLE CREDIT LINE)を担当しました。
※ グローバル政策アジェンダ、IMFC、SDR、クォータ、EFF、FCLに関しては、IMFのウェブサイトをご覧ください。
・ Managing Director's Global Policy Agenda List
・ 委員会、グループ、クラブに関するガイド
・ 特別引出権(SDR)
・ IMF クォータ
・ The Extended Fund Facility (EFF)
・ 柔軟与信枠(FCL)
Q. その中で、印象に残っている業務は、どのような業務でしょうか。
A. 2021年に行われたIMF史上最大規模の6,500億ドル相当のSDRの一般配分にテクニカル・チームのリーダーとして貢献したことが、今までで一番印象に残った業務です。
SDRは、各国の通貨が金の価格に連動していた1969年に、補完的な国際準備資産として創設され、保有国が必要に応じて国際準備通貨と交換できる資産です。SDRの一般配分は、過去に4度行われており、直近の2021年の一般配分は、コロナ渦に見舞われた世界経済システムに追加的な流動性を供給し、各国の外貨準備を補充することを目的として行われました。また、対外ポジションが強固な国は、自国に配分されたSDRの一部を低所得国向けの「貧困削減・成長トラスト(PRGT:Poverty Reduction and Growth Trust)」や新設された「強靭性・持続可能性トラスト(RST:Resilience and Sustainability Trust)」などに振り分けることが推奨され、これまでに、1000億ドル程度のSDRが振り分けられました。こうして、IMFの一番重要な役割である国際通貨制度の安定性の確保に直接携われたことは、IMFの職員として大変貴重な機会だったと思います。
※ SDRの一般配分、PRGT、RST、SDRの振り分けに関しては、以下のウェブサイトをご覧ください。
・ IMF総務会、6,500億ドル規模という特別引出権の歴史的な配分を承認
・ Poverty Reduction and Growth Trust (PRGT)
・ IMF Resilience and Sustainability Trust
・ How Channeling SDRs is Supporting Vulnerable Economies
Q. IMFでのキャリアの中では、IMFの本部以外において、勤務することはあるのでしょうか。また、出向・休職もできるのでしょうか。日本の財務省でも、働かれた経験があると聞いていますが、どうでしたか。
A. IMF職員の大半は、米ワシントンDCにある本部で勤務していますが、本部以外にも世界17ヶ所に置かれた地域能力開発センターや、東京、パリ、ジュネーブ、ニューヨークなどの地域事務所や他の国際機関との連携事務所、約100ヶ国に置かれている駐在代表事務所でも働くこともできます。また、休職・出向制度等を活用して、IMFに在籍しながら、IMFの外の機関で働くこともできます。私の場合、そうした制度を使って、香港の中央銀行にあたるHong Kong Monetary Authorityの調査局にて、4年弱、日本の財務省の国際局にて2年ほど働きました。
特に、日本の財務省では、G7・G20財務トラックの政策企画事務局に所属し、日本議長国の企画、運営に携わる機会を得ることができました。世界経済・政治が揺れ動く中、1986年に設立されたG7と1999年に設立されたG20は、それぞれの役割が大きく変化しており、そうした中で、日本が議長国として何を世界に提議し、まとめていくかといった議論に参加することができたことは、大変光栄でした。また、これまでのIMFでの仕事に比べると、非常に政治的な意味合いも大きく、エコノミストとして、一回り大きく成長する機会であったと思います。
※ 地域能力開発センター、駐在代表事務所に関しては、IMFのウェブサイトをご覧ください。
・ Regional Technical Assistance Centers: IMF Key Issues
・ IMF Resident Representative Offices
Q. 少し話題は逸れますが、ワシントンDCでの生活も、教えてもらえないでしょうか。
A. ワシントンDCには、近現代史を彩る様々な歴史的建造物や多くの博物館、美術館があります。また、世界の政治、外交の中心地ともいえるワシントンDCでは、政治、外交、経済に関する様々な研究機関がそろっており、毎日のように多彩なセミナーが開かれています。一方、地下鉄、車で30分も走れば、緑あふれる地域が広がっており、ニューヨークなどの世界的な大都市に比べれば、通勤時間も比較的短く、閑静な住宅街で暮らすことができるのも、ワシントンDCの魅力の一つと言えると思います。
Q. 最後に、IMFへの就職を考えている方へのメッセージがあれば、宜しくお願いします。
A. マクロ経済や国際金融を専門とするエコノミストを将来の職業と考えている方には、ぜひIMFを選択肢に加えて下さい。IMFそのものが、マクロエコノミストの専門家集団であることに加え、各国の実務家や研究者が、セミナーなどで頻繁にIMFを訪れたり、IMFと共同研究を行ったりしており、IMFでの業務を通じて、世界第一線の非常に活発な政策議論、政策提言、研究に様々な形で関わることができます。
中谷 恵一 西半球局シニアエコノミスト
コロナ禍で重要な政策を矢継ぎ早やに打ち出す国際社会の力に感銘
Q. まずは、自己紹介も兼ねて、IMFで、どのような仕事をされてきたのか、戦略政策審査局(SPR:Strategy, Policy and Review Department)における債務問題への対応から振り返って、教えて頂けないでしょうか。
A. 西半球局(WHD:Western Hemisphere Department)の中谷恵一と申します。WHDは、地域局の一つで、メンバー国のうち北中南米の国々を担当するカントリーチームが置かれており、西半球に位置する国・地域を担当しています。現在は、その中で、バルバドスというカリブ海の国の担当エコノミストをしています。
私は、2010年にIMFに入社してから、長らくSPRというIMFの政策全般を策定する局において、公的債務関連の政策を考案する仕事に従事してきました。
G20など国際的な経済課題についての議論の場において、低中所得国の公的債務の透明性強化や持続可能性を巡る議論は、常に最重要課題の一つです。SPRでは、IMFの債務関連政策を考案するとともに、G20を中心とした国際的な議論に触れ、公的債務のモニタリング強化のための枠組みの整備に関わりました。これらは、国際社会の課題設定や問題解決のプロセスについて理解する貴重な機会でした。
2010年代初頭、多くの低所得国では、重債務貧困国(HIPC:Heavily Indebted Poor Countries)イニシアチブという包括的な債務削減が完了し、公的債務が比較的低水準にありました。低水準の債務は、これらの国々にとっては、新しく生み出された「借入余力」にもなっていました。他方、そこにはインフラ整備や教育・保険衛生分野等の開発ニーズに関連した膨大な資金需要がありました。大規模な債務削減の後で、日米欧などの伝統的な債権国が新規融資に慎重な姿勢を見せる中、こうした資金需要に対応したのが、中国やアラブ諸国等の新興の国々と民間の金融機関や投資家たちでした。しかし、多様な資金拠出者から、多様な借入様式(天然資源収入を担保にした借入やユーロボンド等)による債務の借入が増加したことで、こうした国々の債務水準は、2010年代後半には、HIPCイニシアチブ以前の水準に肉薄し、債務状況の実態が掴みにくくなっていたのです。
COVID-19危機は、そうした中で勃発し、債務状況を世界的に悪化させました。俄かに発生した保健衛生上の資金ニーズに対応しつつ、債務持続可能性を維持するために、G20 とIMF/世界銀行の主導で、債務を一時的に猶予する「債務支払猶予イニシアティブ(DSSI:Debt Service Suspension Initiative)」や債務再編の枠組みが提案されました。コロナ禍で目まぐるしく変化する経済・社会情勢を受けた危機対応の実務は、ハードシップの高いものでしたが、こうした重要な政策を矢継ぎ早やに打ち出す国際社会の姿に感銘を受けたことを覚えています。
SPRで手掛けた具体的なプロジェクトの中で思い出深い仕事に、低所得国向け債務持続可能性分析(DSA:Debt Sustainability Analysis)の作成があります。DSAは、IMFのフラッグシップの分析ツールの一つです。これは、今後予想される経済政策やマクロ経済見通しを前提とした場合に、メンバー国が投資等の必要な支出を賄いつつ、債務返済を続けて行くことができるかどうかを評価するためのツールです。私は、低所得国用に広く利用されているDSAの作成に関わり、分析用のツールキットや運用ルールを定めるチームの主担当を任されることになりました。低所得国向けDSAは、IMFプログラムの設計や、世銀やアジア開発銀行など開発金融機関の支援方針に大きく影響するツールであるため、公正かつ、効果的に機能するツールとルールを整備する必要があります。当時は、責任の重さに圧し潰されそうにもなりましたが、あの時の経験が自分を大きく成長させ、世界的な人材と伍していく覚悟を形成してくれたような気がしています。
その後、2020年に、WHDに異動して、バルバドスという国とIMFとの窓口となり、マクロ経済状況を確認しつつ、経済政策についての相談を受けたり、マクロ分析を実施しています。バルバドスは、人口約30万人程度のカリブ海の小国で、気候変動の影響を著しく受ける島嶼国経済です。2018年に就任したミア・モトリー首相は、就任するやいなや、抜本的な債務再編を含むマクロ経済安定化・成長促進のプログラムを打ち出し、同時にIMF支援プログラムを要請しました。債務再編や構造改革の甲斐があって、COVID-19危機も見事に切り抜け、今は後継のIMFプログラムの下で、さらに構造改革を進めています。バルバドスの場合、マクロ構造改革政策の大きな柱は、当然に気候変動対策への取り組みです。国内でのリーダーシップに加え、同首相は世界の気候変動対策への取組みにおけるオピニオンリーダーとして、世界の首脳たちと共同で多くのイニシアチブを打ち出しています。IMFは、2022年から、気候変動対策などを目的に、強靭性・持続可能性ファシリティー(RSF:Resilience and Sustainability Facility)という新しいプログラムを運用しています。バルバドスは、RSFについての最初のプログラム合意国となりました。世界的なオピニオンリーダーが世界的な議論をけん引する姿を近くで眺め、そのお手伝いに関わることができたことは、かけがえのない経験です。
※ DSSI、債務問題、債務持続可能性枠組み(DSF:Debt Sustainability Framework)、バルバドス、RSFに関しては、IMF、世銀のウェブサイトをご覧ください。
・ Debt Service Suspension Initiative
・ The Debt Sustainability Framework for Low-income Countries -- Introduction
・ Questions and Answers on Sovereign Debt Issues
・ Barbados and the IMF
・ The Resilience and Sustainability Facility (RSF)
Q. IMFでの勤務を希望されるに至った経緯について、教えて頂けないでしょうか。また、IMFで働くために必要な準備とは、どのようなものでしょうか。
A. 私は、日本で大学を卒業後、国際協力銀行(JBIC:Japan Bank for International Cooperation)という日本の政府系金融機関で勤務していました。JBICでは、融資先国のマクロ経済状況やクレジットリスクを評価するエコノミストの業務や、プロジェクトファイナンスの業務に従事することが多かったです。さらに、日米欧などの伝統的な主要債権国が保有する新興・途上国向けの債務について、返済条件の再編や、債務削減を協議する場であるパリクラブという債権国会議の実務にも従事していました。
私のようにミッドキャリア(職務経験者向けの中途採用)でIMFに入社する場合、その道筋は多種多様です。私のケースでは、2010年にJBICからIMFに出向の機会を頂いたことが、現在に至るIMFでのキャリアに繋がっています。3年間の出向の後、暫く日本に帰国していましたが、ご縁があって2014年に本格的にIMFに移籍しました。IMF出向中は、自身がそれまでのキャリアで得た国際的なプロジェクト融資や債務再編に関する知見や経験をできる限り活かすことで、付加価値を生み出しつつ、IMFの政策や分析の枠組みについての理解と、英語力の涵養に努めました。IMF移籍に当たっては、こうした実務的な知見と、段取りや丁寧な調整、熱心な自己学習の姿勢などが評価されたのではないかと考えています。
IMFの共通言語は、経済学です。必ずしも経済学の博士号がないと業務において太刀打ちできないということはありません。しかし、一通りの経済分析や理論、経済勘定や統計の考え方について理解していて、そうしたものを使って議論する力は最低限必要となります。IMFは、経済研究そのものを目的としている機関ではありませんが、各種の経済問題について、経済理論や実証を用いて分析し、説得力のある政策を提案することも求められます。また、政策を検討する際には、各種マクロ政策についてIMF的な思想や考え方があるので、世界経済見通し(WEO:World Economic Outlook)をはじめとするIMFの各種の発信を通じて、それらをよく理解していることが望まれます。
一方、IMFでは、担当国の財務大臣や中銀総裁、政府の高官と政策について協議・調整の上、合意された政策を経済状況の推移に合わせて遂行していく必要があります。世界では、地政学的な対立や分断が進み、国際協調や多国間主義が重要な岐路を迎えています。対立の時代には、合意形成がより難しくなり、相手の言い分を理解しつつ、議論を尽くして、自分の考えを説得力をもって伝える力が必要とされます。このため、コミュニケーションや調整能力、所謂「落としどころ」を探るといった能力が、以前にもまして重要な素養となります。外国語のコミュニケーションは、私を含め帰国子女でない日本人にとっては、不利となるケースが多いですが、きちんと段取りを考えて成果を纏めたり、相手の主張に配慮しながら合意形成を行うというような点については、日本人が得意なことも多い気がしています。
実際に、IMFでは、その時々の世界経済や担当国の重要課題について、適切なマクロ経済分析の手法を用いて分析の上、政策的処方箋を描く能力、その一方で、IMFプログラムなどの実務を円滑に実施するための実務・調整能力を、バランスよく兼ね揃えている人が活躍されている気がします。
※ WEOに関しては、IMFのウェブサイトをご覧ください。
・ World Economic Outlook
A. 世界経済の潮流における中心的な場所で、経済課題について考えて、世界の政治的リーダーやオピニオンリーダー、政府の方々と議論し、政策提言ができる機会はなかなかありません。有能なエコノミストが世界から集い、切磋琢磨する経験は、相応にチャレンジングですが、とてつもない成長の機会を提供してくれます。私も、IMFへの挑戦にあたって、十分な自信があった訳ではありません。おそらく、多くの同僚たちもそうだったのではないかと思います。少し背伸びして、Learning by doingを覚悟して思い切って飛び込んでみては如何でしょう。自己の成長にコミットして、強い仲間たちと切磋琢磨していれば、きっと数年後には自分が踏んだ大きなステップに驚かされることになると思います。国際金融やマクロ経済分析の分野でキャリアを積みたいと思っている方々には、ぜひ挑戦して頂いて、世界的な舞台で、ご自身の潜在力を解放して頂きたいと存じます。地政学的な対立が深まり、不確実性が高まるこの世界にあって、そうした日本人の方々が増えることは、世界と日本の両方にとって、とても意義があることだと思います。
グリフィン 尚美 金融資本市場局マクロ金融政策監視レビュー課課長
一見遠回りでも様々な経歴がIMFという特殊な国際機関の職務に役立つ
Q. まずは、自己紹介と、これまでのキャリアを教えて頂けないでしょうか。
A. 私は、IMFの金融資本市場局(MCM:Monetary and Capital Markets Department)、マクロ金融政策監視レビュー課の課長を務めています。IMFには、2011年に、ミッドキャリア(職務経験者向けの中途採用)のエコノミストとして入社しましたが、2004年にも、調査局(RES:Research Department)でリサーチアシスタントを務めた経歴があります。MCMに所属する以前は、西半球局(WHD:Western Hemisphere Department)で、アルゼンチンやコロンビアなどの国を担当していました。IMFに入社する2011年以前は、米議会予算局(CBO:Congressional Budget Office)のマクロ経済分析課でエコノミストを務めていました。2005年にメリーランド大学カレッジパーク校で経済学博士号、2000年にジョンズ・ホプキンズ大学の高等国際関係大学院(SAIS:Paul H. Nitze School of Advanced International Studies)で国際関係学の修士号、1997年に立命館大学の英米文学の学士号を取得しています。
Q. MCMにおいて、マクロ金融政策の政策提言等を担当されていますが、現在の仕事の内容を、教えて頂けないでしょうか。
A. マクロ金融政策監視レビュー課の主な仕事は、IMFの4条協議や金融支援に関わる報告書のレビューを通じて、金融セクターに関するIMFの政策アドバイスの質を保つこと、また、各国チームのマクロ金融に関する分析の質の向上をサポートすることなどです。IMFは、サーベイランス(政策監視)という制度を通じて、国際通貨・金融制度の安定を維持し、危機を防ぎます。各国チームは、当局と政策対話する前に、まずは様々な政策案をまとめたポリシー・ノートと呼ばれる報告書について、組織内のレビューに提出しなければなりません。レビューを求められた局は、関連する分野の政策案、それに辿り着いた分析等を吟味してコメントを提出し、政策会合に出席して討論に参加します。各局チームは、その討論の結果に基づいて政策案を調整し、政策会合で話し合った内容の要約と共に、報告書を専務理事・副専務理事に提出します。専務理事・副専務理事が、その報告書をクリアした後、各国チームは、当局との政策対話を始めることができます。IMFの組織内のレビュープロセスは、その政策アドバイスの質の高さと誠実さを維持する重要な役割を担っています。それ以外にも、私の課に所属するエコノミスト達は、各国チームが政策監視に使用できるマクロ金融ツールの開発や維持に関わる仕事をしています。例えば、現在の金融情勢を基に将来の実質GDP成長率のテールリスクを計測するGrowth-at-Riskと呼ばれるツール、金融・信用サイクルを計測するツール、開発国の政策監視に使われる金融包摂の度合いを推定するツール、銀行とその本国の政府の間の関係の強さを指標するツール等があります。
※ IMFの 4 条協議に基づくサーベイランスに関するガイダンスノートはIMFのウェブサイトをご覧ください。
・Guidance Note for Surveillance Under Article IV Consultations
Q. これまでのキャリアパス について、教えて頂けないでしょうか。
A. マクロ金融に対する私の関心は、2007 年から 2008 年にかけての世界金融危機(Global Financial Crisis)の時期に CBOでエコノミストとして働いていた時に始まりました。当時、私は、 CBO で米国のマクロ経済を予測するチームに所属し、主に住宅と労働市場の分析を担当していました。また、CBOが年に2回出版する「経済・予算見通し」報告書の主執筆者の 1人でありました。世界金融危機を通じて、当時の経済予測モデルが、住宅価格の急落が労働市場に与える影響や、景気後退・債務不履行の上昇による信用引き締めが実質経済に波及するメカニズムを欠いているということを実感しました。その経験により、マクロ金融の連動性を理解する重要性を学び、この分野に大変興味を持つようになりました。
Q. これまでのIMFでの仕事の中で、金融分野では、どのような仕事をされているのでしょうか。
A. IMFに入社してからは、様々な金融セクター評価プログラム(FSAP:Financial Sector Assessment Program)に参加しました。FSAPは、将来のリスクを考慮に入れて行う大変包括的なプログラムであり、当局の取組みを補完し、将来の金融危機を防ぐ目的があることから、高く評価されています。2017年には、中国のFSAPチームに参加し、システミックリスク分析、銀行のストレス・テスト等を担当しました。特に、建設業や不動産業などへの融資の過熱、理財商品等の急速な拡大による監視の複雑性、政府の暗黙の保証によるリスクの過小評価とその影響等が評価の焦点となりました。最近は、オランダのFSAPをミッションチーフとして引率しました。気候変動による洪水の強度・頻度の増加が金融セクターへ及ぼす影響の分析、また、気候変動に関わるリスクの規制を基にした金融システムの監督の体制が評価の焦点の一つとなりました。
また、発展途上国の金融セクターに関しては、各国当局の能力開発を目的とした様々なプロジェクトも引率しました。その中でも印象に残っているのは、2017年から2020年にかけて担当させて頂いたミャンマーとカンボジアの中央銀行の能力開発のプロジェクトです。途上国では、非常に限られた能力と人材により金融・為替政策のオペレーションや銀行の監督が担われています。能力開発プロジェクトに携わったことで、データやモデルでは学べない、現場での様々な厳しい課題を学ぶことができました。また、長期にかけて日本政府がアジアなどの途上国に融資してきた能力開発プログラムの成果も目にすることができました。
※ FSAP、MCMの能力開発プロジェクトに関しては、IMFのウェブサイトをご覧ください。
・Financial Sector Assessment Program
・People’s Republic of China: Financial System Stability Assessment
・Kingdom of the Netherlands: Financial System Stability Assessment
・MCM Technical Assistance Annual Reports
Q. IMFを志望された動機と併せて、IMFで働くために、職務や大学において、どのような準備をされてきたのでしょうか。
A. 大学時代は、経済学とは程遠い分野を専門としていました。大学時代の恩師が京都被爆者の会の会長であったこともあり、被爆者のドキュメンタリーの制作に関わった経験から、何らかの形で各国間での協力と国際秩序の安定に貢献できる仕事に就きたいと願うようになりました。その後、国際関係という分野に惹かれ、ワシントンDCにあるジョンズホプキンズ大学のSAISの学士課程で、国際経済と南米研究を専攻しました。やはり、ワシントンDCという土地がらもあり、世界銀行やIMFという国際機関を大変身近に感じるようになりました。また、SAISで国際経済学を教えていた教授に経済学の博士課程に進んではどうかと勧められ、その後、ワシントンDC郊外のメリーランド大学の博士課程に進みました。その最中に、IMFのRESでリサーチアシスタントをする機会もあり、ますますIMFという組織に興味を持つようになりました。しかし、正社員として入社するのは、その後、CBOで6年間仕事をした後となります。
私が辿った経歴は、一見遠回りのように感じられるかもしれません。しかし、英米文学を含む人文科学、英語以外の語学(スペイン語やフランス語)、国際関係学、政治経済学、マクロ経済や労働経済学等、様々な分野の専門分野を勉強、研究したことが、現在、IMFの様な特殊な国際機関での職務に大変役立っています。IMFの日常の職務では、マクロ経済・金融・為替・財務政策に関する高いレベルでのテクニカルな知識が要求されるだけではなく、口頭や書面による明確なコミュニケーション能力、世界中の各国当局間の信頼関係を構築する能力、多様な背景を持つ国際的な専門家やエコノミストを含むチームを引率する能力など、様々なスキルが必要とされるからです。
Q. IMFでの仕事のやりがい等、将来の方に向けて、メッセージをお願いします。
A. IMFで仕事するやりがいの一つは、世界中の人々と仕事を通じて関われることです。IMFのメンバー当局の経済・金融政策に助言をしたり、能力開発に貢献できることは、メンバー諸国の国民に間接的に奉仕する仕事であり、大変やりがいのある仕事です。また、IMFで働く人たちは世界中から集まっていて、それぞれ異なったバックグラウンドを持っています。しかし、世界の経済・金融システムの安定や、国際収支危機や債務危機に陥った国のサポートといった共通の目標(ミッション)の達成を目指して、そうした職員の方と共に仕事をしています。難しい課題に見解の違いがあることは日常茶飯事ですが、討論を通じて見解の相違を解決します。また、IMFで働く職員は、多様性を重視し、無意識や意識の偏見に気づくように努め、常に自身の視野や職務経験を広くする努力をすることが大切とされています。この様な国際機関で様々な国を相手にした任務に着手できることは、大変な光栄であり、今後、更に多くの日本人職員がIMFで活躍してくれることを期待してます。
ヴォーン 亜仁香 コーポレートサービス局クリエイティブ・ソリューション課副課長
事業変換の現場に巡り合えマネージャーとして成長
Q. まずは、自己紹介をお願いします。
A. 私は、IMFに入社して12年目になります。現在は、コーポレートサービス局(CSF:Corporate Services and Facilities Department)のクリエイティブソリューション課という、社内クリエイティブエージェンシー(代理店)で、副課長を務めています。
Q. どのようなチームで、どのような仕事をされていますか。
A. クリエイティブソリューション課は、50人以上のスタッフを抱える大所帯で、定期記者会見に使うテレビ局顔負けの放送スタジオの管理運営から、春季・秋季総会のイベントの総合プロデュース、ソーシャルメディア向けのビデオや写真撮影、そして、広報・情報ポータルのウェブデザインなど、多岐にわたるメディア・クリエイティブのスタッフが活躍しています。
私の課では、その半数がIMFの職員であり、残りは派遣会社の職員で専門分野のプロやエキスパートの方が働いています。以前、チームメンバーがどんな経歴を持っているのか、アンケートで聴いてみたら、ディズニー、ホワイトハウス、BBC、SKYニュースなど、本当に多彩で驚きました。また、チームには、フルタイムのフォトグラファー、ビデオ編集員、3Dのグラフィックアートを手掛けるアーティストからプロジェクトマネージャーまで、多岐にわたる専門家がいます。私の主な仕事は、課の人事や予算の管理、IMF理事会や加盟国関連の調整を行い、春季・秋季総会を手掛ける事務局や広報局の同僚との、クリエイティブ・ソリューション課が請け負う仕事(マルチメディア制作案件、イベント設営など)の調整、また、大きいプロジェクトを回したり、多岐にわたっていて、ありがたいことに毎日刺激に満ちています。
Q. IMFの仕事では、時代に合わせて、どのようにメディアのイノベーションを進めているのでしょうか。
A. 数年前に、IMF全体がイノベーション戦略に力を入れ始めた際、私たちの部署でもイノベーションを活かした効果的で実験的なプロジェクトを進めるべく、行動心理学を活用したり、付箋紙にアイディアをどんどん記していく創発的なファシリテーション手法を取り入れるクリエイティブラボを立ち上げました。最初は、私と同僚の2人チームで試行錯誤の日々でしたが、業界で賞を受賞するようなプロジェクトをこなすうちに、社内の様々な部署から案件が回ってくるようになりました。最近、ANTHEM AWARDという賞を受賞したことで話題になった、気候変動に関する情報ポータルも、私のチームが作ったものです。
更に、クリエイティブラボチームは、最近、オックスフォード大学とコラボしたポートウォッチという地政学リスクモデルを使って、サプライチェーンへのショックインパクトを予測する分析ツールの開発や、日本が資金援助するデジタル通貨のプロジェクトで民俗学的な研究手法を取り入れて「使ってもらえる」中央銀行デジタル通貨をデザインするプロジェクトなど、ますます先端的な仕事が増えてきています。 このクリエイティブラボ立ち上げプロジェクトは、IMF内外でも注目を集めていて、国連のイノベーションネットワークでケーススタディを発表したり、他の国際機関でも似たようなチームを立ち上げたいと関心を寄せる組織から講演を頼まれたり、内外の様々な場面で仕事の成果を紹介するチャンスにつながり、ネットワークも広がり、大変やりがいがありました。「IMFでもこんな斬新なことをやっているの?」と驚かれることが多かったのも過去の話、今ではIMFはイノベーションの最先端をいく仕事をしている組織として認知度が上がってきています。
※ 気候変動に関する情報ポータル、ポートウォッチに関しては、IMFのウェブサイトをご覧ください。
・Climate Change Indicators Dashboard
・PortWatch
Q. IMFに加わる前は、どのような仕事をされていたのでしょうか。また、どのようなきっかけで、IMFに加わることになったのでしょうか。
A. 今では、イスラエル、シンガポール、ブラジルなど世界20ヶ国以上の職員がいる国際的なチームで働いていますが、私自身のキャリアは、かなりドメスティックに日本のマスコミでスタートしました。慶応大学の湘南藤沢キャンパスで総合政策学を専攻しましたが、在学中、企業の社会責任や倫理的投資に興味を持ち、奨学金を得て、アメリカなど海外に出て、取材研究もさせて頂きました。お金の流れを変えようと、投資銀行でインターンをしてみたり、政策のプロセスをみたいと思い、永田町で政治家のインターンもしました。色々と考えた結果、世の中を変えていくならジャーナリストだろうと思い、日本テレビに記者として入社しました。日本テレビでは、経済部の記者として、金融庁や企業の統廃合などのニュースをカバーしましたが、夜討ち朝駆けの新人記者の生活は、思ったよりも理想からかけ離れていて、もっと世界が見てみたいと思い、退社しました。そして、母の祖国であるフィンランドにMBA留学をしました。そこで会った今の夫が、ドバイに転職したのに同伴して、2005年、ちょうどドバイが不動産ブームに差し掛かるというタイミングで引っ越しました。ドバイでは、日系金融機関やドバイの政府系投資会社でIR(Investor Relations)や企業広報の仕事に就いていたのですが、バブリーな投資家と途上国出身の建設労働者の格差を目の当たりにして、学生時代に思い描いていた社会を変えたいという初心から、自分のキャリアがどんどんと遠ざかっているのではないかと焦りを感じていた時期でした。そんな折、たまたま知り合いの紹介で、国連で物資供給をするエキスパートの方と話す機会があり、「メディア経験があるなら国連で広報をやってみては?」と助言されたのがきっかけで、国際機関でのキャリア構築に目覚めました。とはいえ、どこから手を付けていいのか全く分からず、日本にいる親に「国際機関で働くには」という単行本を送ってもらい、隅から隅まで読んだ結果、民間企業から国際機関に転職するには、外務省のJPO派遣制度(JPO:Junior Professional Officer)が良いと知り、応募しました。この時、二児の母で、ちょうど産休中だったのですが、選ばれた時には、どの任地に派遣されるかわからないにも関わらず、「どこに派遣になっても同伴してサポートするよ」と、夫の応援がなければ、なかなか踏み切れる決断ではなかったように思います。
JPOは、2年間、外務省がスポンサーとなって、日本人職員を国連機関に派遣し、正規職員のポスト獲得につなげるという戦略的なプログラムです。私は、いくつか希望を出していた中から、ローマにある食糧農業機関(FAO:Food and Agriculture Organization of the United Nations)の広報局に派遣されました。若者向けの広報キャンペーンや、その当時は、まだ新しかったソーシャルメディアを使った広報戦略を展開したり、プロジェクトのPRビデオ撮影のために途上国の農村にミッションに行ったり、やりがいはありましたが、在任中に組織が採用凍結に踏み切り、かなり焦りました。「他の国際機関も当たらないと、就職浪人してしまうぞ」と思っていた矢先、IMFの日本人の人事局(HRD:Human Resources Department)職員がメーリングリストに流していたIMFの空席情報を見つけて応募し、とんとん拍子に話が進み、12年前にメディアオフィサーとしてIMFに入社しました。
当時、私が入ったチームは、今と同じですが、課ではなく、セクションという小さなチームでした。主にIMFの出版物のカバーデザイン、職員のミッションビザ申請用の写真撮影などをメインに行っていたのですが、ビデオチームがちょうど設立されて、これから大きく飛躍をする可能性を感じたのを覚えています。Fit For The Futureという、チームの位置づけを変えるリストラプロジェクトに、職員みんなが参加して、みんなでうちのチームはどうやったらIMFにもっと貢献できる、新しいチームになれるのだろうか、と知恵を出し合い、新チームの部署名、新しい仕事のやり方、これから作っていきたい広報・マーケティングプロダクトなどをブレストして、数年かけて改革をしていきました。この再編成プロジェクトを通して、様々なイノベーション手法を学ぶきっかけができたこともさることながら、こうした事業変換の現場に巡り合え、そこでマネージャーとして成長するチャンスが得られたのは、本当に幸運だったなと振り返って思います。また、IMFはワークライフバランスにも力をいれている職場なので、こうして面白い仕事をさせてもらいながらも、ちゃんと家に戻って夕食を子供たちと食べたり、学校行事がある際にはお休みを取ったり、テレワークなどのフレキシブルな仕事のやり方も、コロナ禍前から導入していて、育児とキャリアを両立できたのも良かったです。
※ JPOに関しては、外務省国際機関人事センターのウェブサイトをご覧ください。
・JPO試験|外務省 国際機関人事センター
Q. エコノミストの方以外にも、IMFのキャリアを通じて、メッセージがあれば、宜しくお願いします。
A. この12年の間に、チームの成長に伴って、自分自身のキャリアも伸びました。駆け出しの頃、アフリカに同僚と取材ミッションに行って、IMFの仕事が加盟国の経済発展にどう寄与しているのかを目の当たりにできたこと、また、IMFビルの改装プロジェクトの際に、ロビーに巨大なビデオスクリーンを建設して、そこで流すコンテンツをプロデュースしたり、苦労したプロジェクトほど思い出深いです。こうして多くの才能ある同僚たちと切磋琢磨しながら新しい学びや発見が毎日ある充実した日々を過ごしています。 最近では、自分の部署の仕事もさることながら、職員のキャリア構築の応援、また、職員採用の際にもっと多様な国の人材を採用する働きかけを行うDiversity Recruitmentなどのプロジェクトにも関わっています。自分自身が国際機関に入ろうと決めてから、定職を得るまで苦労したことがあるからこそ、将来IMFに入りたいと頑張っている、若い人の応援のために、仕事時間外でメンターとしてサポートしたり、就職相談などにも乗るようにしています。最近では、中東地域からの採用を増やすというプロジェクトで、HRDのシニアスタッフとともに、IT/CSFジョイントでの採用ミッションにも参加させていただき、地域の大学の進路相談室のチームと意見交換をしたり、クリエイティブ以外の分野でもIMFに貢献することができて、うれしい限りです。そのミッションでも、多くの方から聞いたフィードバックの一つに、IMFの非エコノミスト専門職の認知度が低いというのがあります。どうしても IMFというと、エコノミスト職という印象が強いのですが、コーポレートサービス局には、調達、警備、不動産管理運営、更には、多言語組織ゆえに翻訳通訳の専門部署もあります。民間の会社や政府機関で専門職として働いてきた方、また、今後の進路を考えている学生さんたちに幅広く、こういうキャリアオプションもあると知ってもらい、IMFを通して国際貢献する道も視野に入れてもらいたいです。
野崎 仁宏 アジア太平洋局ASEAN第3課長
深い絆と信頼関係でスリランカの経済危機対応にも充実した日々
Q. まずは、自己紹介をお願いします。
A. 私は、東京大学経済学部を卒業後、経済産業省での勤務、米国ブラウン大学での経済学博士号の取得を経て、2003年にエコノミスト・プログラム(EP)という制度でエコノミストとしてIMFに採用されました。早いもので20年が過ぎましたが、刺激のある環境でやりがいを感じつつ、毎日仕事をしています。
※ EPに関しては、IMFのウェブサイトをご覧ください。
・Economist Program
Q. IMFでの仕事はどのようなもので、その魅力はどこにありますか。
A. IMFで働くことの大きな魅力は、ワシントンDCにあるIMF本部で、世界各国から来た様々な文化やバックグラウンドを持つ人たちと、一緒に仕事ができることです。でも、それ以上に面白いのは、IMFスタッフのチームの一員となり、色々な国を訪れて、中央銀行や財務省のスタッフとface to faceで議論したり、その国の文化、制度、人々の暮らしを自分の目で体験することができることです。IMFでは、通常3人から5人程度のチームを組み、担当する国を実際に訪れて、情報収集・意見交換を行うことが仕事をする上で、とても重要視されています。こうした現地を訪問する活動を「ミッション」と呼んでいます。
IMFには、全ての加盟国(現時点で190ヶ国)についてカントリーチームがあり、それに所属するスタッフは、通常1年に2回ミッションに参加します。ミッションでは、2週間程度、現地に滞在し、その国の財務大臣や中央銀行総裁をヘッドとする政策当局と議論を交わし、経済政策の提言を行います。コロナによるパンデミックの時は、ミッションができなくなり、バーチャル・ミーティングが主な対話の手段となりましたが、やはり現地を訪れて直接対話することには代えがたく、現在はコロナ以前のミッション中心の形に戻っています。
ちなみに、私がミッションで訪問した国を数えてみたら、16ヶ国ありました。オーストラリア、バハマ、ベリーズ、コスタリカ、東ティモール、ガイアナ、インドネシア、ジャマイカ、ラオス、ミクロネシア連邦、モルドバ、フィリピン、シンガポール、スリランカ、スリナム、トリニダードトバゴです。世界にある国のだいたい1割弱の国に行ったことになります。今は、シンガポールのカントリーチームのヘッドを任されています。
※ IMFの概要に関しては、以下のウェブサイトをご覧ください。
・IMFとは?
Q. IMFで勤務してみたいと考えたのは、どのような動機によるものですか。
A. 大学ではマクロ経済学を主に学びましたが、研究よりも政策立案に興味がありました。私が大学を卒業し経済産業省で勤務していたのは、1990年代中頃で、日本のバブル経済崩壊が明らかになり、金融危機が進行していった時期でした。加えて、1990年代には、中南米やアジアの経済危機がありました。大学院で経済学を深く学んでいく中で、なぜ経済危機は起こるのか、どうしたら防ぐことができるのかというテーマに関心を持ちました。その中で、IMFが経済危機に陥った国に政策提言と金融支援をする組織であり、特に途上国の危機の解決に大きな役割を果たしていることを知りました。これが、私がIMFで勤務してみたいと思った主な動機です。 ちなみに、2010年代のユーロ圏経済危機の際、IMFはギリシャ、ポルトガル、アイルランドといった先進国に金融支援をしており、支援の対象は途上国に限られているわけではありません。
※ アジア・中南米・ユーロ圏経済危機に関しては、以下のウェブサイトをご覧ください。
・Finance & Development June 1998 -The Asian Crisis: Causes and Cures
・The Role of the IMF in Argentina, 1991-2002, Issues Paper/Terms of Reference for an Evaluation by the Independent Evaluation Office (IEO), July 2003
・The IMF and the European Debt Crisis
Q. IMFの役割として、経済危機への対応ということがありますが、どのようなことをされているのでしょうか。
A. 経済危機の元凶は、財政政策であるとよく言われます。(IMFはInternational Monetary Fundの略ではなくて、It’s Mostly Fiscalの略だ、と言う人もいます。)各国の財政制度は様々ですが、各国の財政当局は望ましい財政バランス、税制、補助金制度、医療・年金制度は何か、といった共通の問題を抱えており、IMFの財政局(FAD:Fiscal Affairs Department)には、これらの分野のエキスパートがおり、IMF が財政政策の政策提言をする際に理論や実践を踏まえた知見を提供しています。私は、FADで2010年から2016年まで勤務し、フィリピンの税制改革、インドネシアの石油補助金改革、コスタリカとジャマイカの歳出削減パッケージに携わりました。その際、FADのエキスパートから、多くのことを学んだことが、私の大きな財産になっています。
※ 財政政策に関しては、IMFのウェブサイトをご覧ください。
・Fiscal Policy: Taking and Giving Away
Q. IMFは、経済危機対応において、そのミッション等を通じて、具体的にはどのようなことをするのでしょうか。
A. ミッションとIMFの経済危機対応というお話をしたので、私が2020年から3年間携わったスリランカについて、掘り下げてお話しようと思います。
スリランカは、2022年に深刻な経済危機に陥りました。その原因は、コロナ以前の放漫な経済政策と度重なる経済的ショックと考えられています。膨張した政府債務と不十分な外貨準備にも関わらず、2019年の大統領選挙で勝利したラージャパクサ大統領は、経済の活性化と生活費の削減を目的として大幅な所得税と消費税の減税などを行ったため、財政は悪化し、債務と外貨準備の問題は解消されないまま、コロナ・パンデミックを迎えることとなりました。スリランカは、2020年春以降、国際資本市場へのアクセスを失い、対外債務返済と経常収支赤字のため、外貨準備は、2021年末には16億ドル(輸入の1か月未満)に激減しました。その後、2022年初めのウクライナ戦争を契機とする国際エネルギー価格の高騰を受け、外貨準備が実質的に枯渇しました。スリランカ政府は、2022年4月に対外債務支払いを停止し、IMF融資を要請しました。その結果、ルピーは1ドルあたり200ルピーから約400ルピーに下落し、経済は急激に収縮、インフレは急上昇しました。石油を十分に輸入できなくなったため、ガソリンスタンドには行列ができ、全国で深刻な電力不足と停電が発生しました。大規模な市民デモの後、ラージャパクサ大統領は、7月に退陣に追い込まれました。大統領府になだれ込む群衆の映像を日本のニュースで見た方もいるかもしれません。
こうした状況の中で、約1年間の交渉を経た後、総額約30億ドルの4年間のIMF融資プログラムが、2023年3月にIMF理事会で承認されました。経済再建プログラムでは、税制改革を通じた財政再建、外貨準備の積み増し、金融引き締めの実施を行うことを政府が約束し、それに加えて、弱者への影響を最小限に抑えるためのセーフティネットの確立や汚職撲滅に向けた努力を行っていきます。IMF融資の実施は半年毎に行われ、政府が経済改革を実施していることが条件となります。このように、IMFが経済政策に対していわゆる「お墨付き」を与えることで、スリランカへの国内外の信用を確保し、危機からの着実な脱却、経済の回復を図ります。
また、スリランカは、国として対外債務の支払いが不可能となり、債権者との間で債務再編(debt restructuring)を進めています。企業であれば破産申請をして裁判所を通じて清算をすることができますが、国が債務者である場合そういうわけにはいきません。ここで、IMFは、極めて重要な役割を果たします。国の債務再編に当たっては、その国が、財政再建などを通じて、どれだけ自助努力で債務を返済するかと、債権者がどれだけ債務の繰り延べや削減を行うか、という二つの問題が生じます。IMFによる債務持続性分析(DSA:Debt Sustainability Analysis)は、IMFプログラムの下で政府がコミットする政策に基づく最大限の自助努力を明らかにし、その前提でどれだけ債務削減が必要かを客観的に提示することで、上記の二つの問題に答えを提供します。また、上記のIMFによる改革の「お墨付き」は、債務削減が経済再建に資するという安心を債権者に与え、債務削減の早期の妥結をサポートします。現状では、このような役割を担うことのできる国際機関は、IMF以外にありません。
私が参加した2023年5月、6月、8月の3回のミッションでは、スリランカ大統領、財務省、中央銀行その他政府関係者との間で、IMFプログラムで実施される具体的な政策や財政赤字削減や外貨準備積み増しの数値目標など息の詰まる交渉を行い、その結果、2023年9月にスタッフレベルでのIMFプログラムの合意に至りました。その後、世界銀行・アジア開発銀行との協調融資に関する協議を行い、また、パリクラブ、インド、中国などの債権者から債務削減への基本的了解を取り付けた後、2023年3月にIMF 理事会で承認され、IMF融資が実行されました。この間、経済状況が悪化の一途をたどる中、経済団体、労働組合、市民団体と直接対話を行い、経済改革の必要性を理解してもらうことも極めて重要でした。今、思い返すと体力的にも精神的にも極めてタフな毎日でしたが、チームメンバーとの深い絆と信頼関係の中、とても充実した時間を過ごすことができたと思っています。
※ スリランカに関するレポート、債務等に関しては、以下のウェブサイトをご覧く ださい。
・2021 Article IV Consultation-Press Release; Staff Report; and Statement by the Executive Director for Sri Lanka
・Request for an Extended Arrangement Under the Extended Fund Facility-Press Release; Staff Report; and Statement by the Executive Director for Sri Lanka
・Sovereign Debt
・IMF Videos - Analyze This! Sovereign Debt Restructuring
・IMF Videos - Analyze This! Debt Sustainability
Q. 最後に、読者の方にメッセージがあれば、宜しくお願いします。
A. 世界情勢が不安定化していく中で、世界経済は様々な問題に直面しています。IMFは、これからも重要な役割を担うこととなりますが、諸問題に明確な答えはなく、試行錯誤しながら対処していくほかはありません。このような環境で、ぜひIMFで一緒に仕事をしてみませんか。お待ちしています。
田中 美帆 法務局Externally Financed Appointee
金融庁からIMF法務局へ 現場感覚の重要性を再認識
Q. まずは、自己紹介をお願いします。また、IMFの法務局は、融資や4条協議等をはじめ、IMFの業務全般に関する法務のほか、中央銀行法・財政法、腐敗対策、マネーロンダリング・テロ資金供与対策(AML/CFT:Anti-Money Laundering and Countering Financing of Terrorism)といった具体的な政策分野も扱っていますが、本日は、AML/CFTを中心にお話し頂けますか。
A. 私は、現在、加盟国の政府職員向けの制度であるExternally Financed Appointee (EFA)プログラムを利用し、日本の金融庁から、IMF法務局・Financial Integrity Divisionに出向しています。
IMF法務局は、加盟国各国におけるマクロ経済と金融の安定の実現に向け、法的・政策的な側面から、IMFの業務を担っています。法務局には、IMFの業務に関する法的論点の整理や個別国の対応等、IMF LawyerやCountry Lawyerとしての業務を行う部署に加え、中央銀行法・財政法、腐敗対策、AML/CFTといった個別政策分野を扱う部署によって構成されており、法務局全体では、現在、170名前後の職員が在籍しています。そのうち、日本人職員は、4名です。
私が現在所属しているFinancial Integrity Divisionには40名前後が在籍し、AML/CFTの観点から、4条協議や金融セクター評価プログラム(FSAP:Financial Sector Assessment Program)、融資、能力開発といったIMFの業務に携わっています。具体的には、①4条協議やFSAPを通じた、加盟国各国のマネロン・テロ資金対策状況のモニタリング、②IMFから加盟国に融資を行う際、AML/CFTに関連する融資条件の設定や履行状況のモニタリング(例:法人の実質的支配者情報の収集・公表)、③能力開発(例:AML/CFT関連の法整備支援、監督態勢の構築支援)等を行っています。特に、AML/CFT関連の能力開発は、日本を含む10ヶ国が資金を提供するThematic Fundを通じて行われており、日本の貢献が目に見えるインパクトをもたらす分野でもあります。
また、④国際機関等との連携も重要な業務の一環です。例えば、AML/CFT関連の国際機関としては金融活動作業部会(FATF:Financial Action Task Force)が有名です。FATFは、AML/CFTに関する国際基準(FATF基準)の策定・見直しのほか、定期的に、加盟国におけるFATF基準の実施状況、AML/CFT態勢の有効性に関する相互審査を行っています。IMFにおいても、こうした相互審査や審査員のトレーニングをFATF等と分担して実施しています。また、IMFは、FATFのオブザーバーとして、FATF基準及びガイダンスの改訂作業やベスト・プラクティスの収集等にも貢献しているほか、国連等との連携も強化しています。
マクロ経済政策を扱うIMFにおいて、何故AML/CFTが議論に上るのか、不思議に思われる方もいらっしゃるかもしれません。IMFでは、金融犯罪やテロ活動、各国のAML/CFT態勢の不備がマクロ経済や金融の安定に影響しうると考えています。例えば、汚職、脱税、詐欺等の前提犯罪によって得られた収益がロンダリングされ、国外に流出した場合、流出元における税収減や流入先での不動産バブル等につながりうると考えられています。また、マネーロンダリングが摘発された金融機関において、株価の下落や預金流出等が起こり、それらが他の金融機関にも波及しうるとの調査結果も出ています。更に、AML/CFT態勢の不備によりFATFのグレーリストに掲載された国においては、平均してGDPの7.6%にも及ぶ資金流入の減少が起こるとの調査もあります。これらの観点から、IMFにおいては、4条協議やFSAP、融資、能力開発等を通じ、加盟国のAML/CFT態勢強化に務めています。また、最近では、ガバナンス・汚職対策、フィンテック、税制、気候変動等、関連する政策分野との連携も重視しています。詳しくは、IMFのAML/CFT関連業務紹介ページをご覧いただければ幸いです。
※ IMFのAML/CFT関連業務に関しては、IMFのウェブサイトをご覧ください。
・IMFと資金洗浄・テロ資金供与対策
Q. 法務局での業務の中で、印象に残った業務について、教えて頂けないでしょうか。
A. まず、5年に1度行われる中長期計画(AML/CFTストラテジー)の見直し業務です。これは、直近5年間の業務を振り返るとともに、今後の大局的な方針を策定し、理事会での審議を経て公表するというものです。私は、プロジェクトの一員として、調査や執筆、各国当局や理事会メンバーを含む関係者との調整等に一貫して関わることができました。その成果として、ストラテジーをまとめたレポートや個別のトピックに関するバックグラウンドペーパー、ブログ記事はIMFウェブサイト上に公表されています。
また、4条協議や融資条件の設定等を通じ、加盟国のAML/CFT態勢整備をサポートする業務にもやりがいを感じています。例えば、複数の加盟国に対する融資条件の設定を通じ、法人の実質的支配者情報の収集や公表に向けた取り組みを促すことができました。法人や信託等は脱税やマネーロンダリングの温床になりやすく、その実質的支配者の透明性向上が全世界的な課題となっており、IMFでは、4条協議におけるモニタリング、融資条件の設定や能力開発等を通じ、加盟国の取り組みを支援しているほか、FATF等での議論にも積極的に参加しています。
更に、4条協議では、ヨーロッパのある国のAML/CFT担当当局との面会が印象に残っています。この国では、犯罪収益の没収に関する省庁間連携が緊密に行われ、FATFの相互審査でも制度の有効性が高く評価されています。面会では、こうした財産回復の取り組みに加え、当局が金融監督に割くことができるリソースの制約等の課題についても率直な対話ができ、4条協議レポートにおいても効果的に取り上げることができたと感じています。
※ AML/CFTストラテジーに関しては、IMFのウェブサイトをご覧くだ さい。
・2023 Review of The Fund’s Anti-Money Laundering and Combating The Financing of Terrorism Strategy
・2023 Review of The Fund's Anti-Money Laundering and Combating The Financing of Terrorism Strategy—Background Papers
・Financial Crimes Hurt Economies and Must be Better Understood and Curbed
Q. 国際的な法務を担う職場の雰囲気は、どのような感じでしょうか。
A. 職場では上司・同僚に恵まれ、学びの多い日々を送っています。リスク分析や相互審査等の多様な側面からAML/CFTに携わってきた専門家が多く集まり、 その豊富な知見に日々触れることのできる環境は、またとない貴重なものです。
また、IMFには職員同士が仕事の合間に少人数かつ短時間、カジュアルに話をするコーヒーチャットの文化があります。忙しい中でもコーヒーの時間を取ってフィードバックやアドバイスをくださる上司・同僚の存在はとてもありがたく、こうした会話が新たな業務につながることもあります。
Q. IMF法務局の職員の方のバックグラウンドは、どのような感じでしょうか。
A. IMF法務局の職員は、基本的にミッドキャリア(職務経験者向けの中途採用)の採用ですが、そのバックグラウンドは様々であり、IMFに入る道は1つではないことを実感させられています。私の所属するFinancial Integrity Divisionでは、法曹出身者のほか、国連や経済協力開発機構(OECD:Organization for Economic Co-operation and Development)、FATF等の国際機関、監督官庁、金融機関、コンサルティングファーム等の多様なバックグラウンドを持つ職員が、それぞれの専門性を活かして活躍しています。大学・大学院の専攻も、法律のみならず国際関係や経済学等、多岐に渡ります。
Q. IMFという国際的な職場での勤務を通じて、どのような学びがありましたか。
A. IMFでの2年間は、金融庁での業務を通じて得られる知見や現場感覚がいかに貴重かを実感する良い機会になりました。また、日本で働く中で、プロジェクトが円滑に進むように当事者意識を持って能動的に動くことや、関係者と丁寧な連携を取ることを意識するようになったかと思います。こうした姿勢は、日本にとどまらず、IMFでの業務においても役立つと実感しています。
最後に申し上げたいこととしては、自分の強みは何か、どのような形で業務に貢献できるのか、といった点を常に意識しながら積極的に仕事を取ってくることが求められる環境は、チャレンジングですが、同時にやりがいも感じられます。IMFでの学びを、今後、国内外での業務に活かしていければと思います。
津田 夏樹 金融資本市場局審議役
国を超え、最先端の課題に挑む -デジタル通貨の現場から-
Q. 今日は、「国を超え、最先端の課題に挑む」とはどういうことかについて、じっくりと話を聴かせて頂ければと思います。
A. こんにちは!2021年からIMFの金融資本市場局(MCM:Monetary and Capital Markets Department)で働いている津田夏樹と言います。私は、現在、デジタルマネー、特に中央銀行デジタル通貨(CBDC:Central Bank Digital Currency)と呼ばれる、各国の中央銀行が発行するデジタル通貨に関する仕事をしています。IMFに入る前は、大学卒業から日本の財務省で働いてきましたが、入省時は、世界各国でCBDCが発行されることや、そのテーマをIMFで追求する未来を全く想像していませんでした。 今日は、IMFで働くことの魅力、日本の財務省での経験がどのような役に立ったかを振り返りつつ、IMFで将来仕事をしてみたい学生や若手社会人の方向けに、アドバイスをお伝えしたいと思います。
Q. IMFで働くということは、どういうことでしょうか。CBDCという国際金融の新たな波の中で、最先端の役割を担っていますが、具体的に、どのような仕事をされているのでしょうか。
A. IMFでのCBDCの研究は、遅くとも2018年には始まっていました。その後、暗号資産やステーブルコインの台頭、G20でのクロスボーダー決済の効率化の取組を背景に、CBDCに対する国際社会の関心が高まりました。これを踏まえ、2021年にIMFとしてのデジタルマネー戦略を理事会で議論し、現在は、この方針に沿って、様々な研究や途上国への技術支援などを行っています。
CBDCは、デジタル時代の新しい通貨として、可能性とリスクの両面を持っています。決済システムの効率化、金融包摂、サイバーセキュリティ、銀行預金からCBDCへの資金流出のリスク、プライバシー保護と不正利用のバランスなど、多岐にわたる政策的論点を検討することが重要です。また、CBDCは、プログラマビリティを通じて、金融サービスだけでなく政府からの社会支援の提供への活用といった、公共政策の在り方にも大きな影響を与える可能性を秘めています。さらに、CBDCは、国際的な決済システムの分断を回避し、より透明・安価で迅速な国際送金を可能にするプラットフォームの設立にも役立つかもしれません。
MCMでは、こうしたテーマについて研究し、その成果を技術支援やサーベイランスといったIMFの業務に活用するとともに、国際社会に対して発信しています。例えば、2023年4月時点までに、40以上の国からIMFに対してCBDCに関する技術支援の要請がありました。私自身も、ヨルダンやフィリピンなどに対し、それぞれの国におけるCBDCの役割やリスクについての理解を深めるミッションを行いました。CBDCに期待される政策目的や、金融政策・資本管理政策の枠組み、決済サービス・システムの発展度などは国によって異なるため、one-size-fits-allではない検討が求めらます。こうした二国間での活動に加えて、地域セミナーや国際会議を通じて意見交換を行います。これらの現場からのフィードバックを踏まえて、例えばCBDC Handbookといった政策当局者向けのマニュアルを作成し、対外的に発信しています。更には、クロスボーダー決済について、ネットワークの分断を防ぎ、更なる効率化を追求する観点から、CBDCを決済プラットフォームに活用するアイディアをまとめて発信したりもしています。
CBDCは、暗号資産とそれを取り巻くDeFi(Decentralized Finance)などのエコシステム、またそれらの基礎となるブロックチェーン技術の発展やtokenizationなどの新たな活用と表裏一体で議論が進んでいく、とてもダイナミックな政策分野です。文字通り、国境を超え、政府と伝統的な金融セクターとフィンテックセクターで、同時並行的に議論が起こっているテーマについて、信頼に足る分析と提案を国際公共財として提供することは、国際機関としてのIMFの真骨頂ではないかと思っています。
Q. IMFでの仕事において、財務省での知見は、どのように活用されているのでしょうか。
A. 私がこのような貴重な機会を得られたのも、日本の財務省で培った様々な知見・人脈の賜物です。財務省では、税制・予算などの財政政策のみならず、銀行監督や為替政策について幅広く学ぶ機会を得ました。また、IMFや世銀での理事会業務を通じて、国際機関の主要な政策に関与することもできました。日本の財務省での経験は、IMFでの業務において非常に重要な基盤となりました。
その中でも、財務省国際局でのG7/G20関連の経験が、直接的にはとても役に立ちました。例えば、日本が2019年に議長を務めたG20財務大臣・中央銀行総裁会議の事務局として務めていた際、2019年6月にFacebook(現Meta)によるLibraというステーブルコインの発行計画が発表されました。この時、暗号資産のマクロ経済リスクについて、G20としてIMFに分析を要請する議論をまとめました。その後、IMFで勤務を開始した際、日本政府による信託基金を活用し、CBDC Handbookの作成プロジェクトを開始し、当時、日本が議長国を務めたG7から幅広い支持を得ることもできました。このように、日本の財務省とIMFの連携を通じて、国際的な政策課題の議論に貢献できたと自負しています。
私は、財務省からの期限付き出向(Secondment)という形でIMFで勤務しているため、いずれは財務省に復職することになります。IMFでCBDCに関連する業務を通じて、国際的な協調の重要性とIMFの担うべき役割に理解を深められたことは、日本の財務省での今後の仕事に大いに役に立つと確信しています。
Q. 学生や若手社会人に向けて、キャリアについてのアドバイスがあれば、宜しくお願いします。
A. 他の方々の記事も読まれて、IMFでの仕事に関心をもたれた方に向けて、僭越ながらキャリアアドバイスをさせて頂きたいと思います。
そもそも、IMFに入るには、エコノミスト・プログラム(EP)、ミッドキャリア(職務経験者向けの中途採用)、上述のSecondmentと三つのオプションがあります。EPは経済学等の博士号、ミッドキャリアとSecondmentには、修士号以上の学位と実務経験の両方が求められます。
これを踏まえると、以下のようなことが言えると思います。
・まず、大学では、国際関係や経済学、法律などの分野を深く学ぶことが重要です。特にマクロ経済学が最も関連性が高いため、経済学部に進学することが可能性を高めると思われます。
・その上で、経済学博士号を取得しEPを目指すか、一旦、財務省か日本銀行に就職して経験を積んでミッドキャリア又はSecondmentの機会を探るかを判断するということになると思います。なお、財務省や日本銀行では海外留学の機会がありますので、就職前に修士号まで取ることは必ずしも必要ないかと思われます。
ちなみに、私は学部時代は法学部、修士号は経営学だったので、マクロ経済を学問として探究する機会に恵まれませんでしたが、その分は、多様な実務経験で補った、という風に、ご理解頂ければ幸いです。
Q. 世界のためにする挑戦とは何か、メッセージがあれば、宜しくお願いします。
A. IMFでのキャリアは、前人未踏の領域に挑戦し、国際的な影響力を持つ仕事に従事することを意味します。私たちは、日々、新たな課題に直面し、解決策を模索しています。しかし、その点では、国際機関も各国政府も、立場は違えど目指す方向は同じだと思っています。この記事を読んでくれたあなたと、いつかどこかで、共に国際的な問題に取り組むことを心から楽しみにしています。
青柳 智恵 アフリカ局エコノミスト
開発学から転向した民間出身の少数派エコノミスト
Q. まずは、自己紹介と、IMFに入ることになったきっかけをお願いします。
A. IMFのアフリカ局で、エコノミストをしている青柳智恵です。まず、私がIMFで働き始めた経緯と、今の仕事の面白さについて紹介させて頂きます。特に、経済・金融専攻の方だけでなく、国際協力や開発分野に興味のある方など、多くの方に興味を持って頂ければ嬉しいです。
思い返してみると、私は小さい頃から海外に興味がありました。そして、何がきっかけだったか、高校生の時に国際開発に興味を持ち始め、月刊誌やメーリングリストから情報を集め、クラスの友達を誘って部員3人だけの「国際開発クラブ」を立ち上げ、セミナーを聞きに行ったりしていました。この頃、国際開発の分野で働くという目標ができ、親を説得して大学から留学することに成功しました。私のように日本生まれ日本育ちの場合は、語学力や国際感覚を身に着けるために海外留学を経験することは重要です。私の場合は、学部時代にカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA:University of California, Los Angeles)で国際開発学を勉強したことで、その後のキャリアの土台を築けたと思います。
学部時代の留学生活を通じ、色々な国の人と一緒に働くことに魅力を感じた私は、国際機関への就職が新たな目標になりました。そのためには、少なくとも修士号を取る必要がありましたが、まずは社会人になって(親に頼らずに)自分で学費を貯めるのが良いのではないかと思い、金融機関で働き始めました。今でこそESG(Environment・Social・Governance)投資が普及してきていますが、当時は、投資株を決める際には、その企業がどんな社会的インパクトがあるかということは、どれくらいの金銭的リターンが得られるかということに比べて、あまり重要な要素ではなかったのです。そのような中で、大学で習った国際開発の知識を生かすべく転職を考えていたところ、新聞の求人欄でIMFアジア太平洋地域事務所(OAP:Regional Office for Asia and the Pacific)のローカルエコノミストの募集を見つけ、より自分のやりたかった仕事に近づけると思い、応募しました。
※ OAPに関しては、以下のウェブサイトをご覧ください。
・ 国際通貨基金 (IMF) アジア太平洋地域事務所 (OAP)
Q. OAPでは、どのような仕事をされましたか。
A. マクロ経済政策は、まさに「世を経(おさ)め、民の苦しみを済(すく)う」という「経世済民」に関する仕事です。OAPでの仕事は、そうした経済政策等に関連した、とても新鮮でやりがいが感じられる仕事でした。私がOAPで担当していた業務は、主に日本の構造改革分野でのモニタリングと政策助言を提供すること(サーベイランス)でした。本部から派遣されているシニアエコノミストと一緒に、労働市場、コーポレートガバナンス、格差問題などについての論文を書きました。また、本部からチームが来て日本の政策当局と協議する「対日4条協議訪問」に同行するなど、IMFのコアの仕事を垣間見ることもできました。次なるステップとして、本部で働くことを考え始めた時、やはり大学院に通う必要がありました。当時、まだ子供が小さかったので、引っ越しせずに通えるということを第一条件に、東京の政策研究大学院で修士と博士を取りました。結果的には、アフリカやアジアなどの開発途上国の官僚が多数学びに来ているとても良いプログラムで、試験勉強や卒論執筆で助け合ったり一緒に苦労した仲間とは、今でも連絡を取り合っています。幸いOAPで働き始めた時はまだ20代でしたので、博士号を取った後に、年齢制限があるエコノミスト・プログラム(EP)に応募することができました。
Q. EPでは、何をするのでしょうか。
A. EPは、日本の新卒採用に近いイメージで、博士号を取ったばかりで比較的短い職歴の若手を対象にしています。私のようにローカルエコノミストをしていた人や、IMFでインターンやリサーチアナリストの経験を持つ人がEPとして採用されるケースは少なくないようで、それらの業務を通じてIMFへの理解を深めることが次のステップにつながると思います。例えば、Japan-IMF奨学金(JISP:Japan-IMF Scholarship Program)という海外大学院の博士課程で学ぶ学生への支援制度では、有給の夏季インターンシップに参加することと博士課程終了後にEPに応募することが義務づけられていますが、これは日本人でIMFに就職したい場合には最適な方法だと思います。ミッドキャリア(職務経験者の中途採用)枠ではなく、EPでIMFに入るメリットとしては、最初の3年間で機能局と地域局という2種類の部署を経験できることがあります。私はEP期間が終わった時に、二つ目の配属先であった地域局(アフリカ局)に残ることにしました。
※ JISPに関しては、IMFのウェブサイトをご覧ください。
・ JAPAN-IMFスカラシップ・プログラム(Japan-IMF奨学金)とは
Q. IMFの仕事の中で、一番、やりがいがあった仕事は何ですか。
A. IMFの大きな役割の一つに、危機に直面する国に対する融資があります。特定のプロジェクトに対する資金ではなく、その国が経済の安定と成長の回復に向けて政策を実施するための資金の融資です。現在、私が主に担っているのは、ルワンダへの融資に関する業務です。新型コロナやウクライナ危機、そして国内での自然災害の影響などが重なり、物価の上昇や外貨が不足するなど、マクロ経済の均衡が崩れた状態に陥ってしまったルワンダですが、IMFの「貧困削減・成長トラスト(PRGT:Poverty Reduction and Growth Trust)」の下で、市場融資よりも十分に寛大な条件での融資(現在、ゼロ金利)を受けることができました。このIMFの融資とそれに付随するルワンダ政府の政策努力の約束が呼び水になって、他の開発パートナーからの資金も入りやすくなります。私が所属しているアフリカ局のルワンダチームは、経済分析や様々な融資に関連する条件の交渉を行い、理事会から融資の承認を得るとともに、その後の政策措置が実施されているかについて定期的な評価を行います。2023年12月の理事会では、気候変動に対するリスクの軽減を目的とした「強靭性・持続可能性ファシリティ(RSF:Resilience and Sustainability Facility)」による支援の継続に加えて、短期的な国際収支上のニーズを抱える低所得国に対する金融支援を目的とした「スタンドバイ・クレジット・ファシリティ(SCF:Stand-by Credit Facility)」による総額2.68億ドルの融資が新たに承認されました。
※ PRGT、RSF、SCFに関しては、IMFのウェブサイトをご覧ください。
・ Poverty Reduction and Growth Trust (PRGT)
・強靭性・持続可能性ファシリティ(RSF)
・スタンドバイ・クレジット・ファシリティ(SCF)
Q. 具体的な仕事としては、どのようなことが印象的ですか。
A. 具体的な業務で最も刺激的だと感じる仕事は、年に2-3回訪れる担当国への出張です。普段はワシントンDC のオフィスで仕事をしているのですが、出張中はスケジュールにびっしりミーティングが入ります。私は、ルワンダを担当しており、主な相手方はルワンダの財務省や中央銀行となりますが、他の政府機関や民間企業とも情報収集のためにミーティングをします。この出張を通じて、ルワンダ政府と担当セクターの予測をすり合わせたり、自分の分析をプレゼンして意見交換を行うなど最終調整をした上で、半年に一度のスタッフレポートをまとめていきます。最近、私が行った分析では、ジェンダーや気候変動についてのルワンダの取り組みに関するものがあります。これは、IMFが近年マクロ経済上重要だと新たに中核業務に取り入れた分野でもあるので、内外から嬉しい反響がありました。そして何よりも、ルワンダ経済を発展させて国民の生活の質を向上させようと日々頑張っている財務省や中央銀行の職員の方との対話は、いつもとても興味深いです。
Q. これを読んでくれている方へのメッセージがありましたら、宜しくお願いします。
A. これを読んでくださっている皆さんは、今、高校生・大学生でしょうか。それとも、大学院生や社会人でしょうか。現在の日本人IMF職員を見てみると、欧米の大学院で経済学の博士号を取るか、財務省や中央銀行での職務経験があるケースが多く、私のように開発学から転向したり民間企業の職務経験がある方は少数派のようですが、これを一例として、ぜひ様々なバックグラウンドを持った方に、IMFに興味を持っていただければと思います。
杉本 展康 金融資本市場局金融規制監督課副課長
キャリアは自分で決める!
Q. まずは、自己紹介をお願いします。
A. 私は、大学卒業後、生命保険会社に就職し、その後、公務員試験を受け直し、金融庁(当時は金融監督庁)に入庁しました。12年の金融庁での勤務を経てIMFに出向し転籍、現在、IMF勤務は11年目に入りました。その間、ノンバンク(保険/証券)の専門家として金融規制監督課に勤務し、2023年より、副課長に就任しました。2004年には、MBAを修了しています。
Q. 次に、現在の金融資本市場局(MCM:Monetary and Capital Markets Department)における職務について、教えて頂けないでしょうか。
A. 1990年代後半のアジア金融危機、2008年のリーマン危機を踏まえ、IMFでは、各国の金融セクターの監視を強化してきました。私は、MCMの中にある金融規制監督課に所属し、主に3つの業務に従事しています。1つ目は、各国の金融セクターの健全性を定期的に調査する金融セクター評価プログラム(FSAP:Financial Sector Assessment Program)への参加、2つ目は、途上国の当局向けの技術支援、3つ目はこれらで得られた成果をまとめ、国際基準の強化に携わる仕事をしています。金融規制監督課には、各国の金融庁又は中央銀行で金融規制監督の経験者を中心に構成されていて、現在36名が所属しています。残念ながら、現在では、私が唯一の日本人ですが、女性は副課長1名を含め16名おり、様々な地域からの出身者と一緒に仕事をしています。
Q. IMFで働く上で必要なスキルや経験は、どのようなものでしょうか。
A. 金融庁とIMFで求められる必要なスキル経験は、非常に近いと感じています。金融庁には、金融危機真っ只中に入庁し、当初は危機対応一色でしたが、数年後には金融の活性化にテーマが移り、リーマンやAIG(American International Group, Inc)危機、そして金融規制の抜本的強化と、数年に一度の異動も含め、全く異なる仕事をしてきました。IMFでは、この11年間、異動せず同じ課に所属していますが、金融システムの変化は早く、それに合わせて課の優先する事項も常に変わっています。私は、最初の数年は保険規制を主に担当していましたが、その後、保険ストレステスト、証券規制、Fintech対応、暗号資産規制、年金危機と、数年に一度変わってきました。そのため、求められる専門性は、変化し、深化しています。そんな中で、感じている一番重要なスキルは、このような変化を同僚と楽しく学んでいく積極性、主体性ではないかと思っています。
Q. IMFを志望された動機について、どのようなものであったのでしょうか。
A. IMFの魅力は、190ヶ国を超えるメンバーの金融システムの安定のために仕事ができることです。1990年代後半に、日本の金融システムは不良債権問題に苦しんでいました。また、リーマンやAIG危機を踏まえて、証券保険規制監督の強化は、日本の金融庁にとって非常に重要なテーマでした。そうした時代の金融庁の役割は、非常に大きなものでした。金融庁が直面していた課題と同じような深刻な問題を抱える当局が、世界には多くあります。そのような当局と議論をし、問題解決に貢献していくIMFの役割は、とても重要であると感じています。
Q. 採用試験の準備としては、どのようなことが必要なのでしょうか。
A. 採用試験の準備として、ありがたいことに、IMF経験のある先輩にレジュメを見てもらったり、英語のインタビューの練習をしてもらうなどの準備をして臨みました。面接前夜は、一睡もできなかったことを昨日のことのように覚えています。合格後、面接官に採用された理由を聞いたところ、特に準備をせず、本音で答えたいくつかの回答が決め手になったそうです。金融庁で与えられていた日々の課題に真剣に取り組んでいたことが、結局は、一番大事な面接準備になったように思います。日々の仕事が忙しすぎて、とても準備なんかできない、今回は応募はやめようなんてと思っている貴方、仕事が充実している今こそが、IMFへの道が開ける好機かもしれません。
Q. IMFでのキャリアパスは、どのように決まっていくのでしょうか。
A. 日本の役所とIMFの大きな違いは、キャリアは自分で決めるところにあると思います。大きなプロジェクトは、基本、社内公募でメンバーが決まるので、部署の異動がない場合でも、今年何をすることになるかは自分で決める必要があります。金融庁にいた時は、自分から志願しなくても、どんどんチャレンジングな課題が降ってきたことが懐かしいです。私は、迷ったら常に一番きつそうな仕事・プロジェクトを選ぶようにしています。大事なプロジェクトは、往々にして一回では終わりません。その後も似たプロジェクトがやってきますので、最初は苦しいかもしれませんし、その時点でははっきりとした成果が出ないこともありますが、その努力は、その後のプロジェクトで報われことが多いです。もう一つ心がけていることは、分をわきまえることです。興味本位だけで自分の専門性を大きく逸脱したプロジェクトに入ることは避けるようにしています。自らが貢献できる内容が何かあってこそ、他のチームメンバーから相互に学び成長し、人間関係も深めていけると思っています。
Q. ワシントンDCでの生活は、どうでしょうか。
A. 私は、ワシントンDC郊外(バージニア州)で、子供2人を含む家族で生活をしてきました。各国の大使館や国際機関の存在のお陰で、私が住む周辺も国際色豊かなため、妻と子供たちもスムーズに溶け込むことができました。日本人家庭は少ないですが、中国、韓国、ベトナム、インドからの移民はとても多く、日常品スーパーやレストランなどを含めて、アジア人コミュニティーに助けられています。また、上司達も、本人や家族が母国とは離れたこの地での生活になじむことや、母国に残してきた親や家族の事情などについて配慮をしてくれる雰囲気があります。日本の役所と比較して、国会待機などによる時間的な制約が少ないため、毎日の運動や家族との時間を大切にすることができます。
Q. 最後に、IMFへ就職を考えている方へのメッセージをお願いします。
A. IMFで働く職員には、多様なステージの人がいます。学部を卒業してすぐに次の学位をとる前に実務経験を得たい20代前半のリサーチアシスタント、博士課程を修了して入ってくる30代のエコノミスト、私のように各国当局や民間金融機関の勤務経験を経て中途採用される30代後半からの専門家、各国当局のマネージャーを経てリタイアを前に国際貢献をしようと入ってくる50代の専門家。いずれの方々も、それぞれの経験や今後のキャリアパスを踏まえて、充実した時間を過ごしています。IMFの採用は、とても倍率が高いため、希望したような結果にならないこともあるかと思います。一度アプライして成果が出なかったとしても、それで諦めず、機会がある度に是非挑戦して頂きたいと思います。
IMFでは、より多くの方にIMF職員の意見などを知って頂くために、ブログを公表しております。小職も以下二つのブログを執筆しております。共に日本語への翻訳文がございますので、ご覧いただけますと幸いです。
・暗号資産の広がり
・急成長を遂げる2兆ドルのプライベートクレジット市場、監視の強化が必要
袴田 麻衣 西半球局エコノミスト
エコノミスト・プログラムを通じて目下、研鑽中!
Q. まずは、自己紹介をお願いします。
A. エコノミスト・プログラム(EP)の2年目で、最近まで一つ目の配属である調査局(RES:Research Department)のMacro Financial Divisionにおいて勤務していました。2024年3月より、二つ目の配属として西半球局(WHD:Western Hemisphere Department)にてパナマと、セントビンセント及びグレナディーン諸島担当となりました。2013年に、慶應義塾大学にて法学士を取得し、2013年から2014年にかけて、シティグループ証券で勤務しました。その後、2016年に早稲田大学にて経済学修士を取得し、2023年にUniversity of California, Santa Cruzにて経済学博士号を取得しました。 博士課程への進学にあたり、Japan-IMF奨学金(JISP:Japan-IMF Scholarship Program)を受給しました。
※ JISPに関しては、IMFのウェブサイトをご覧ください。
・ JAPAN-IMFスカラシップ・プログラム(Japan-IMF奨学金)とは
Q. EPでは、どのような経験をされましたか。
A. 冒頭で自己紹介しましたとおり、最近まで、EPの一つ目の配属でRESのMacro Financial Divisionにて勤務していました。博士課程の間に金融政策やマクロファイナンスの研究を行っていたことから、当部署への配属となりました。主な業務内容としては、部署内で決定したテーマでの研究プロジェクトや個人での研究プロジェクトに取り組むとともに、各国のカントリーレポートのレビュー(再評価)を行っていました。部署内での研究プロジェクトは、インフレーションが銀行の収益性に与える影響についてでした。特に、2008年の金融危機以降の長期の低金利の局面にあった世界の銀行が、パンデミックが終了して以来のインフレ率や金利の上昇を受けて、どのような影響を受けたのか、といった問いに、主に各国の銀行レベルのデータを使って答える研究を行っており、その中で私は、主にメカニズムの理論的説明などを担当していました。特に、私が所属していた部署では、個人の研究を進める時間も与えられており、博士課程のディサテーションなどを進めて、アカデミックジャーナルへの出版を目指すエコノミストも多くいました。私の個人の研究としては、金融政策の遅延が社会厚生に与える影響の理論的分析や、通貨ミスマッチが企業の借り入れ条件に与える理論的分析などを行っています。そして、これらの研究をアカデミックジャーナルに提出したり、外部のコンファレンスやセミナーで発表する機会もありました。私は、ブラジル、イギリス、日本にて発表しました。また、RESでは、局全体や部署レベルでのセミナーが毎週あり、世界中から発表のために訪問する研究者たちと活発的に交流する機会もありました。
最後に、カントリーレポートのレビューでは、担当国である中国とレバノンのミッションに関する報告レポートにおいて、中国については、主に金融セクター部分を、レバノンについては、全般に関してレビューを行っていました。IMFでは、各担当国のエコノミストが書いたミッションのレポートを他部署のエコノミストがレビューをするという仕組みになっています。一つ目の配属では、かなり分析的側面が強かった一方、3月より始まった二つ目の配属では、国の担当エコノミストとして、オペレーションに注力した業務となり、EPの期間全体を通じて、IMFエコノミストとして幅広い経験を得ることができるようになっています。
Q. インターンシップでは、どのような経験をされましたか。
A. JISPの一環で、博士課程三年目の夏にIMFの博士課程学生向けのインターンシップに参加しました。IMFのエコノミストとして採用されるにあたり、インターンシップをした経験は、大変有意義でした。IMFのインターンシップは、通常、一つの研究プロジェクトを、アドバイザーとなる担当エコノミストと共同で行っていきます。私は、金融危機以降の企業の投資の低下が中長期的な生産損失に与える影響について、実証的、理論的に分析する研究プロジェクトを、能力開発局(ICD:Institute of Capacity Development)のエコノミストと共に行いました。私は主に動学確率一般均衡モデルや自己回帰、パネル回帰分析のコーディングを担当しました。インターンシップの最後には、局全体のセミナーで、研究を発表する機会があり、そこで受けたフィードバックを反映し、その後、IMF内のワーキングペーパーとなり、現在は、アカデミックジャーナルで査読を受けています。インターンシップでは研究の機会のみならず、IMF内での様々なデータについて学んだり、多数の部署のエコノミストと話をする機会があり、IMFでのキャリアの多様性や、部署間の関係性を学び、EPの志望動機を深めることができ、大変貴重な経験となりました。
Q. なぜIMFエコノミストを目指されたか、教えて頂けないでしょうか。
A. 大学学部時代、専攻は法学でしたが、金融や経済に興味があったことから、学内の金融系のゼミや金融機関でのインターンシップに参加し、将来的に国際的な場面で金融や経済に関わる仕事がしたいと考えていました。そして、学部3年の時に、東京で開かれた2012年IMF世銀年次総会に参加した際、IMFのエコノミストのスピーチや分析に触れ、IMFのエコノミストとなり、実社会に影響のある形で経済の分析をしていきたいと考えるようになりました。学部卒業後、外資系の証券会社で働き、経済学博士課程を持つ米国本社のエコノミストと共に働く機会を通じ、海外で経済学を学び、応用したいという気持ちが更に強まり、アメリカで博士課程を取得し、IMFのエコノミストのキャリアを目指すことに決めました。IMFには、私のように学部時代に経済学とは全く関係のないことを勉強していた人も一定数いますので、興味がある方は、ぜひ諦めずに目指していただきたいと思います。
土屋 木の実 コーポレートサービス局翻訳者
たった一人の日本語翻訳者、情報発信で日本に輝きを!
Q. 自己紹介とこれまでのキャリアを教えてください。
A. コーポレートサービス局言語サービス課で2年半ほど働いています。言語サービス課は、IMFのエコノミストが書いた報告書や、「世界経済見通し」などの旗艦出版物を6言語に翻訳して世界に発信しています。また、機械翻訳・AI技術の導入や、年次総会などの繁忙期の業務体制、他の国際機関の言語サービスの動向について協議します。
IMFの前は、共同通信社のワシントンDC支局に勤め、IMFが取材先のひとつでした。そのため、IMFの取り組みを理解していたほか、同通信社に在籍中、英ロイター通信社からの依頼でロイターの英語記事を要約し日本語に翻訳していたため、英日翻訳のスキルが身についていました。遡れば、日本の大学を卒業してからは東京でPR代理店に就職し、数年後、米国カリフォルニア州のモントレー国際大学院に進学しました。卒業後、ワシントンDC支局での就職が決まったため、東海岸に渡った際、取材先のIMFという機関に魅了されました。当初の専務理事だったクリスティーヌ・ラガルド氏の優雅な立ち居振る舞いとオーラに惹かれたことも否めないのですが、強い使命感を持って世界の問題解決に全力を尽くすIMFに魅力を感じました。「ここで働きたい」と思いながらも、そう簡単に機会は訪れませんでした。何年も経った頃、大学院の先輩から、同じく同窓生であるIMFの日本人翻訳者を紹介されました。その方がなんと、後任を探していると聞き、応募してみたら、試験と面接がスムーズに進みました。きっと、今までの経験が採用に役立ったのではないでしょうか。
IMFで採用が決まった際、今までの仕事は好きだったので、迷いもありました。最長4年という職であったことも気がかりでした。ただ、機会が訪れれば何でもやってみよう、という精神で引き受けました。期限なしの雇用形態に変える努力もすると決心しました。
Q. どのような仕事をされていますか。
A. 私の役割は、英語の出版物を分かりやすく自然な日本語にすることです。少なくとも、仕事を始めるまではそう思っていました・・・。IMFで働くことを決めた際の意気込みは良かったものの、入ってからは結構苦労しました。日本語翻訳の需要は他言語と比べて少ないため、日本語翻訳者は私一人です。他言語のチームが手分けする作業を川上から川下まで担い、業務内容は翻訳以外に、プロジェクトマネジメントから校閲、DTP(印刷物のデータ制作)、フリーランス翻訳者のトレーニングなど多岐にわたるほか、機械翻訳や用語ベースの強化に関するさまざまな作業部会に参加することが求められます。そのためにアドビの編集ソフトの使い方を学んだり、翻訳支援ツールの知識を深めたりしました。
そして何より、4年以降も残ってもらいたいと思ってもらえるように、日本語翻訳以外の仕事をたくさん担いました。ダイバーシティ&インクルージョンを促進するための委員会や、IMFのインターナルコミュニケーション用のプログラムに参画しました。翻訳業界におけるAIの最先端技術を知るために出張で国際会議に参加し、テクノロジー用語で頭がパンクしながらも同僚とともに報告書を作成したこともありました。ひたすら奮闘する中、最近、雇用形態を切り替えてもらえました。
Q. 仕事のやりがいを教えてください。
A. IMFで仕事を始めて2年半が経った頃、ふと中国人の上司に「仕事は楽しいか」と質問されました。政治的に正しい回答は、「非常に楽しんでいます」であったと思うのですが、馬鹿正直な私は適当かつ「素敵」な返しができず、手に負えないと感じることもあると正直に伝えました。一方、今でも業務に精進し、生き生きと仕事をしているのは、やはりこの環境が大好きだから、と、これも正直に言いました。ペルー人とスペイン人、エクアドル人などとカープールをして、ヨーロッパや中南米の美意識について語りながら会社に行くこともあれば、席が近いフランス人からフランス語のスラングを学ぶこともあります。逆に私が日本の魅力を他国の人に伝える機会もあり、少しでも日本に興味を持ってもらえたときには充実感に満たされます。世界有数のエコノミストから直に学ぶ機会もあれば、高いプロ意識を持ちつつユーモアを忘れることのない同僚に感服することもあります。
そして何よりも、日本が好きだからこそ、国際機関における日本の存在を大事にしたいという気持ちが強いです。日本語を話す人口は他言語と比べて少ないため、需要が低いと見られてしまうものの、日本語で発信する意味はあります。それは、英語とフランス語、アラビア語、スペイン語、中国語、ポルトガル語と並んで、日本語で情報発信することで、IMFへの出資率が米国に次ぐ2番目である日本が、誇りを持って堂々と存在感を発揮することです。エコノミストが主役の機関で、日本語翻訳者が果たす役割は小さく、地味であるものの、日本に世界で輝いてほしいという思いで、やりがいを感じます。
英文の報告書や旗艦出版物を日本語で伝える使命に加え、国際機関における日本の活動を、日本および世界で活躍する同胞に広く伝える広報の一環となればという思いもあります。金融の安定と国際通貨協力、経済成長の促進などの大きな課題に世界が立ち向かう中、日本はどのように貢献しているのか。そこに焦点を当てた報告書も英語と日本語で出しています。
Q. エコノミストの方以外にも、IMFのキャリアを通じて、メッセージがあれば、宜しくお願いします。
A. 日本が、そして日本人が貢献できることはたくさんあります。IMFが取り組む課題が壮大過ぎて、個人レベルで関連性を見出すのは難しいかもしれません。国際機関で働いていると、国として、職員として、個人として、さまざまな面で日本が寄与していると感じます。まず国として、非常に多くのリソースを拠出しています。職員レベルでは、勤勉で誠実な日本人ならではの働き方で多くのチームを支えています。個人と個人の関わりの中で、別の国の人を助けることもあります。相手が必要としていることを察知する能力は日本人の特徴ではないでしょうか。日本が好きで日本にいる皆さんに、是非、日本の底力を世界で発揮していただきたいです。
𠮷田 昭彦 アジア太平洋地域事務所長
世界経済の安定を支える仕事の魅力を地域で広める
Q. まずは、自己紹介をお願いします。また、これまでのキャリアを教えてください。
A. 私の場合、多くの方とは少し違った経歴をたどっています。1992年に、日本の財務省(当時の大蔵省)に入省し、2022年11月末まで、省内外の様々な部署で勤務しました。その過程で、2009年から2013年まで、アジア太平洋局(APD:Asia and the Pacific Department)の審議役としてIMFに出向し、太平洋島嶼国(マーシャル共和国、ミクロネシア連邦)のミッションチーフを務めたり、域内加盟国向けの技術支援計画の策定に関わりました。IMF出向からの帰国後は、財務省や金融庁で、専ら国際関係部局での仕事に従事した後、2022年12月から、IMFのアジア太平洋地域事務所(OAP:Regional Office for Asia and the Pacific)の所長として勤務しています。
Q. IMF本部に勤務された4年間の中で、印象に残っていることを聞かせてください。
A. タイのバンコクに、周辺国への技術支援のためのIMF事務所を新たに設立するという話が持ち上がり、局内で責任者として指名されました。直近に参考になる前例もなく、局内でアドバイスしてくれる人もほとんどいない中、関係部署の有識者らしき人達を訪ね歩きながら、何とかタイ当局との合意文書調印にまで漕ぎつけ、安堵したことを、今でも鮮明に覚えています。また、赴任中の2011年には東日本大震災が発生し、アジア太平洋局のセキュリティ担当者として、(現在所長を務めている)OAPのスタッフの安全確保や災害復旧計画の見直しなどにも関わりました。これらの場面は、いずれも典型的なエコノミスト業務からは外れるものの、法学部出身であること、財務省の様々な部署で管理業務を経験していたことなどが役に立った事例だと思います。 また、当時6歳と3歳だった2人の息子と妻を帯同して渡米し、異なる文化習慣に戸惑いながらも、家族で過ごす時間を増やせたことも有難い経験です。お陰様で、二人の息子はある程度の英語を身に着け、妻はスミソニアン博物館のボランティアガイドとなり、私は多忙だった課長補佐時代に積み上げた家族への負債を(完済でないにせよ)随分返済しました。
Q. OAPではどのような仕事をされていますか。
A. OAPは、IMFでは数少ない、地域事務所というカテゴリーなので、なじみの薄い方も多いと思います。アジア通貨危機真っ只中の1997年に、アジア太平洋地域とIMFとの距離感をできるだけ縮め、相互理解を促進しようとの意図から、東京に設立されました。ワシントンDCのIMFスタッフによる日本訪問のサポートのほか、域内で開催される国際会議への参加、IMFの経済分析を紹介したり政策担当者間の意見交換を促したりするセミナーやコンファレンスの開催、IMFの報告書や刊行物の広報活動、アジア行政官向けの奨学金プログラムの運営など、幅広い業務を行っています。
Q. IMF本部での仕事と比べ、OAPでの仕事にはどんな特徴がありますか。
A. 利点としては、東京の快適で便利な住環境を享受しながら、国際機関の職員として豊富なデータや人的リソースにアクセスできるという、いわば「いいとこ取り」ができるということです。逆にチャレンジングな点としては、IMF本部とのやりとりは13~14時間の時差を超えて行うことになり、ワークライフバランスが圧迫されがちになることや、本部での議論をリアルタイムでフォローしにくいことでしょうか。IMFの職員は、世界銀行など他の国際機関と比べても、ワシントンDCの本部に勤務する人が大多数で、何事もワシントンDCを中心に回っている要素が強いので、この点ではハンディを負っているとも言えます。例えば、当事務所が4つのパートナーシップ大学と協力して運営しているアジア行政官向けの奨学金プログラムなどは、域内の受益国や卒業生からは高く評価されていますが、ワシントンDCの本部での認知度はいまだに低く、これをどう高めていくかというのも事務所としての大きな課題です。
Q. IMFでの勤務を目指す日本人にとって、OAPでの勤務はそのための有効なステップとして考えられますか。
A. OAPで勤務するローカルエコノミストには、将来IMF本部で勤務するエコノミストを目指すことが奨励されており、そのような道筋を念頭に応募していただくことは歓迎です。ただし、OAPのローカルエコノミストであるからといって、IMF本部での採用が保証されたり採用過程で特別有利に扱われたりする訳ではないこと、小規模な事務所であるOAPのローカルエコノミストは少数かつ不定期にしか募集が行われないことは、予め理解しておいていただきたいです。
Q. IMFでの勤務を目指す日本人に対して、OAPではどのようなサポートを行っていますか。
A. IMFにおいては、多様性や包摂性の観点からも、過少代表地域・国からのスタッフの応募増加を期待しており、こうした地域・国に対してIMF本部の人事局担当者を中心とするリクルートメント・ミッションを派遣するなどして、潜在的な応募者の掘り起こしに努めています。過少代表国の一つである日本には、毎年、リクルートメント・ミッションが派遣されており、2023年には東京大学、一橋大学、早稲田大学を対面訪問したほか、大阪大学とのオンラインセッションも行いました。OAPでは、こうしたリクルート活動へのサポートを行うほか、各種キャリアセミナーに参加し、IMFでの就業機会について発信しています。 また、OAPでは、IMFの業務に関心を持つ大学生・大学院生をターゲットとして、2泊3日の合宿形式で、IMFがどのようにファイナンシャル・プログラミング等の経済分析ツールを使用してマクロ経済問題の分析や政策提言を行っているかを体験してもらう、「エコノミスト養成プログラム(MTP:Macroeconomist Training Program)」を実施しています。例年、春、夏、冬の3回開催しており、春コースは日本語、夏・冬コースは英語による講義が行われています。 更に、日本国外の大学でマクロ経済学の博士号を取得し、IMFエコノミストとなることを目指す日本人学生向けに、IMFの能力開発局(ICD:Institute for Capacity Development)が事務局を務める奨学金プログラム(JISP:Japan-IMF Scholarship Program)が用意されており、OAPとしても周知に努めています。同プログラムでは、博士課程のうち2年間にわたって、履修に必要となる合理的な経費が支給されます。
※ MTP、JISPについては、以下のウェブサイトをご覧ください。
・ エコノミスト養成プログラム
・Japan-IMF 奨学金プログラム
Q. IMFでの勤務を考えている方々へ、メッセージがあればお願いします。
A. 財務省に入る段階で、自分が将来、国際的な仕事をするとは思ってもみませんでした。ましてや、IMFで二度も勤務するなどは、想像のはるか外側にあった世界です。しかし、他の方のキャリアパスを見ても分かるとおり、IMFスタッフとなるための道筋は、決して単一ではありません。経済学の博士号を取得して、正面からエコノミスト・プログラム(EP)を目指す道もあれば、私のようにミッド・キャリアとして参加する道もあり、また、エコノミスト以外の専門職種で活躍している日本人スタッフも多くいらっしゃいます。どのような経路であれ、IMFの一員となり、世界経済の安定という国際公共財を提供するために多様で魅力的な同僚とともに汗を流せることは、大変やりがいのある仕事だと思いますし、勤務条件や福利厚生も他の公的機関と比べて決して見劣りしないと思います。未来の経済社会をより良くしたいという意欲にあふれる日本の若い方々に、一人でも多く、将来の勤務先としてIMFを志していただきたいし、また、そうしていただけるよう、東京に所在する地域事務所として、できるだけの支援を行っていきたいと考えています。
特別インタビュー
水口 純 日本理事
Q. まず、IMFの理事会(Executive Board)と、理事(Executive Director)の役割について、教えて下さい。
A. IMFには、最高意思決定機関として、財務大臣・中央銀行総裁で構成される「総務会」があり、毎年、190ヶ国の財務大臣・中央銀行総裁が集まり、IMFの最重要事項を決定しています。また、IMFの通常業務は、IMF加盟国を代表する24人の理事で構成される「理事会(Executive Board)」において決定しています。そして、IMFのマネジメントとして、1名の専務理事と4名の副専務理事(うち1名は、岡村健司前財務官)がおり、その下で、約3,000名のスタッフが、総務会や理事会での決定に従って、政策分析・提言(サーベイランス)、融資、能力開発等の職務を行っています。
このような仕組みの中で、私は、24人の理事の一人として、IMFの業務の方針決定に関わっています。日本や米国などの理事は、自国のみを代表していますが、24人の理事が190ヶ国を代表していますので、1名の理事が、複数国(場合によって20ヶ国以上)を代表していることもあります。
A. IMFは、①加盟国経済の政策分析・提言(サーベイランス)、②融資、③加盟国の能力開発といった多方面の業務を行っています。理事室の役割としては、こうした業務に関する意思決定を行う理事会等において、加盟国の意見や方針を発言することなどを通じて、IMFの業務運営・執行に反映させていくという重要な枠割を担っています。その際、理事は、職責上、加盟国の代表のみならず、IMFの「オフィサー」でもあり、IMFの業務執行に最大限配慮する必要があります。IMFが果たすべき役割や取り巻く状況等を十分に考慮に入れつつ、最も効果的・効率的な方法で、自らが代表している国の意見や方針を反映させていくという、いわば「二重の役割」を担っています。その業務の複雑性に鑑み、IMFとの意見調整は、時として粘り強い交渉や協議が必要となりますが、理事室職員一丸となって、世界経済の安定や成長に向けて、日本として貢献しつつ、日本の国益の実現に日々努めています。
また、理事室の活動は、最終的な意思決定を行う正式な理事会への対応のみならず、その前段階として、非公式な理事会(議論目的、報告目的、質疑応答等)や、IMFスタッフからの事前の個別説明や意見交換等のための打ち合わせなどがあり、案件の重要度や緊要性に応じて、それらが複数回セットされることが通常です。その過程で、日本理事室としては、日本の財政当局や金融当局等と、日常的に緊密な連携・情報交換を図りながら、IMFに対して日本の意見や考え方を伝えつつ、最終的に日本にとって適切な方針となるよう、何度も交渉・調整を繰り返していきます。最終的な意思決定を行う場である公式理事会が重要であることはもちろんですが、実際には、こうした事前の非公式な意見調整のプロセスがむしろ大切になることも多いです。現在、出資比率第2位の日本の意見や主張は重みがあり、逆に言えば、それだけ日本の発言には十分な責任と建設性が求められていると思います。特に、日本がG7議長国であった昨年(2023年)は、日本理事室は、政策案件・個別国案件において、IMFのG7理事室間のリード役、そしてG7理事室とスタッフとの関係における意見の調整役を担う場面も多く、IMFが担う様々な国際金融上の課題に関して、日本G7議長下での日本の優先的な関心事項の実現や調整に向けて、奔走した1年でもありました。
A. 日本とIMFの間には70年を超える協力関係とパートナーシップがあります。IMF における日本人職員の比率は、現在、約2.7%ですが、日本のIMF出資比率(約6.5%)に比して、依然として大幅な過小代表*となっています。出資比率第2位の日本が、IMFに引き続き貢献していくためにも、日本人職員の新規採用や昇任の促進は、極めて重要な課題であると考えています。
※ IMFのダイバーシティーへの取り組みは、IMFのウェブサイトをご覧ください。
・ IMF Executive Board Discusses the FY 2020–FY 2021 Diversity and Inclusion Report
日本人職員の増加に向けては、日本理事室としても、世界銀行等の他の国際金融機関、そしてこれらの機関のアジア・東京事務所との有効な連携や協働も視野に入れつつ、引き続き取り組んでいきたいと考えています。今後とも、このような連載を通じて、IMFの具体的な活動やその意義が広く伝えられることを期待しています。