新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界的に流行する中、財政政策によって人々や企業に緊急のライフラインが大規模に供給されている。こうしたライフラインは、各国が危機対応体制を整え、回復とその先に向けた後押しをする上でも非常に貴重である。
やがて「大封鎖」が終わりを迎える時に、誰もが恩恵を受けられる強力な経済回復が実現できるかは、社会的セーフティネットの向上と財政措置による広範な支援策次第となる。それには、医療やインフラ、気候変動の面での投資が含まれる。債務水準が高い国は、回復期に必要となる短期的な財政出動と長期的な債務持続可能性との間で注意深くバランスをとることが必要となる。
最新の「財政モニター」は、政策担当者が財政面で慎重を期しつつ未来への投資を行う方法を選択し、需要を刺激するために入念に計画された裁量的政策を採択し、そして社会的セーフティネットと失業給付を拡充する上で参考となる。
人々のための社会的セーフティネットの強化
今回のパンデミックは、人々がいかに脆弱であるかを示し、行動を喚起する警鐘としての役割を果たしている。
それに応える形で、各国は失業給付を一時的に延長し、程度の差はあるものの社会的セーフティネットを拡充した。例えば、米国は新型コロナウイルス流行対策として、欧州を上回る規模のライフラインを一時的に供給する立法措置をとった。これには、米国は欧州と比べて伝統的に社会的セーフティネットが小さいという理由もある。
こうした一時的なライフラインの一部は時間の経過とともに終了する一方で、一部の措置を恒久化し、税・給付の制度を改良することによって、将来の感染症流行や危機の際に人々の所得を自動的に安定化させることも可能となる。
ところで、良い社会的セーフティネットの特性とは何であろうか。以下の3点が最も重要である。
- 第一に、対象範囲が広く、脆弱な層に対して累進的な形で十分な給付を提供すること。つまり、最も貧しい人々がより多くの給付を受けられることである。
- 第二に、労働へのインセンティブを維持し、受益者が仕事を見つけ、医療を受け、教育訓練の機会を得るのを支援すること。
- 第三に、社会保障プログラムが細分化して複雑に入り組むのを避けること。そうなると、最終的に運営コストがより大きくなり、公正かつ一貫性のある形で人々に恩恵をもたらせなくなる。
こうした尺度に従って、先進国政府はより多くの人々を既存プログラムの対象に含め、給付が人々の生活に与える影響を改善することにより、社会的セーフティネットの強化を図ることができる。
新興市場国や発展途上国では、各国政府は既存プログラムを拡大し、その他の給付提供手段を活用することにより、対象範囲のギャップを埋めることが可能である。こうした既存プログラム以外の給付提供手段としては、携帯電話ネットワークや、医療、食料、交通をはじめとする財・サービスの現物給付などがある。それにより、最も困窮している人々や現在取り残されている人々に対して手を差し伸べることができる。
ある場所において、最も貧しい20%の層のうちのより多くの人々が最も豊かな20%の層と比較してより多くの給付を受けられるようになれば、社会的セーフティネットによって再分配の改善がもたらされたと言えるだろう。
裁量的政策の計画
企業がパンデミック後に労働者を再雇用するのを支援すべく、各国政府は一時的な給与税減税を計画して企業による雇用を奨励できるだろう。人々の支出を促すためには、時限的な付加価値税減税や商品券を活用することができる。比較的小規模な投資プロジェクトを加速することも可能だ。より一般的に、各国は景気後退局面で自動的に作動するような措置を予め法律で定めておくことができる。例えば、いくつかの社会給付や税負担軽減措置などである。それにより、大いに必要とされる支援を財政措置によって人々により早く届けられるようになるだろう。他方、支援の範囲は、そのような措置の財源を手当てする各国の能力にかかっている。
未来への投資
人々を守り、将来の感染症流行から生じるリスクを最小化するために、医療システムに質の高い公共投資を行うことが必要である。その他の優先事項としては、インフラ、風力・太陽エネルギーのようなグリーン技術、そして教育や清潔な水・衛生へのアクセスといった他の持続可能な開発目標へ向けた前進などがある。これからの20年で、世界全体における追加的投資のニーズは現在の価格で20兆ドルを上回ると見られている。
道路や橋、クリーンエネルギーのような資本プロジェクトは完了までに長い時間を要することから、各国政府は投資計画の見直しに今から着手する必要がある。そうすることで、ボトルネックを解消し、「大封鎖」終了時の展開に向けて実施用意が整った一連のプロジェクトを準備する時間が得られる。
質の高いインフラ投資を拡大すべきか、またどの程度拡大すべきかということを含めた諸々の決定は、個別の部門におけるニーズやその経済的・社会的利益、資金調達能力、そして公共投資の効率性によって左右される。この最後の点がどの国にとっても非常に重要である。なぜなら、世界中で公共インフラ資金はその3分の1が非効率性や腐敗が原因で失われているからだ。
ドイツやオランダのように、予算に十分な余裕がある先進国では、より多くの公共投資支出を行うことが有益である。現在の低金利状況に鑑みて、投資から生み出される資産の価値は、その過程で発生する負債を上回る可能性が高いからである。これは結果として公共部門の純資産を増加させることになる。イタリアやスペインのように、支出に関する行動の余地が小さい国では、投資を増やすために歳入と歳出の配分を見直すことが考えられる。
ブラジルや南アフリカのような新興市場国・発展途上国では、債務水準が高く利払いが膨らんでいることから、慎重かつ持続可能な形で開発資金を調達することが必要となる。こうした国々では、より少ない手段でより多くを達成するよう努力することが求められる。ナイジェリアのような低所得発展途上国にとっては、長期的に税収を増やすことが非常に重要となるだろう。
政府の債務負担増大への対処
財政ツールによって景気回復を下支えする一方で、政府債務水準の上昇に対処するには、微妙なバランスをとる綱渡りが求められる。今回のパンデミックとその経済的影響は、政策対応とあいまって、財政赤字と政府債務比率の大幅な増大をもたらしている。パンデミック収束と経済回復に伴って政府債務比率は安定すると見られているが、これまでよりも高い新たな水準に達することになる。回復が予想以上に長引けば、債務の状況はさらに悪化するだろう。パンデミックが収束すれば、各国は信頼できる中期改革計画の前進を視野に入れつつ、景気回復を下支えすることが可能となる。
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ヴィトール・ガスパールは、ポルトガル国籍でIMF財政局長。IMFで勤務する前には、ポルトガル銀行で特別顧問など政策関連の要職を歴任。2011~2013年にはポルトガル政府の財務大臣。2007~2010年に欧州委員会の欧州政策顧問局長、1998~2004年に欧州中央銀行の調査局長を務めた。ノーバ・デ・リスボン大学で経済学博士号とポスト・ドクター学位を取得。また、ポルトガル・カトリカ大学でも学んだ。
林衛基は財政局のシニアエコノミスト。格差、政府間関係、財政ルールに関連する財政問題に現在は研究の焦点を当てている。過去にはアジア太平洋局の中国担当と日本担当のチームでそれぞれ勤務した。また、世界金融危機の際にはアイスランドに対するIMF融資プログラムに参加した。また、過去の研究では、財政や金融セクターの問題を取り上げた。カリフォルニア大学で経済学博士号を取得。
メディ・ライシはIMF財政局のシニアエコノミスト。2010年からIMFで勤務を開始し、多国間サーベイランス(政策監視)の複数の問題について、また、イタリア、インド、メキシコなど一連の国々を対象に業務を行ってきた。ケンブリッジ大学で経済学博士号を取得。研究分野はマクロ計量経済モデル、マクロ経済と財政のつながり、政府債務の問題である。