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市場支配力の高まり 復興の脅威となるか?

クリスタリナ・ゲオルギエバ   フェデリコ・J・ディエス   ロマン・デュバル ダニエル・シュワルツ

今般の危機によって、中小企業が特に大きな打撃を受けており、大規模な雇用喪失に加え、その他の経済的な後遺症が生じている。そうした後遺症のひとつに、あまり注目されないがやはり深刻なものとして、有力企業の市場支配力の高まりがある。市場で圧倒的な存在であるこうした企業は、より小規模な競合企業が脱落していく中で、ますます強力になりつつある。

私たちは経験上、そしてIMF研究からも、少数の企業が過大な市場支配力を手にすれば中期的に成長を妨げ、イノベーションを抑圧し、投資の足かせとなりうることを知っている。そうなれば、新型コロナ危機からの復興が阻害されかねず、また、新興企業の活力が切実に必要とされている時にそうした企業の台頭が数多く妨げられることになるだろう。

より公平な競争環境を整備することは、これまで以上に重要となっている。そして各国政府は、醸造業から病院、そしてデジタルに至るまで、様々な部門でそれを実現することが必要となる。

IMFの新しい研究では、限界費用に対する価格の上乗せ分(マークアップ)や、ある業界における4大企業への収益の集中度といった市場支配力に関する主要指標が上昇していることが示されている。私たちは、パンデミックを理由として、現在先進国でこうした集中が少なくとも2015年末までの15年間に見られたのと同程度に高まる可能性があると推定している。デジタル部門のように危機の恩恵を受けた産業においても、最大の勝ち組には市場支配的な企業が含まれている。

数十年来のトレンドが悪化に向かうのか?

パンデミックに伴い多くの業界で市場支配力が高まっていることによって、40年以上続くトレンドに拍車がかかることになるだろう。例えば、1980年以降、先進国上場企業の価格マークアップは世界全体で平均30%以上上昇した。さらに、この20年間で、デジタル部門のマークアップは経済全体に比べて2倍急上昇している。

もちろん、歴史的に見れば、高水準の利益はイノベーションや効率性、サービス向上によって既存企業に取って代わった優良企業に対する当然の報酬となってきた。イケアがいかに私たちの家具の買い方を一変させたか、あるいはアップルがいかに携帯電話市場を変化させたかを考えてみるとよい。

しかしながら、最近では、支配的企業にとって強力な競争相手が存在しないために、多くの産業で市場支配力が固定化しつつあることを示す兆候が次第に見られるようになっている。私たちは、様々な業界において、ある年にマークアップが最も高かった企業(上位10%)は約85%の確率でその翌年も高いマークアップを維持できると推定している。この数字は、1990年代の「ニューエコノミー」時よりも約10%ポイント高くなっている。

ビッグテック企業がその良い例だ。ビッグテック企業は20年前に既存企業を駆逐して市場の創造的破壊をもたらし、次第に支配的なプレーヤーとなったが、今日、創造的破壊者予備軍からの同様の競争圧力にさらされてはいないのである。ここでは、パンデミックの影響がネットワーク効果や規模・範囲の経済といった強力な根本的要因に拍車をかけている。

M&A(合併・買収)案件が果たす役割

現在、多くの業界で、ビジネスダイナミズムが低下に向かう傾向が見られる。地元市場の枠を超えらずにいる創業間もないメーカーや、新規参入を阻むべく一時的に原価割れで販売を行う競合大企業に価格で負けているスタートアップ小売業者のことを考えてみてほしい。

これらは、成長や雇用創出、所得増加の観点で機会損失となるものだ。私たちの研究からは、いかに一部の企業が労働市場における賃金を左右し、労働者には限界生産性によって正当化される水準を下回る賃金しか支払われていないことがわかっている。

こうした傾向に寄与している要因のひとつに、とりわけ支配的なプレーヤーによる企業の合併・買収(M&A)の増加がある。M&Aはコスト削減や製品の改善をもたらしうる一方で、イノベーションへのインセンティブを弱め、企業がより高い価格を設定する力を強化する可能性もある。憂慮すべきことに、私たちの分析によれば、支配的企業によるM&Aは業界全体のビジネスダイナミズムの低下につながることがわかっている。競争相手がおしなべて成長や研究開発支出の面で打撃を受けるからだ。生産性が伸び悩んでいる世界において、これは特に懸念される。

政策担当者にとっての含意

それでは、各国政府には何ができるだろうか。5つの優先事項を強調したい。ただし、それぞれの重要性は国・地域によって異なることになる。

第一に、競争当局は合併規制の執行に当たって警戒を強める必要がある。競争当局が案件の審査を行う基準は、関連する事案をすべて網羅すべきで、それには支配的企業と競合するまでに成長する可能性がある小規模プレーヤーを買収する案件も含まれる。例えば、最近ドイツやオーストリアでは、被買収企業の売上高に基づく基準に加えて、案件額に基づく基準も導入されている。過去の合併決定に関する評価も、競争ルールのより効果的な執行に資することになるだろう。

第二に、競争当局は支配的地位の濫用の禁止をより積極的に執行し、法律違反が報告されなくとも有害な行動を発見すべく市場調査を一層活用すべきである。2018年にオーストラリアで乳業を対象に行われた調査がそのメリットを物語っている。この調査は、農家と加工業者間の契約慣行の強制的な改善につながった。

第三に、労働市場を含むインプット市場における競争を確保すべく取り組みを強化する必要がある。この点に関しては、企業間の「ノー・ポーチング」協定(相互に従業員の引き抜きを禁止する取決め)を阻止するルールの積極的な執行が望ましいだろう。一部の小売業やファーストフードの雇用契約に見られる競業避止条項も、従業員がより賃金の高い仕事に転職することを難しくしており、それは特に低技能労働者の場合に当てはまる。

第四に、デジタル経済においてビッグデータと人工知能の発展が既存企業の優位性を強化しつつある中で、競争当局はデジタル経済に後れを取らないよう権限を付与される必要がある。データポータビリティやシステム間の相互運用性を促進することにより、新規参入企業が既存プレーヤーと競合しやすくなる。規制によっていかに他社への変更が容易となり消費者の厚生が高まったかの先例としては、欧州連合(EU)が20年前に消費者に対して事業者を乗り換えても携帯電話番号を維持できる権利を付与したことによって競争がいかに促進されたかを思い起こすとよい。

最後に、資源が重要となる。例えば米国では、連邦取引委員会と司法省反トラスト局をあわせた予算が対GDP比で見て40年前のほぼ半分となっている。技術が急速に変化する中、多くの国・地域で業界別の専門性を一層高めるために投資が必要となる場合がある。イギリスでは最近、グーグルやフェイスブックといった支配的なプラットフォームの行動を規制することになる「デジタル市場ユニット」の新設が発表されている。

変化の胎動をうかがわせる前向きな兆候

EUや米国をはじめとする主要国・地域で、競争政策枠組みの積極的な見直しがすでに進められていることは朗報である。こうした見直しは、逃してはならない機会を提供している。政策担当者は、復興の足かせとなりかねない市場支配力のさらなる急激な高まりを阻止するために今すぐ行動を起こす必要がある。

今般の危機は、根本的な構造変化によって私たちの経済を作り変え、イノベーションをもたらし、質の高い雇用を創出する若い高成長企業の波を巻き起こすことになる。そうした企業には、公平な競争環境と成功するための公正な機会が与えられるべきだ。

中小企業対象のさらに広範な支援も重要となる。というのも、企業による資金調達をコロナ禍において支援するために設計された政府プログラムを多くの小規模企業が活用できないでいるからだ。復興が本格化し政策支援が段階的に縮小される中で、存続可能な中小企業が大企業よりも不利な立場に置かれないようにするために、こうした企業による資金調達を可能にすることがより喫緊の問題となるだろう。

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クリスタリナ・ゲオルギエバ

フェデリコ・J・ディエスIMF調査局構造改革ユニットのエコノミスト。IMFで勤務する前には、ボストン連邦準備銀行に務めた。企業市場支配力、技術革新、起業、企業組織、インボイス通貨などを研究テーマとして取り上げている。ウィスコンシン大学マディソン校で経済学博士号を取得。

ロマン・デュバルIMF調査局の局長補。調査局では構造改革の研究内容の設定を主導している。以前にはIMFアジア太平洋局で勤務した。IMFの前には経済協力開発機構(OECD)に務めた。労働市場・製品市場規制の経済学と政治経済学、経済成長、生産性、貿易、金融政策、為替相場、気候変動の経済学の様々なテーマについて主要な学術誌や政策専門誌で幅広く論文を発表してきた。パリ第1大学パンテオン・ソルボンヌで博士号を取得。

ダニエル・シュワルツIMF法律局国別業務担当室で法務担当として勤務し、金融、国際貿易、競争法など様々な分野について助言を行っている。国際法律事務所やイギリス金融行為監督機構に競争法弁護士として務めた。法律と経済学の学位を持つ。

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