公衆衛生危機に終止符を打ち、差し迫った影響に対処することが依然として最優先課題であるが、財政責任を確実に果たしていくこともまた各国政府にプラスに働く。
新型コロナウイルスのパンデミックが始まった当初から、各国政府は大規模な財政支援を提供してきており、それによって人命や雇用が救済されてきた。その結果公的債務は、今後数年でわずかに減少する見込みであるとはいえ、史上最高水準に達している。こうした情勢を受けて、破壊的な影響を生じさせることなくどこまで債務を増やせるのかという疑問が生まれている。
公衆衛生上の緊急事態への対応は、とりわけまだパンデミックが収束していない国では引き続き極めて重要であり、またコロナ禍からの復興の基盤が固まるまでの間は、財政支援が非常に貴重となる。赤字や債務の削減に着手する適切なタイミングは、各国特有の事情に左右される。
しかしながら各国政府は、財政リスクと、将来の危機に対する脆弱性も考慮する必要がある。幸いにも金利は世界的に非常に低水準となっている。だがこれが長続きするという保証はないのだ。
予測可能性を高める
IMFの最新版の「財政モニター」では、財政政策の指針となるような信頼性ある諸規則や制度で確実に財政を健全化していけば、 現在の状況下での財政政策決定が容易になりうると述べている。国の政府が財政的責任感を有していると貸し手が信用した場合、貸し手は、当該国がより容易かつ安価に赤字補填の資金を調達できるようにする。そうなれば時間を稼ぐことができ、債務安定化に伴う苦しみは少なくて済む。例えば、予算計画の信頼性が高い場合(専門家による予測が政府公式発表にどれだけ近いかを測定)、借入コストは一時的に40ベーシスポイントも減少しうる。また市場で資金調達しない国にとっても、財政的信頼性は、民間投資の誘致やマクロ経済の安定化につながる可能性がある。
各国政府は、目下の危機に対処しつつもさまざまなかたちで財政の持続可能性に対するコミットメントを示すことが可能だ。例えば、年金改革や助成金改革などの構造的な財政改革の実施や、財政の堅実性向上を目指した予算ルールの採用や制度の設立が考えられる。
招かざる債務増加
各国政府が予算のルールや制度を考案し導入する際には、財政に対するあらゆるリスクを考慮するよう努めるべきだ。時として債務はベースラインで予測していた以上に増加する。IMFの研究によれば、このような債務急増の幅は通常、5年後予測で対GDP比12%から16%となっている。そうしたマイナスのショックの根底にあるのは、中期的GDP成長の不振や、企業の救済や為替レートの下落を含むその他の負債増加要因だ。新型コロナの影響から企業や雇用を守るために実施した融資や、保証や、その他の措置が記録的な水準に達した結果、現在多くの国が財政リスクの高まりに直面している。
そうしたショックは、必要に応じて赤字増加を許容できるよう柔軟である財政規則などの予算や財政の制度を圧迫する。借入資格に制限を設けたり、融資の規模や期限を限定するなど、適切に設計されたリスク緩和戦略によって、それらのリスクを軽減することや、リスクが現実化した場合には財政コストを抑えることが可能である。しかしながら、こうした枠組みでは好況時には断固とした債務削減を確実に行い、 将来的に再び財政支援を展開できるようにもしなければならない。
予算のルールと制度
予算のルールと制度を堅固なものとするには、持続可能性、経済の安定化、そして特に財政規則に関しては簡素性、という3つの包括的目標の達成を目指すべきである。だがこれら3つの目標を同時に達成するのは難しい。
単純な数値ルールは融通の利かないものになってしまう場合もあるが、そうしたルールが財政の堅実性を高めることはIMFの研究が示している。例えば、債務規則を遵守する国は概して、対GDP比で15%急増した債務を、新たなショックの発生がなければ約10年で解消できる。これは債務規則を遵守しない国に比べると格段に速い。数値ルールは債務残高だけに依拠する必要はなく、利払い額や政府の純資産などその他の指標によって、従来の債務や赤字の指標を補完してもよい。手続ルールは数値ルールよりも柔軟性が高いが、数値目標無しでは政府がルールを伝え遵守状況を監視するのは、健全な財政制度が不在の場合には特に、難易度が高いかもしれない。
国が予算規律を確実に維持し、政策の優先課題を明確に伝え、それらを歳出や歳入に関する透明性によって裏打ちすれば功を奏するということを、IMFの研究が明らかにしている。 2020年は、多くの国がパンデミックに対応するために医療支出や社会支出を増やせるよう自国の財政規則を一時停止した。当然そうするべきであった。IMFが新聞各紙を分析したところ、財政の透明性が高い国や地域では、財政規則一時停止に関する報道はより肯定的だった。
明確な情報発信や財政透明性に裏付けられた堅実な予算の規則と制度は、信頼性を高める。そして信頼性が高まれば、信用へのアクセスが向上して危機の際により柔軟に対応する余地を確保できることになる。究極的には、財政枠組みは十分な政治的支援があって初めて効果を発揮するものだ。だが例えそうであっても、枠組みがあることで議論の焦点が絞られるので、財政枠組みは信頼性ある財政政策について政治的合意を形成するのに貢献するのである。
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ラファエル・エスピノサはIMF財政局の課長補佐。前職はユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンの経済学助教授で、同校の新興市場国研究センターのディレクターも務めた。IMFでは調査局で勤務したほか、イギリス、スペイン、ドミニカ共和国、様々な中東諸国を担当した。欧州中央銀行で米国サブプライム危機についての業務を担当し、財政政策、金融政策、金融の安定性について幅広く論文を公表している。
ヴィトール・ガスパールは、ポルトガル国籍でIMF財政局長。IMFで勤務する前には、ポルトガル銀行で特別顧問など政策関連の要職を歴任。2011~2013年にはポルトガル政府の財務大臣。2007~2010年に欧州員会の欧州政策顧問局長、1998~2004年に欧州中央銀行の調査局長を務めた。ノーバ・デ・リスボン大学で経済学博士号とポスト・ドクター学位を取得。また、ポルトガル・カトリカ大学でも学んだ。
パオロ・マウロは、IMF財政局副局長。現職以前はIMFのアフリカ局、財政局、調査局で様々な管理職を歴任。ピーターソン国際経済研究所でシニアフェローを務め、2014~2016年にはジョンズ・ホプキンス大学ケアリー・ビジネススクールの客員教授。「Quarterly Journal of Economics」「Journal of Monetary Economics」「Journal of Public Economics」などの学術誌にて論文を発表し、学術界や主要メディアで多数引用されている。共著に『World on the Move: Consumption Patterns in a More Equal Global Economy』、『Emerging Markets and Financial Globalization』、『Chipping Away at Public Debt』の3冊がある。